友人のお兄様は妹想い ※ニーナ視点
前話のニーナに対するウィルフリードの口調を大幅に変更しております。(敬語→タメ口)
園遊会で貴族令嬢に敬語を使っていなかったのを忘れていました・・・。
ウィルフリード様は、プラチナブロンドにティアと同じ瞳の優しげな貴公子といった方だった。
キラキラな笑顔で歩き方まで美しい彼を見て、美形兄妹って本当だったんだなと思った。顔かたちはそっくりという程でもないけれど、その笑顔はやはりティアに似ている。兄妹並んだ姿は本物のお姫様と王子様みたいで、空想の世界に入り込んだような気さえした。
ティアを見る彼の瞳は愛情に満ちていて、妹を溺愛しているのが一目でよく分かる。初対面の時のティアと同じで彼も美しすぎてどこか現実離れしているように思えたけど、ティアを嬉しそうに撫でるその姿はただの妹想いのお兄様で、可愛い弟を持つ身としては親しみを覚えた。
突然のお帰りに動揺したけれど、やはり会えて良かった。以前ティアが私の家族に挨拶をしてくれてからずっと気になっていたから。
妹を可愛がる姿を見たおかげで緊張で固まっていた体から力が抜けて、カーテシーも自己紹介も問題なくこなせたと思う。大貴族のご子息に対して勝手だが、ティアのことが大好きな者同士親しくお話させて頂けたらという気持ちを込めて自然な笑顔を向けることもできた。
しかし彼はそんな私を見て目を細めると、真意を探るように鋭い視線を投げた。身の程知らずなことを思ったせいで警戒されてしまったのかな。だけどそれでもウィルフリード様にティアの友人として認められたいという気持ちが強く、ティア抜きで話したいという提案に私は加担することにした。
「私は大丈夫よ。ソフィーもいてくれるなら安心だし、気にしないで行ってきて。」
「……分かったわ、ニーナがそう言うなら。」
心配そうな顔をしているティアを安心させるようににっこりと笑った。私が本気で言っていると感じ取ったのだろう。少しほっとしたように表情を緩めると、ウィルフリード様のためのお菓子を作るべく部屋を出ていった。
「ニーナ嬢、突然邪魔してしまってごめんね。とりあえずこちらへどうぞ。」
彼はそのまま私をそつなくエスコートし窓際の席に座らせた。男性からそのような扱いを受けたことがなく、相手が見目麗しい方ということもあり、その紳士的な行動に少しだけときめいてしまう。窓際なのは初対面の男女ということに配慮してくれたのだろうか。外が見える方が開放感があって何だか安心する。それにソフィーが膝掛けとストールを持ってきてくれたので冷えることもない。
それでも対面から向けられる視線に耐えきれず落ち着かない気持ちで周りを見渡すと、ウィルフリード様の後ろに立っている男性と目が合ってしまった。優しい表情でにこっと笑いかけてくれるその男性は、先程ウィルフリード様が口にしていたギードという方だろうか。
「ああ、紹介が遅れてしまった。彼は僕の専属侍従でギード。この公爵邸と学園を行き来してくれているけど、初めて会うよね?」
「ええ、初対面でございますね。ウィルフリード様が幼少の折からお仕えさせて頂いているギードと申します。宜しくお願い致します、ニーナ様。」
「は、はい。こちらこそ宜しくお願いします。ギード、様。」
ティアもそうだけど、小さな頃から専属の方がつきっきりなんてすごい世界だな。ソフィーの時に使用人に様はいらないと言われたけれど、初対面でそれも失礼な気がしてどうしてもつけてしまう。
「ふふ、ギードでかまいませんよ。」
困っていたら、優しく訂正してくれて助かった。ギードもソフィーと同じでとても親切だ。貴族について大分勉強したつもりだけど、練習と本番はやはり違うと思い知らされる。
その後すぐソフィーが紅茶を出してくれ、場が整ったタイミングでウィルフリード様が再び口を開いた。
「改めて。ニーナ嬢のことはティアから色々と話を聞いていたよ。随分親しくしてくれているんだってね。妹はまだ社交界に出る機会が少ないこともあって、今まで仲の良い女性がいなかったんだ。だから貴女のような友人が出来て嬉しいよ。まずはそのお礼を言わせてもらいたいな。」
あ、あれ。受け入れてくれてる?先程の警戒が嘘のように優しい言葉をかけられて戸惑う。その表情からは特に悪感情が読み取れない。歓迎されていないと感じたのは勘違いだったのかな。
「いいえ、私の方がいつもティアに助けてもらってますから!公爵家の方々にはとても良くして頂いていて。行儀作法を学びたいなどという失礼なお願いを公爵様が受け入れてくださったおかげです。」
