ティア至上主義の彼ら ※ウィルフリード視点
「……は?」
予想外の返答に、表情が取り繕えなくなるのを感じた。唖然とした僕に対してかニーナ嬢の言葉に対してか、ギードとソフィーがクスクスと笑っているのが聞こえる。ソフィーはともかくギードがそんな風に笑ったことに苛立ちを覚えて後ろを睨みつけると、ギードはわざとらしく咳払いをしてすました顔を作った。
動揺を隠せなかったことに後悔しつつ一度深く息を吐き出すと、迷いのない表情で答えを出した彼女の真意を問うべく短く尋ねた。
「理由を聞いても?」
我ながらろくでもない質問をした自覚はある。意地が悪いと言われるのは仕方がない。
人の命に関わる質問で誰を助けるかなど、明確に覚悟しておかなければならないのは騎士ぐらいだろう。貴族は皇室に尽くすという決まりはあるが、家族や友人と比べるなど酷というものだ。
だがそれでも確認しておきたかった。目の前にいる妹の大事な友人が、何に重きを置くかを。
実際に行動できるかはさておき、貴族としての正解は当然①の皇太子殿下だ。迷うことすら馬鹿らしい。これを選んだからといってどうと言うわけでもない。ただまあ、ティアにニーナ嬢を信用しすぎるなと軽く忠告する程度だ。
②を選んだ場合は論外だ。僕は即刻ティアと縁を切らせるよう動く。目の前の高位貴族に媚びを売るだけの愚者だ。とはいえこれは念の為加えただけで、彼女がそんな人物でないのは事前の調査で既に分かっていた。
そして③。聞いていたこの1年間のティアとのあれこれを考えると間違いなくこれを選ぶだろうと予想していたのだが。僕はわざとすべてを踏まえた上でと強調したのだから。
それがまさか、全員という選択肢外の答えを選ぶとは。ニーナ嬢は優先順位もつけず安易に全員を助けようなどと考えるようなお花畑には見えないのだが。
「先程ウィルフリード様は仰いましたから。この1年間で私が学んだこと、思ったことすべてを踏まえろって。皇太子殿下やウィルフリード様が帝国にとって替えのきかない方であるのは分かっています。貴族として何を優先するべきなのかも。でも私はこの短い間に何度もティアに助けられました。私にとってティアは大好きな友人で、恩人で、誰よりも替えのきかない方です。だからティアを助ける、と最初は言おうとしたのですが。」
そこまでは予想通りの答えだ。だからこそ全員などと言い出した理由が分からない。
僕はもう既に笑顔は作っていない。先程までの笑顔や真剣な表情は計算尽くで切り替えていたものだったが、ここに来て見事に調子を崩されてしまった。
無言で続きを促すとニーナ嬢は胸の上に手を重ね、何故か照れたように笑った。
「もし私がティアを助けることができても、皇太子殿下やウィルフリード様に何かあったらティアが悲しむと思ったんです。」
「……」
「私はティアからウィルフリード様の話をよく伺っていました。大好きな優しいお兄様だって。皇太子殿下のことはさすがにぺらぺら話したりはしませんが、ティアが殿下を尊敬し慕っているのは言葉の端々から伝わってきました。そんなお二人に危険が迫れば、きっと優しい彼女は自分が傷つくよりも悲しい思いをするでしょう。ティアを傷つけないためには、何としてでも全員助けるのが一番なんです。」
あまりにもティア至上主義な考え方に言葉を失ってしまった。ティアが僕のことを大好きなお兄様だと言ってくれているのは嬉しいが、かなり嬉しいがそれは置いておくとして。
ティアが悲しむから皇太子殿下も何とかして助けるって?この国の最重要人物がおまけ扱い?
