深く深く祈る
シュテルン学園の学生寮は小さな宮殿といえる豪華さだった。男女別かつ学年別で計6棟。
全寮制になることが決まってから新しく建造されたのだそうで、帝国の資金力を見せつけられた気分になった。
私の部屋は最上階。
1階に平民・男爵・子爵、2階に伯爵・辺境伯・侯爵、3階に公爵・皇族と決まっているそうだ。人数の多い下位貴族が1階で収まるのか疑問だが、おそらく部屋の広さが違うのだろう。
3階が明らかに少ないのは警備の関係もあるのだと思う。とはいえ皇女様も他の公爵令嬢も同年にいない今、3階には私以外該当者がいない。これでは空間の無駄遣いだ。
全寮制への移行は同年代同士縁を結ぶのが目的だったはず。棟を学年で分けない方がよかったのではと思ったが、朝と夜に利用する食堂は3学年合同だからそこで交流しろということらしい。
しかし食事はすべて侍女に運ばせて部屋で取るという令嬢も高位貴族には多いだろう。食堂は下位貴族メインの場になるかもしれない。
家具は既に学園側で用意されているため持参した荷物はそれほど多くない。
荷物の搬入や片付けは基本的に寮付きの使用人が行ってくれる。初めて会う人達に任せきりには出来ないので、連れてきた専属侍女が指示を出すことになっているらしい。
その間令嬢はお茶を飲んでいるだけだそうだ。それはさすがにどうなのだろう。その場にいるだけでも邪魔になりそう。
ちなみに家具は事前申請すれば自分で用意した物を持ち込んで変更できるが、私は特に希望しなかった。3年間しか使用しない部屋にそこまでの贅沢はいらない。学園が用意したのなら必要最低限の家具は揃っているだろうと思った。
しかし部屋に入って目に飛び込んできたのは、まるで公爵家からすべて持参したかのような質とデザインの家具類だった。自室にある物とやけにタイプが似ている。一部にはピンクゴールドまで使われているのだからさすがに偶然であるはずもない。
これは誰の指示だろう。こんなところにまでお兄様の権限が及ぶはずはないよね?……一応後で確認しよう。
驚いている横でバタバタと搬入が始まっていたので、私も一緒に作業をしようかと思い通りがかった使用人に声をかけたのだが全力で拒否されてしまった。
プロの方々なだけあって動きも素早く、これでは手を出す方が迷惑になりそうだ。かといって部屋でただ座っているというのも気まずい。
こうなったら学園内を見学にでも行ってしまおう。指示役のソフィーを連れてはいけないが、そもそも学生寮以外で侍女同伴は基本的に推奨されていない。
「ソフィー、私がここにいるとお邪魔になりそうだから少し見学に行ってくるわね。」
とりあえず座っていたメインルームのソファーから立ち上がると、指示出しの合間を縫ってソフィーに短く声をかける。今はまだ昼過ぎだ。遅くても夕方までに戻ればいい。
「ですが……お嬢様は、その。」
迷うように口を噤んだソフィーが何を言いたいのかが分かり、転生前も含め前科が何度もある私は反論もできない。でも迷うことを覚悟で歩かないと覚えないのだから学園では逃げてもいられない。ヒロインのように攻略対象者の案内イベントがあるわけではないのだ。
お兄様に頼めばいいのは分かっているが、ただでさえ忙しいお兄様の邪魔にはなりたくない。
「大丈夫!迷ったとしても敷地内よ。ちゃんと寮まで戻ってみせるわ。」
気合いを入れるように自分の手を胸の前でぎゅっと握り締めると、前向きなのか後ろ向きなのか分からない言葉を発した。少なくともソフィーを安心させる類いのものではないだろう。ただ絶対迷わないという保証はできなかった。
案の定不安そうな顔をしたソフィーにどうしても駄目だったら魔法を使うからお願いと告げて、一人で部屋を出た。
◇◇
何故こんなことに。
通路に人のいない寮を出るところまではよかった。ゲームの知識があったおかげでなんとか学園の中心部まで辿り着けた。そのまま校舎を外から確認して、昼休み用の食堂やカフェも発見した。だがそこから入学式会場である講堂を探そうとしたところで、私は一度諦めて中心部を離れることとなった。