「そうそう、その行儀作法の勉強についても頑張っているんだってね。ティアが僕と会う度貴女のことを自慢してくるよ。前向きで努力家で、とても魅力的な女性だとね。ティアは本当に貴女のことが好きなようだ。」
ティアが私のことを自慢してくれているのだと知って、照れくさいような誇らしいような気持ちになる。まだ全然対等な友人なんて言えないけれど、少しずつでも近づいていけたらいい。にこにこしながら一度言葉を止めて紅茶を口にしたウィルフリード様に、思わずはにかんだ顔を見せてしまう。ダメだ、貴族は簡単に感情を表に出してはならないのだと習ったのに。
ウィルフリード様の紅茶を飲む姿は気品に溢れていて、動きに無駄がなくとても美しい。あのくらいにならなければティアには近づけないのだ。こんなことで浮かれていないで気合いを入れ直さなければ。
「――だから、僕は心配なんだよ。」
カップを音もなくソーサーに戻し、先程までの笑顔を消して一瞬真面目な表情になったウィルフリード様は、次の瞬間にはまた私に満面の笑みを向けた。けれど私はもうその笑顔が本物だとは思えなくて、彼から目を逸らさないまま居住まいを正した。
「ニーナ嬢。貴女が作法だけでなく貴族についても色々とティアから習っているのは知っている。だから一つだけ、問わせてもらってもいいかな。」
私がどこまで本気で取り組んでいるのかを試そうとしているのかな。先程までの話とは脈絡のないように思えるが、きっと彼にとって大事なことなんだろう。これを断るという選択肢なんてない。次期宰相とも謂われている方からの問題を答えられる自信はないけれど。
「はい、かまいません。」
「この質問は例え話ではあるが、それでも不敬に当たるからどうかここだけの話にしてほしい。」
最初にそう前置きしたウィルフリード様はとても真剣な眼差しをしている。不敬に当たるということは皇室関係の内容だろうか。よく分からないが、一先ず頷いて了承を返した。
「貴女の目の前で、3人の人物が同時に危険な状態に陥っているとする。そうだな……川に溺れているとか、暴漢に襲われているといった命に関わるようなことだ。周囲には他に誰もおらず、貴女が助けるしかない。さて、貴女は誰を一番最初に助ける?」
あまりの内容に体が固まっていくのが分かった。不敬に当たるって、もしかしてその人物の一人は。
「①シュテルンツェルト帝国皇太子、ルーカス・ヴィルヘルム・フォン・シュテルンツェルト殿下。②シュテルンブルーメ公爵家嫡男で次期宰相、ウィルフリード・エリアス・フォン・シュテルンブルーメ。③シュテルンブルーメ公爵家長女、ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメ。」
冗談でしょうと笑い飛ばしたいような気持ちになったが、間違いなく本気なのだろう。向かい合っているウィルフリード様は笑顔だが目は笑っていない。
「ウィルフリード様、その質問はあまりにも意地が悪いですよ。」
固まってしまって動けない私を見かねたのか、ギードが横からフォローしてくれる。でもその表情は慌てたり怒ったりしているものではなく、完全に呆れているように見えた。
「まあそうだね。さすがに分かっているよ。でも一応、考えてほしいんだ。これに答えたからって貴女を不敬だと咎めることも罰することもない。むしろ咎められるのは僕だからね。この公爵家に通い始めてからの1年足らずの期間で貴女が学んだこと、思ったことのすべてを踏まえた上で答えてみてくれないかな。」
貴族としての心構えや覚悟を問われているのだろうか。友情や知人を差し置いても、皇室を守らなくてはならないという忠誠心を。
普通に考えれば、優先されるべきは当然皇太子殿下だ。第二皇子殿下がいらっしゃるとはいえ皇后陛下のお子様は皇太子殿下ただお一人なのだから、この帝国にとって替えのきかない最重要人物。
その次はウィルフリード様だろう。帝国一の貴族の跡取りで次期宰相なのだから、目の前の彼だって失ってはならない方だ。
ティアはその中では一番優先順位が低い。彼女は帝国一の公爵令嬢とはいえ、ただそれだけだ。公爵家の方々にどんなに愛されていたって、皇族の方々全員に目をかけられていたって、先述のお二人には比べるべくもない。
――でも、私は。
「本当はティアを最初に……と言いたいところですが。全員必ず助けます!」