「……っふ、……ふふふっ。っはは!」
そんな明け透けな返答をされるとは思ってもみなくて、気付けば素で笑ってしまっていた。ギードにもソフィーにも驚愕の表情を向けられているのは分かったが止まりそうにない。
肝心の彼女は何故笑われているのか理解していないらしく、何かまずいことを言ったかというような青い顔をしている。それはティアが時々する表情とどこか似ていて、更におかしくなってくる。まさかティアと他の女性をほんの少しでも似ていると思う日が来るとは。
でもそれよりも。ニーナ嬢のティア至上主義は彼に似ている。僕なんかよりもずっと。
それが意外で、悔しくて、羨ましくて。
少し嫉妬してしまうけど、悪くないとも思う。
「……っふふ。ごめん、笑ったりして。まさかそんな理由だとは思わなくて。」
どうしていいか分からず狼狽えている彼女が可哀想になってきて、数回深呼吸することで何とか笑いを止めた。ああ、認めるしかないな。父上の判断は確かだった。そしてティアの見る目も。
「最高の答えを返してくれた貴女に、僕も誠意を示すことにするよ。」
そう言って僕は座ったまま彼女に向かって軽く頭を下げた。今度は彼女が驚いている代わりに、ギードが満足そうに頷くのが気配で分かって腹立たしい。
「申し訳なかった。貴女を試すような真似をして。まさかそこまでティアを想ってくれているとは思わなかったんだ。」
「いえとんでもないです!頭を上げてください!!その、私がティアを友人として大事に想っていることがウィルフリード様に少しでも伝わったなら嬉しいです。」
その言葉にゆっくり頭を上げた僕は上機嫌で彼女を見た。十分伝わったよ。だからこそ忠告しておきたいことができてしまったんだ。
「よく分かったよ。だから兄のおせっかいとして少し聞いて欲しいことがあるんだ。付き合ってくれるかな。」
「はい、もちろん。拝聴します。」
「ああその前に、紅茶が冷めてしまったね。ソフィー、悪いけど入れ直してくれる?」
真剣に考えてくれていたニーナ嬢はカップに手をつけようとしなかった。そんな余裕はなかったのだろうが、緊張で喉が乾いてしまっているだろう。
ソフィーはその頼みに素早く動いてくれて、新しい紅茶がニーナ嬢の前に置かれる。それに彼女が口をつけるのを確認してから僕は改めて話し始めた。
「ティアはね、ニーナ嬢に会うまで友人を作ろうとしなかったんだよ。どんなに好意的に接してくるご令嬢でも警戒している様子だった。なのに貴女のことはあっさり信用したから不思議だったんだ。それで悪いとは思ったが貴女や家のことを色々と調べさせてもらった。」
「それは……かまいません。初めから父も私も覚悟はしていました。」
動揺することもなく首を振ったニーナ嬢の瞳に不快な色は浮かんでいなかった。
まあ子爵は公爵家に出入りする以上当然のことだと理解しているだろう。そもそも僕よりも前に父上が入念に調査しているはずだ。問題はないと判断したからこそ彼女の面倒を見ることにしたのだろう。友人を作りにくいティアのために。
だが人は権力を持ち始めると増長するものだ。公爵家に通い出したことでニーナ嬢の性格が変わらないとも限らない。逆に子爵家との差を見せつけられて嫉妬に駆られる恐れもあった。書面だけでは内面の変化など判断できない。だから定期的に報告だけさせて暫し様子を見ていた。ミーツシリーズに関わらせ始めたと聞いて心配は増したが、二人はより仲良くなっただけだった。
「何の問題も出なかったよ。貴女達はどんどん親密になっていく。だから今度は別の意味で心配になった。学園に入学したら二人が近しい間柄だと周りに知れるだろう。ティアは貴族中に注目されている令嬢だ。ティアに近づくためにニーナ嬢を利用しようと考える人が現れるかもしれない。もしくは釣り合っていないと嫌がらせをされる可能性だってある。」
「そんなことは覚悟の上です!」
「ティアを敵視するご令嬢だって当然いる。貶めるために貴女を引き込もうと裏取引を持ちかけられるかもしれないよ?それが権力者であった場合、窮地に立たされる恐れもある。」
「あ……。」
その状況を想像したのか、ニーナ嬢の顔がみるみる蒼白になっていく。彼女は子爵家だ。高位貴族に強く出られれば拒否できない恐れがある。ティアとの板挟みで苦しむことになるのが容易に想像できるだろう。
「だから僕は貴女が何に重きを置くのかを確認したかった。それが先程の誰を助けるかという質問だ。いくらお互い大事な友人だと思っていても、権力に負けてティアを見捨てる可能性があるなら、ニーナ嬢を信用しすぎるなとティアに忠告するつもりだったんだ。」
それがまさかあんな答えを出すとは。僕の予想は良い意味で裏切られた。皇族相手でさえそうなのだ、これならば高位貴族に屈したりしないだろう。
だが今度は彼女のためにももう一度、例えとしてではなく直接確認しておこう。僕は真剣な顔を作り、少し脅すように告げた。
「ニーナ嬢。貴女がそれらを恐れるのなら、今の内にティアから離れた方がいい。早い方が二人の傷は浅い。」
ただでさえ彼女は平民の血が混ざった没落寸前の子爵令嬢だ。それだけでも貴族から非難される理由となるだろう。公爵令嬢と友人なのはプラスに働くかもしれないが、逆に反感を買うこともある。
彼女にとっては酷な提案だろうが、こういうのは僕の役目だ。友人を標的にされてティアが悲しむことになるのは避けたい。それに正直なところティアさえ無事であればどうでもいいと思っていたが、ここまでティアを想ってくれる令嬢であれば多少の心配もする。
僕の質問にニーナ嬢は一度俯いた。迷うように沈黙しているので、僕もそれ以上何も言わずにただ待つことにする。
