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推しが迫ってきた

 こちらをじっと見つめる彼は片膝を立て壁に凭れるように座り込んでいた。


 星空と祭壇に夢中でまったく気付かなかったが、おそらく私が来るよりも前からずっとそこにいたのだろう。ということは、突然跪いて祈りを捧げるという奇行を推しに見られていたわけで。


 最悪な出会いに顔から火が出そうになるのを感じた。



 フェリクス・フォン・ヴァッサーマン。侯爵家嫡男で、魔法士長の一人息子。皇太子の側近候補。

 アイスシルバーの髪は猫毛で、前髪が片側だけ少し長い。瞳はゴールドとルビーレッド。その明るい色合いとは反対に瞳の奥にある光は酷く冷たい。色白で端正な顔立ちは精巧な人形のようだ。


 彼はオッドアイ保持者だ。星眼よりも出現率が低い特殊眼で、現在では彼一人しかいない。オッドアイは星眼と並ぶ魔力を持ち、高い制御能力を誇る。だがその希少性とミステリアスな見た目のせいで彼を忌み嫌う人も多い。特にヴァッサーマン侯爵は魔法士長である自分よりも高い魔力を持つ息子に嫉妬し目の敵にしている。


 そのためか彼はクールな一匹狼タイプで自立心がとても強い。元々人嫌いだが、中でも甘える人間や身分を笠に着て努力しない人間を酷く厭う。公爵家に援助され高い魔力をろくに扱えないヒロインはその対象となり、出会いから冷たく当たる。しかし虐めにも負けずに頭角を現していくヒロインを少しずつ認め始め、神出鬼没でヒロインの前に度々現れてはデレるようになるのだ。


 やっと出会えたもう一人の推し。皇太子の推し理由は見目や声がタイプであることと高いカリスマ性、そして強気で強引な所だが、彼については見目よりもその自立心と芯の強さ、クールキャラがデレたときのギャップによるものだ。しかし実際に彼を見て初めに思ったことは。


「綺麗な瞳……」


 その特徴的な瞳の美しさだった。実物のオッドアイってこんなにも魅惑的で、引き込まれそうになるのか。動揺していることも忘れて目が離せなくなるくらいに。


「……」


 僅かに眉を寄せて不可解そうな面持ちになった彼を見て漸く正気を取り戻し、血の気が引いていくのを感じた。熱くなったり冷たくなったりで忙しく頭が少しくらくらしてきたが、そんなことを気にしている場合ではない。


 彼は甘える人間が嫌い。そしてゲーム内でその筆頭となるのがミーティアである。


 確か彼はヒロインと一緒にいるミーティアに対して「近寄るな」「答える義理はない」とそっけなく返す。だが余計なことを言ったりしつこく話しかけたりしなければそれ以上邪険にされることはない。だから転生した時から彼に対しては必要最低限の挨拶に留めようと思っていたのだが。


 私、今声に出してなかった……?彼から見れば初対面なのに(実際現実ではそうなのだが)不躾にも綺麗などと。


 ただでさえ会う前から嫌われているのに、これでは印象最悪だろう。こうなったら謝罪してとっとと退散するしかない。現状での最善を考え、彼には決して近寄らずその場でカーテシーをした。


「大変失礼致しました。私はシュテルンブルーメ公爵家長女で、ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメと申します。先客に気付かずご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。お邪魔してはいけませんので、私は退出を――」


「フェリクス・フォン・ヴァッサーマンだ。フェリクスでいい。」


「へ?」


 彼は壁に寄りかかっていた体を起こし、その場で立ち上がってからそう言った。言い方がそっけないのと言葉を遮られたのはいいとして、彼が不躾な女に対してきちんと挨拶を返してくれたことに驚く。しかも名前呼びを許してくれるなんて。「挨拶はいいから去れ」くらい言われると思っていたのに。


「こちらもミーティア嬢でかまわないな?」


「は、はい……もちろんですわ。」


 ファミリーネームは長いので基本的には名前呼び推奨だ。だが予想とは違う彼の反応に疑問符を浮かべることしか出来ない。彼はミーティアが嫌いなのではなかったのか。そうでなくても人嫌いなのだから、初対面の令嬢と積極的に関わろうとはしないはずだ。


 その上彼は何故かこちらの方へ歩いてくると、手を伸ばせば触れられるほどの位置で止まる。そしてそのまま私の顔を覗き込むように屈んだ。急に顔が近づいたことに驚いて息を詰めると、彼は何かを確認するように私の目の辺りを見つめた。


「泣いてはいないな。」


「……」


 思いがけず推しのアップを見てしまい、全身が固まるのを感じた。近づくのは心臓に悪いので止めてほしい。先程から色々と動揺しすぎて言葉が出てこない。確かに今日は令嬢モードはお休みさせてと思ったが、こんな時にまで活動停止しなくてもいいのに。


 それにしてもなんで泣いているかもしれないなんて思われたのだろう。


「随分切なそうな顔で祈りを捧げていた。」


 私の疑問を感じ取ったのか彼が理由を答えてくれる。過去を思い出して後悔と哀愁でいっぱいになりながら祈っていたのは事実だ。それが表情に出てしまっていたのだろう。しかしその間ずっと見られていたかと思うと恥ずかしくなってくる。


「大丈夫ならいい。ミーティア嬢。何故俺がいると分かった?」


「……へ?」


 確認が終わると彼は体勢を戻し、一歩離れてくれた。何故分かったって、理由なんているのだろうか。長椅子の奥にいたとはいっても男性の体を隠せるような物ではない。私が偶々気付くのに遅れただけだ。


