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この子お持ち帰りしたい (3)

 二人が公園から出るのをぼんやりと眺めていると、横に座っているクルトに「ティア姉」と呼び掛けられた。


「なあに?そうだ、足は大丈夫?」


「ごめんね。疲れたって言ったのうそなの。」


 クルトはペロッと舌を出して悪戯っぽく笑うと「さくせんせいこう」と呟いた。

 ん?さくせん……作戦成功?というか、嘘!?わざわざ何でそんなことを。パンダが食べたいだけなら公園に来る必要はなかったはず。この状況を故意に作り上げたのだとしたら末恐ろしい子だ。


「僕、ティア姉とふたりになりたかったの。」


 つまり、ニーナに聞かれたくない話があったということだろうか。え、まさか姉上に近づかないでとか!?一人でお買い物も出来ない子が友人なんてって呆れられているのかな。いやいや、6歳の子に何を考えているの私。被害妄想がすぎる。何となく場の作り方といい笑顔といい、ウィルお兄様を思い出してつい深く考えてしまった。お兄様なら妹に迷惑をかける女性をそうやって排除してもおかしくないのだ。


「ティア姉、ありがとう。」


「……え?」


 思いがけない言葉に目をぱちぱちさせる。まさかお礼を言われるとは思わなかった。でも何に対してだろう。今日の一日を振り返って考えてみるが、クルトにお礼を言われるようなことをした覚えがない。むしろ街を案内してもらったのもフォローしてもらったのも私だし。

 首を傾げて考え込み始めた私にクルトは少し身を寄せると、小さな手でちょいちょいと袖を引いた。可愛い。ごめんね、考えてないでちゃんと聞くね。


「姉上はいつもおうちのお手伝いでいそがしくてお友だちとも遊ばなかったの。僕がまだあんまり手伝えなかったから。でもティア姉に会ってからはいつも楽しそうだし、魔法やコツ?を教えてくれたからお手伝いにもよゆーがでてきたって言ってるの。父上もずっとずっと大変そうだったのに、ティア姉のおかげで光が見えてきたって。だから僕、お礼が言いたかったんだ。」


 真面目な顔をしてそんなことを言うクルトを、ぽかんとしながら見つめてしまう。

 この子は幼くても、しっかり周りを見ているのだ。自分はまだ何もできないという歯痒さを感じながら、大変そうな姉と父をずっと見守ってきたのか。


 私が出来たことなど本当にわずかだ。確かにニーナの領地については多少調べた。何か方法はないかと考えてはいた。でも領地経営についての知識などろくにない令嬢の考えでは上手くいくはずもなく諦めかけていたその時にニーナから贈り物を貰い、偶々思い付いただけだ。自分が欲しいと思っていた物と子爵家が繋がったに過ぎない。

 それにひとつ契約を結んだぐらいでは根本的な解決にはなっておらず、多少でもその場凌ぎの資金繰りになれば良い方だ。ネイル用品だってどこまで成功するか未知数なのだ。


 家事のことだって不審に思われない範囲ででも、前世の話が出来るのが楽しかったから。魔法についてはサポキャラとしての役割を果たすために、ニーナにとって身近で使えそうなものを教えた。


 決してお礼を言われるようなことはしていない。結局自分の役割を全うしようと足掻いた結果に過ぎないし、甘えた妹キャラでいるのが嫌で出来ることがないか探しているだけだ。


 でもここでそれを言うのは野暮なのだろう。あんな嘘をついてわざわざこの状況を作り上げてまで、お礼を言いたいと思ってくれたのだ。今私のすべきことは、クルトのその想いを受け止めることだから。