暫しの静寂の後、彼女が顔を上げて見えた瞳は凛としていて、とても力強いものだった。
「嫌です。その時は離れる以外の方法を探します。私には、ティアと友人として対等になりたいという目標がありますから。」
「……そうか。感謝するよ。それなら僕も最大限、貴女の力になろう。ティアに関することで何か困ったら声をかけてくれ。余程の大物でなければ権力は僕の方が上だしね。」
そう告げると、「え……」とニーナ嬢は驚いたように目を丸くした。そんなに意外なことを言っただろうか。疑問に思っていると、その場の空気を読んでずっと口を挟まずにいたギードが堪らないとばかりに後ろで吹き出した。
「散々脅したのですから当然でしょう。ニーナ様、ウィルフリード様は貴女の意志を確認したかっただけで、お二人の友人関係に本気で反対しているわけではありません。我が主は相当なシスコンなので、ミーティアお嬢様のことに関しては過度の心配性なのです。そこをご理解頂ければ案外分かりやすい方だと思いますよ。全ての行動理由がお嬢様ですから。」
「……ギード、うるさい。」
まったく口を開けば人をシスコンシスコンと。あんな天使のような妹が可愛いのは当然だろう。過剰に心配してしまっているのは自覚しているが。拗ねたような僕を見て、ニーナ嬢は力が抜けたように笑った。
「ふ、っふふ。なるほど。分かりました。ありがとうございます!何かあればその時は宜しくお願いします!!」
「ああ。こちらこそティアを宜しく頼む。」
話が一段落したところでティアが戻ってきたので、そのままティアお手製のお菓子を囲んで和やかにお茶をした。ニーナ嬢と僕の様子を見てティアは安心したように笑っていた。
◇◇
「戻りました。」
「ああ。どうだった。」
夕方皇太子執務室に戻ると、ルークがすぐに問いを投げかけてきた。視線は書類に落としたままだが、意識はこちらに向いているのが分かる。僕が何のために帰宅したのか察しているらしい。無表情で何気なさを装っているが、明らかにこちらの様子を気にしている。分かりやすさでいえばルークも相当ではないのかとギードに言いたい。
そんな彼の机を挟んで少し離れたところに立つと、静かに膝を折った。
「……いきなり何をしている。」
「皇太子殿下に不敬を致しましたので。お手数ですが、沙汰を下して頂こうと思いました。」
「……。」
訝しげに無言で続きを促した彼に、ニーナ嬢にした質問の内容を簡単に話した。彼女に少しでも責任を負わせるつもりはないからその返答までは伝えたりしないが。
「なるほどな。分かった、罰を与えよう。」
そのままの体勢で続きを待っていると、殿下が席を立ち移動する気配がした。そして姿が見えなくなったと思ったら、後ろの方でドサドサッと紙の束が置かれる音がする。まさか。
「おい、早く立て。期限は今日中だ。」
立ち上がって振り向くと、側近用の執務机に大量の書類が置かれていた。やはり仕事を罰にするつもりらしい。相変わらずこの方は人が良い。
一度溜息を吐くと、大人しく座って書類に目を通す。ルークはそれを確認すると無言で自席に戻っていった。それを横目で見て、彼に伝えるべきことを簡潔に告げる。
「まったく問題ありませんでしたよ。こちらも最大限協力すると言っておきました。」
その言葉に満足したらしいルークはふっと口元を緩めると「そうか、よかったな」と再び書類に手をつけ始めた。まったく本当に聡い方だ。ティアのことだけでなく側近のことにまで。
悔しい気持ちが湧き上がり、少しけしかけてみることにした。ルークを見る顔に悪い笑みが自然と浮かぶ。
「ルークに少し似ていましたよ。ティア至上主義なところが。頻繁に会える友人がこれでは、最近会っていないもう1人の兄のことなど忘れてしまうかもしれませんね。」
「……ティア至上主義はおまえだろう。」
呆れたように言い返してくるルークだが、どこか苛立っているようにも見える。忙しくてもう何ヶ月もティアに会えていないのを思ったより気にしているらしい。確か夏の長期休暇にティアが登城したのが最後だったか。
確かに僕はティアが一番大事だ。
しかしルークのそれとは根本的に違う。ルークはティアの意志と心を優先し大事にしている。だから多少の危険があっても見守ることに徹し、横から陰から支えようとしている。
だが僕は正直なところ、ティアさえ守ることができればそれでいいと思ってしまうんだ。もちろん悲しませたいわけじゃないけど、危険があるならその危険を見せないように遠ざけて囲ってしまいたい。
実際今まではそれが僕の守り方だった。父上からティアの事情を聞いて以降は変えようと努力はしているが、人の性根はそう簡単には変えられないものだ。
だからルークやニーナ嬢が羨ましくて嫉妬してしまうし、でもそんな彼らだからこそティアを任せられると思う。
「まあ、忘れられたら思い出させてやるだけだ。」
……へえ。思ったより強気な台詞が返ってきて意外に思う。ティアが楽しければ忘れられていても構わないと流されると思っていたのに。
ルークはルークで変わってきているのかもしれないな。まあ心配しなくともティアがルークを忘れるなどあり得ないが。実の兄よりも安心して頼っているきらいすらあるのだから。
彼らに遅れをとるわけにはいかないな。春がくればティアも学園に入学するんだ。手を出しすぎないよう注意して見守っていかなければ。
だが悔しいものは悔しいのだ。ティアの信頼を勝ち取っているこの男にだけはそう簡単に負けを認めるわけにはいかない。
「そのときは私が邪魔させて頂きますね。」
自覚があるのかないのか知らないが、だんだんと兄の顔が崩れてきているルークにそう言って満面の笑みを向けた。おそらく今日一番の。




