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出会いイベント発生

 ――まさか予定を変更しただけでこんなことになるとは思っていなかった。


 事の発端は、私がニーナとの約束を守れなかったことだ。お母様が「貴女のドレスを全て新調しましょう」と言って仕立て屋を呼び、それが偶々彼女の訪問日だった。先約は彼女だったのだが、忙しいお母様はその日しか空いていないとのことだったので申し訳ないが日を改めざるを得なかった。そのため子爵邸に急ぎ使者を送り、予定を1日だけ後ろにずらしてもらったのだ。


 15歳現在、学園入学を数ヵ月後に控え成長期に入っているらしい私は日々サイズが変わっている。お母様がドレスの新調をと張り切ったのはそのためだろう。嬉しいことに身長だけでなく胸回りまで変化しているのだ。ゲームのミーティアより育っている気がするのは、精神に影響しているのだろうか。さすがにこれではもう子供に見られるのではないかという心配もない。


 そして予定をずらした当日のシュテルンブルーメ公爵邸内。公爵家が懇意にしている貴族や個人的な友人等を招く際に使用する、テラス付きの小規模サロンだ。残念ながらこの時期テラスでは体が冷えてしまうのでこの部屋である必要はないのだが、ニーナも大分屋敷や作法に慣れてきたこともあって、自室以外で復習を兼ねたお茶をしてみようということになったのだ。


 公爵家でお茶会を開いてニーナを招待したという設定で「ようこそいらっしゃいました」から始めようとしていた矢先、サロンの扉がノックされた。ニーナと一緒にいる時にソフィー以外が出入りすることはあまりないので珍しいなと思いつつ、ソフィーに対応してもらう。


「お嬢様、ウィルフリード様が屋敷にお帰りになられたそうです。」


 ……は?驚きすぎてパカンと開いてしまいそうになった口を手で押さえるが、それでも頭は真っ白のままだ。


 今日は平日。真っ昼間。お兄様が帰ってきた。ニーナがいる。

 ゲーム開始は入寮日。お兄様との出会いイベントは入学式当日で。


 ……??何故お兄様とニーナが同じ場所にいるのだろう。


 いや、落ち着け。顔が真っ青になっていくのを感じつつも、何とか深呼吸を繰り返す。学園の授業があるはずの昼間にどうして帰宅されたのか分からないが、お兄様をお出迎えしなければならない。でもお兄様とニーナを今会わせるのはゲームストーリーに影響があるかもしれない。ニーナをここに置いて私だけ向かう?ダメだ、お客様を放置するのはまずい。


 ちっとも落ち着いていない頭でニーナを見ながら考えを巡らせていると、ソフィーの言葉に少し動揺した様子だった当の彼女が意を決したような表情で口を開いた。


「ウィルフリード様ってティアのお兄様よね。もしご迷惑でなければ、ご挨拶させてもらえないかしら。身分が上の方への挨拶の作法も学んだし、これも良い経験になるでしょう?」


 胸の前でぎゅっと手を重ねて握ったニーナはそこで言葉を止める。しかしそれは失言だったと思ったらしくハッとした様子で手を振って訂正し出した。


「公爵家の嫡男様を練習台にしようとしているわけではないのよ!友人の大事なお兄様にきちんと挨拶しておきたいって思ったからで!!」


 相当慌てているようで、言い終えた後も高速で手を振り続け弁解している。ニーナも本当は随分緊張しているのだろう。そのアワアワとした表情と仕草を見ているうちにこちらは多少落ち着いてきた。


 ニーナが挑戦しようとしてくれているのに、ここで拒否するわけにはいかない。公爵令息への挨拶をこなすことができれば彼女の自信にも繋がるのだ。大丈夫、彼女は基本的なことはもう十分にマスターしている。今の状態でイベントを起こしたとしても印象は変わらないはずだ。むしろ接する機会が増えて仲良くなれるのでは。


 確かヒロインと公爵令息の出会いイベントは入学式直前。ヒロインとミーティアが入学式会場に向かおうと一緒に女子寮を出たタイミングで、ミーティアが会場まで迷わないか心配したウィルフリードが迎えに来るのだ。


 従ってヒロインが攻略対象者と出会うのはウィルフリードが一番最初で、無難にただお互い挨拶を交わすのが始まり。ミーティアや公爵家の使用人から事前にヒロインのことを聞いていたウィルフリードは、ヒロインに対して初めからわりと好意的に接するのだ。まあどこまで本心かは定かではないが。


 時期も場所も違うが、何か特別なことが起こるわけでもなくミーティアが紹介して挨拶を交わすだけであれば今とそう変わらない。


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ。では今から玄関ホールへ――」


 行きましょう、と続けようとしたところで再びノックが鳴った。もしかして考えている間にお兄様の方から来てしまったのだろうか。ニーナがカチンと固まってしまった。


「ティア、来客中なのにごめんね。入ってもいいかな?」


 間違いなくお兄様の声だ。ニーナに大丈夫か確認し、ちゃんと反応があるのを確認してから返事をしてソフィーに扉を開けてもらう。私達二人は立ち上がり扉の近くまで移動した。