「ふふ、どういたしまして。こちらこそ、ありがとう。」


「どうしてティア姉がありがとうなの?」


 お礼を言われて嬉しかったから。ニーナと友人になれて私も幸せだから。どうかこれからも一緒にいられますようにと願うから。


 色々理由はあるが何だか照れくさくなって、私はクルトの頭を撫でることで誤魔化す。気持ち良さそうに笑ってくれたクルトが良い子すぎて、やっぱり弟が欲しくなったけれど。こんな姉想いの子を見ていると、それよりもお兄様を大切にしていきたいなと強く思った。




 それから少しの間おしゃべりをしていると、クルトの頭がゆらゆらと揺れ始めた。段々と目も閉じてきている。多分歩き回って疲れたのだろう。寝かせてあげた方が良いのだろうか。でも今枕もブランケットも何もないし……。


「おうた……。おうたうたって。」


 寝惚けたクルトがうつらうつらしながらそんなことを言う。ニーナは歌うことが好きだと言っていた。きっといつもクルトに子守唄を歌ってあげてるのだろう。

 でも困ったな。この世界の子守唄なんて知らないし、前世の歌なんてクルトには呪文にしか聞こえないだろう。他に何か、子守唄になりそうな曲といえば……。


 そうだ、あれがあった。1つ思い付き、もう座っていられない様子のクルトの体を優しく横たわらせて膝枕をすると、私は目を閉じて小さな声で歌い始めた。



~♪


星の花が咲いたよ


精霊は乙女を祝福し


溢れる願いを聞き届け


星空を愛で満たした


精霊は星空を見守っているよ


どうか乙女の愛が消えませんように


~♪



 子守唄にも似たバラード調の短い歌は、この国に語り継がれてきたものだそうだ。シュテルンツェルト帝国民なら誰でも知っている有名な歌。おそらくこの国の星の加護について歌っているのだろう。

 あれ、そういえば星の花って皇城の温室にあったブルースターのことかな。あれが星の精霊や加護に関わる大事な花なのだとしたら皇城にしかないのも納得だ。そんな花を私、というかミーティアは城にしかないのはもったいないとか目立ちたくないのかなとか……恥ずかしくなってきた。


 ――ぱちぱちぱち。


 ルークお兄様との出会いに思いを馳せていると、左の方から小さな拍手が聞こえてきた。


「……?」


 瞑っていた目を開いて音がした方を見ると、そこには一人の若い青年がいた。格好からすると平民で、眼鏡をかけている。おそらくお兄様達とそう変わらないくらいの年齢。

 ブラウンの髪にグレーの瞳はこの国では特に珍しくない色合いだが、どこかその青年には不似合いで違和感を覚えた。何より顔が良い。微笑んだその表情のバックには鮮やかな花が咲いているようだ。タイプじゃないので見惚れたりしないが、怖いくらい甘い顔立ちのイケメンである。ルークお兄様とは全く違う種類の色香が全身から漂っている。


「いきなりごめんね、天使のように綺麗な声で歌ってたから思わず聞き惚れちゃった。」


 声まで甘い。甘いものは大好きだが、こういう糖分はいらない。

 悪い人には見えないが、その口調は何だか軽い印象を受ける。拍手と声を小さめにしてくれたのは寝ているクルトに配慮してのことだろう。でも警戒を解くことはできない。思わず身構えてクルトの頭を抱えるようにすると、その人は「え……」と思いがけないものを見たと言うような意外そうな声で呟いて苦笑した。


「怪しい者じゃないよ。君、珍しいね。女の子は僕の顔を見ると大抵頬を赤らめてくれるんだけど。まさか警戒されるとは。」


 なにこの青年、ナルシストか。思わずドン引きしそうになるが、その顔と雰囲気を見ると納得もしてしまう。自慢ではなくただの事実なのだろう。それに口調とは裏腹に、どこか悲しそうにも傷ついたようにも見える。それが演技だとは到底思えない。身構えられたことでショックを受けている?意外と繊細な人なのだろうか。どう対応しよう。