先程からやたらと視線が痛かったのだ。休日の昼間ということもあってか人が少ないのが幸いだが、それでも時々声をかけてきそうな人までいた。
瞳の色と星眼で正体はすぐにバレる。表になかなか姿を現さなかった公爵令嬢を見かけたらそうなるのは分かるのだが、挨拶は入学後にしてほしい。それなら学園では出来るだけ皆平等ってことで定型句も簡易バージョンになるだろう。
今日くらいは令嬢モードをお休みしたい。だから心の中でごめんなさいと呟き、気付かなかったふりで逃げたのだ。
そうして人がいない方に向かって歩いてを繰り返して……気がついたら小さな教会の前に立っていた。
周りを見渡しても他に何もなく、不自然な程人気がない。学園の地図は見たことがあるが、教会なんて施設はなかったように思う。そもそもこの国に宗教はなく、伝説となった星の精霊を崇めているだけだ。その星の精霊に挨拶をするという意味を込めて結婚式は教会で行われるが、学園に必要だとは思えない。
私はこんなに好奇心旺盛だっただろうか。ゲームでも覚えがない施設に興味を惹かれ、気付けば中に足を踏み入れていた。
「わあ……!」
まず目に飛び込んできたのは一面に広がる星空。精巧な絵ではなく本物にしか見えない。これではまるで皇城にある温室と同じだ。
祭壇の奥の壁には星の精霊のイメージ画が描かれている。愛おしげに、守るように抱えているその手の内にあるものは。
「ブルースターと……流星?」
ブルースターが星の花、つまりシュテルンブルーメだとすると見事に私の名前と一致していた。
偶然だろうが、その絵をぼんやりと眺めているうちに星の精霊が私を抱いているように思えてきて、ふらふらと導かれるように祭壇に近づき跪いた。
ここで祈れば願いが叶うような、そんな気がしたから。
流星は前世では願いを聞き届ける側だというのに。
サポキャラをしっかり務められますように
攻略に必要だとしても、あまりニーナが危険な目に遭いませんように
皇族の方々や公爵家の皆、そしてカイにも幸運が訪れますように
レオン様の弟さんが元気になりますように
願いなどいくらでもある。しかし私がここで祈ったのは、転生してからずっと奥底に仕舞い込んでいる心残りについてだった。
未依は幸せだったのだとお兄ちゃんに伝わりますように
この世界が前世の世界と繋がっているのか分からない。繋がっていたとしても時の流れが同じなのかも。今この時彼は既に亡くなっているかもしれないし、まだ生まれていないかもしれない。
それでもどうか届いてほしい。
何も言えないまま死んでしまった。無理やり家を出た妹へ何度も何度も謝罪の連絡と優しいメッセージをくれたのに、意地を張って1年半も会いに帰らなかった。
まさか喧嘩が最後になるなんて思わなかったから。せめてあと半年あれば伝えることができたのに。彼を一人にするつもりなんてなかった。
だから嫌いで離れたわけではないのだと。あのときはごめんなさいと。今幸せに暮らしているから大丈夫なのだと知らせてほしい。
私のたった一人の家族だった彼はきっと、嫌われたままでも恨まれても妹を実家から出さなければ死ななかったかもしれないと後悔したと思うから。そうじゃないよって伝わってほしい。
ずっと後悔している私に出来るのは、こちらの世界の家族を大切にすることだけ。
彼のことは今では祈ることしかできない。そしてあの時の家出を決して“しなきゃよかったこと”にしないためにも、前世から続く目標を必ず達成しなければならない。
“どうか、お兄ちゃんが幸せでいてくれますように”
深く深く祈っていると、閉じた瞼の外側で何かが一瞬光ったような気がした。
「……?」
思わず目を開いて祭壇や壁画を見るが、特に何もおかしなことはない。
気のせいだと結論付けて立ち上がると、今度は横から視線を感じてそちらに目を向ける。
それが良かったのか悪かったのかは分からない。人はあまりにも予測不能な事態が起きると声も出せないのだということを知った。
「……」
なぜならそこにいたのは制服を着た見覚えのある美青年。攻略対象者であり、私のもう一人の推しだったのだから。