 少し前にあった冬の長期休暇ぶりのお兄様は学園の制服ではなくジュストコールを着ており、一目で登城していたと分かる。普段会えない反動か、屋敷に帰ってくると毎回早速とばかりに抱き締めてくるお兄様だが、お客様の前ではさすがにしないようだ。きっと友人の前で抱き締められるのは恥ずかしいという気持ちを察して配慮してくれているのもあるのだろう。


「おかえりなさいませ、お兄様。」


 お出迎えには間に合わなかったので、せめてカーテシーをして挨拶をする。いつもは礼をする暇もなく構われるので何だか新鮮な気持ちになった。


「ただいま、ティア。僕のお姫様は最近ますます美しくなったね。」


 そう言いながら近づいてきたお兄様は、抱き締められない代わりとばかりに思いっきり頭を撫でてくる。前言撤回。それでは結局変わらないと思う。やはりお兄様はシスコンだ。


「ふふ、そうかしら。今日はどうなさったの?学園は?」


「本校舎で工事があって臨時休校なんだ。午前は登城してたんだけど、午後はお休みを貰えたからね。せっかくならティアを驚かせようと思って。」


 臨時休校……。その予定が何かの影響で変わるとは思えないので、やはりニーナが今日ここにいることの方がイレギュラーなのだろう。しかし機嫌が良さそうにクスクスと笑ったお兄様を見て、これなら大丈夫だろうと安心する。


「もう、本当に驚いたわ。お友達と一緒にお茶をしようとしていたところなの。お兄様に紹介させてちょうだい。」


 少し下がった位置にいるニーナを手で示すと、安心させるように笑いかけた。緊張したまま待たせてしまって申し訳ない。


「彼女はユングフラウ子爵家のご令嬢で、ニーナよ。もう1年くらいここに通ってくれているの。」


 私がそこまで言って言葉を止めると、ニーナは一歩前に出て丁寧にカーテシーをした。緊張のせいか少しぎこちないが、十分綺麗に出来ている。初の本番なはずなのに、その度胸はさすがだと思う。私が彼女の立場なら失敗してしまいそうだ。


「お初にお目にかかります。ユングフラウ子爵家長女、ニーナ・フォン・ユングフラウと申します。お会いできて光栄ですわ、シュテルンブルーメ公爵令息様。」


 顔を上げてお兄様を見たニーナの瞳はキラキラと輝いていてとても魅力的だ。緊張していても自然な笑顔がとても可愛らしい。

 お兄様はそんな彼女を見て、すっと目を細めた。どこか観察するような、探るような目付き。やはり女性嫌いのお兄様はこんなに可愛いヒロインに対してでも初めは警戒してしまうらしい。しかしニーナは地位や見た目に惹かれてすり寄るようなご令嬢ではないのだ。きっとお兄様もそれはすぐに分かるだろう。


「ミーティアの兄でシュテルンブルーメ公爵家嫡男、ウィルフリード・エリアス・フォン・シュテルンブルーメだよ。ウィルフリードでかまわない。貴女のことは妹から色々聞いているよ。ニーナ嬢と呼んでもいいかな。」


「ええ、もちろんですわ。ウィルフリード様。」


 一見和やかな雰囲気だが、お兄様の視線が何だか鋭い。ニーナとお兄様が並ぶとやっぱり絵になる光景だが、出会いイベントのスチルだーと喜んでいる場合ではない。

 もしかしてゲームでも初めはこんな感じだったのだろうか。こういった空気は絵だけで判断できるものではない。ニーナも少し強張っているみたいだ。お兄様の笑顔に騙されるご令嬢が多い中、お兄様の圧に気付けるなんてさすがヒロイン。


「……帰ってきたばかりで悪いのだけど、ティアのお菓子が食べたいな。簡単なものでいいから何か作ってきてもらえないかな?僕はここで待ってるから。」


「え!?で、でもお客様を置いていくわけには……。」


 挨拶が一段落したタイミングで、ニーナに向けた視線の鋭さをさっと消してお兄様は私を見た。その変わり身の早さはさすがだが、思わぬ発言に困惑する。

 お兄様はこの状況で理由もなくこんなことを言い出す方ではない。何より普段ならせっかく会えた妹を離そうとなんてするはずがない。私に依頼するのなら厨房までついてくるのがお兄様だ。お菓子を食べたいというのはただの口実で、私をここから排除したいと考えているのがまる分かりである。


「その間、僕がニーナ嬢のお相手をさせて頂くよ。初対面の男と一緒にされても不安だろうからソフィーを置いていくといい。ソフィーとギードが側にいるなら安心だろう?」


 そう言ってにっこり笑ったお兄様の笑顔は有無を言わせないものだった。私はこの表情をしたお兄様に勝てた試しがない。


 確かにニーナはソフィーに慣れているし、ギードならお兄様が暴走しても上手く止めてくれるだろう。二人きりにならないなら何の問題もない。お客様の相手をその家の嫡男が務めるのも不思議ではない。でもおかしいな、ゲームではこんなこと言い出したりしなかったのだけど。


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