 前回のこともある。返事をするべきか悩んでいると、離れた位置から青年を警戒しながらも何故か辺りを気にしていた護衛が近づいてきて私に耳打ちした。どうやら、周囲に自分達ではない護衛の存在を感じたらしい。元々少なかった周辺の人通りもぱったり途絶えたと。


 もしかしてこの青年は貴族なのだろうか。格好と口調の軽さ、あと場所のせいで気づかなかったが、確かに見た目からも立ち振舞いからも高貴なものを感じる。その気品は下位貴族のそれではない。

 そうなると無視も得策ではない。こちらにも護衛がいるのはバレているはずだ。馬鹿正直に貴族ですかなんてお互い聞けないだろうが、相手がどこの家の方か分からない以上慎重に接しなければ。


「失礼しました。幼い子供が一緒なのでつい身構えてしまったのですわ。」


 警戒は解かないようにしながらも、少し微笑み加減で言葉を返した。私にはクルトを守るという使命がある。何となく悪い人ではないように思えるが、私の直感など当てになるかは自信がない。とはいえ前回はぐれた時とは違い、こちらにも護衛が傍にいるのだから何かあってもきっと大丈夫だろう。


「その子は弟君かな。色合いは同じだが……顔はまったく似てないね?その男の子も可愛い顔をしているけど、君はどんな美しい花も霞ませてしまうほど魅力的だ。君を例えられるくらいの花も宝石も僕は知らない。」


 笑顔が引きつりそうになるのを堪える。貴族の美辞麗句ってこんなのなの?乙女ゲームの世界だから違和感はないのかもしれないが、正直なところ寒いとしか思えない。歌の感想以外にも何か声をかけた理由があるのかと思ったが、結局ナンパなのか。それなら早く退散してほしい。


 クルトと顔が似ていないのは当たり前だ。弟ではないとわざわざ否定する必要もないし、変装魔法を使用した今の私がクルトと二人でいたら姉弟にしか見えないだろう。ニーナと3人で並んだらその差は明らかだが。


「お褒めいただき光栄ですが、それは過ぎたお言葉でしょう。申し訳ありませんが、私はここで人と待ち合わせをしているのです。この子も寝ておりますし、ご用がないのでしたら……。」


 やんわりと、でもはっきりとお断りの言葉を向けると彼は残念そうな顔をした。


「そうか……。タイミングが悪かったね。名前くらい教えて頂きたいが、次の楽しみに取っておくとしよう。またきっと会えるだろうしね。」


 狙いを定めた猛獣のように一瞬目を細めると、次の瞬間には甘い笑みを浮かべてまたね、と軽く手を上げたまま去っていった。ぞくりと寒気のようなものを感じ、思わず胸を抱えるように自分を抱き締めて身を竦めた。何だか嫌な予感がする。


 とはいえ意外とあっさり退散してくれたのだ。相手が貴族なら学園か夜会で会うこともあるだろうが、おそらく見つかることもないだろう。髪と目の色が違うだけで、相当印象が変わるはずだ。同じ色合いのニーナが心配ではあるが、私と彼女はまったく似ていないから別人だとすぐ気づくはず。念のため一応こんなことがあったからと謝って注意喚起だけはしておこう。


「申し訳ありません。不審な輩をお嬢様に近づけてしまいました。」


 そう言って護衛2人は深く頭を下げた。乱暴されたわけでもないし、不審者と決まった訳じゃないのだから気にしなくてもいいのに。


「いいのよ。相手が護衛もいる貴族なら、変に遠ざけたりすべきではないでしょう。あなた方の判断は間違っていないし、あの方が去っていくまでちゃんと警戒してくれていたのだから。守ってくれてありがとう。」


 それからすぐにニーナとソフィーが戻ってきた。

 ”パンダ”はパンダの顔の形を模したアイスだったらしく、慌てて寝ていたクルトを起こして4人で食べた。それからはクルトも疲れていたため帰宅することにし、馬車の中で先程の件をニーナに伝えたあと解散したのだった。


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