「何故と仰られましても……横から視線を感じましたので。」


「俺は君が入ってきた時から認識阻害の魔法を発動していた。星眼を持つとはいえ、魔力は俺とさほど変わらないはずだ。君の魔法学教師は一流だ。その筋から君が魔力制御にも長けていることは聞いているが、それでも見破れるとは思えない。いや、見破ったというよりも魔法を認識すらしていなかったようだが。」


 完全に姿を消したつもりだったということか。そうまでしてここにいることを見られたくなかったのなら申し訳ない。気付かなかったふりで退出するのが正解だった。もしかしてゲーム内の神出鬼没もその魔法のせいだろうか。


 彼の言いたいことがようやく分かった。

 認識阻害魔法や範囲魔法は使用者よりも魔力が余程高いか、制御に長けていなければ感知や目視は出来ない。魔力はほぼ同等、魔力制御は彼の方が上のはずなのに何故姿を見ることができたのか心底疑問なのだろう。


 でもそんなのこちらが聞きたい。高い魔力制御能力を持ち努力も怠らない彼に私が敵うはずがない。そもそも彼が言うように、魔法を使っていたことにも気付けなかったのだから。


 そこまで考えたところで、彼の言葉に引っかかりを覚えて首を傾げる。

 魔法学教師とは、魔力強化ではなく制御を重点的に訓練しましょうと言ってくれたあの先生のことか。お父様が雇ったのだから魔法士の中でも一流の方なのは分かっていたが、そこから彼と繋がるとは思っていなかった。


 もしかしてそれで魔力制御の腕が認められて、彼の中での私の印象が変わったのだろうか。

 ならばゲームでミーティアが嫌われていたのは、魔法をまともに練習していないことが伝わっていたのが主な原因では。魔法に拘りがありそうな彼のことだからあり得る。


 しかし思わぬところから甘やかされたミーティアのイメージを少しでも払拭できたのなら嬉しい。


 だが困ったことに、私は彼に返せる答えを持っていない。認識阻害魔法を発動した彼の姿が目視できたのなら、普通はその身に纏う魔法自体に気付けるはずなのだから。


「それに祈りの際に体が青く光ったのは何の魔法だ?」


 考え込んで答えない私に業を煮やしたのか、彼は離れていた距離を再び詰めるように一歩前に踏み出した。きっと魔法のことには妥協できない性質なのだろう。だがこの質問に対しても私は答えられない。やはりあの時感じた光は勘違いではなかったのか。


「申し訳ありませんが、貴方を認識できた理由は分からないのです。それに魔法なんて使っていませんわ。」


「しかし確かに光っていた。」


 そう言われても私にも何が起きてるのかさっぱりなのだ。それよりも少し離れてほしいなーなんて。推しとはいえ、そんな風に初対面の男性に詰め寄られたらちょっと怖い。質問に答えられない申し訳なさも相まって、思わず後ろに下がって逃げてしまう。


 そんな私の行動に気付いたのか、彼は引き留めるように手を伸ばして私の腕を軽く取った。力は殆ど入っていないから乱暴だとは思わないが、私を更に動揺させるのには十分だった。


「頼む、教えてくれ。魔法もそうだが、君があんなにも神々しく見えた理由を――」


 彼が焦ったように更に私に近づいたのと、とりあえず腕を離してもらおうと軽く体を後ろへ傾けたのが同時だった。耳を疑うような言葉と迫ってきた彼に驚いて、絨毯に足を取られてしまい背中から倒れてしまう。


 視界がぐるっと回って一瞬天井の星空が見えた。あ、これは転ぶなとどこか冷静に考えながら衝撃に備えて目を閉じる。


 ドサッ


「……?」


 しかし想像よりも柔らかい衝撃に恐る恐る目を開けると、間近にあるのは痛みで顔をしかめても尚端正な顔立ち。先程よりもますます近いが転んだ衝撃で恐怖は過ぎ去っていて、状況を把握しようとぱちぱちと瞬きを繰り返した。どうやら彼は私の頭を腕で庇い、片腕を床についてあまり体重がかからないように支えてくれているようだ。


「――すまない、怪我はないか。」


「はい、助けて頂いてありがとうございました。それよりもフェリクス様の方が」 


 彼の怪我を確認しようとしたそのとき、入り口の方からキイッと扉が開いた音がした。人気がないと思っていたけれど、意外に利用する人が多い場所だったのかな。頭の片隅で呑気にこの教会の意義について考えを巡らせていると。


「ティア、いる――」


 酷く聞き覚えのある声がして、次の瞬間には教会内が凍り付いていた。……空気ではなく、物理的に。


 その現実離れした現象に言葉を失っていると、彼が突然目の前から消えた。


 その後床に倒れていた体を抱き起こされ、横抱きにぎゅっと抱え込まれる。何が起きたのか分からなかったが、寒さに耐えかねて慣れた温もりと香りを求めるようにその肩に顔をすり寄せた。

 そんな私を宥めるように撫でてくれる手はとても温かい。そうしてそのままその人の顔を見上げようとしたところでハッと我に返った。


 え、これはまずいのでは。

 今すぐ誤解を解かないと大変なことになる気がする。


 慌てて身動ぎし、現状を把握しようと頭を肩から離して周りをきょろきょろと見渡す。するとそこには膝をついた状態の彼を後ろ手に押さえつけるレオン様と、彼の前で腕を組んで仁王立ちしているルークお兄様の姿が。当然、私を抱えているのは険しい顔をしたウィルお兄様だ。


「待って!誤解なの!!」


 どうしてここにいるのかとか、皆動きが素早すぎるのではないかとか、教会が凍っている理由とか疑問に思うことは沢山あるけれど。とにかくまずは彼の身を守らなければと叫ぶ。だってこの3人の保護者達は色々な意味で怖いのだ。


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