転生しちゃった (3)
しばらくすると、私の意識回復を聞いたお父様とお母様、お兄様、公爵家専属のお医者様がやってきた。
「ティア、目が覚めたようだね。本当によかった……。3日間も寝込んでいたんだから、まだ決して無理しちゃいけない。医師は心因性の発熱と疲れによるものだろうと言っていたんだから。」
そう言って頭を撫でてくれたお父様はクセのあるプラチナブロンドにコーンフラワーブルーの星眼で、優しげな風貌をしている。
私に対しては普段甘い方だが、さすがこの国一の公爵で宰相というべきか。仕事中はその容姿とは裏腹に、射抜くような鋭い視線と威厳で相手を黙らせる。
貴族の結婚は早いため15歳と13歳の子供がいてもやっと30後半と若く、大人の色気が漂っていて今でも女性に騒がれるらしいが、本人は愛妻家で家族第一の理想的なお父様だ。
普段は皇城にいることが多いが、持ち帰り仕事をしたり公爵家の執事長に子供たちの様子を聞いたりして、できる限り関わろうとしてくれる。
「ティアちゃん、心配したわ。何か食べられそう?食べやすいスープかなにかを用意してもらいましょう。何かしてほしいことはない?」
目に安堵の涙を浮かべたお母様は、ストレートロングの淡いストロベリーブロンドを上品に纏め上げた嫋やかな美人。エメラルドグリーンの瞳は愛情豊かで生き生きとしている。元は辺境伯家のご令嬢で、お父様とは恋愛結婚だそうだ。
見目も仕草も庇護欲を掻き立てる女性だが、隣国との国境で常に一定の緊張感がある辺境出身なだけあって芯は強くしっかりと公爵夫人の役目を果たしている。
記憶を取り戻す前はただ大好きなお母様というだけだったが、自立したいという目標ができた今、私がお手本とすべき理想的な方。
「お父様、お母様、ありがとうございます。心配かけてごめんなさい。でももうなんともないの。熱も下がったみたいだしお食事と湯浴みをしたいですわ。」
そう笑ってみせると2人は少し驚いたように目を見開くと、後ろに佇んでいたお兄様を一瞥した。
そこから動かず揺れる目で私を見つめているお兄様の顔は青ざめており、気を失う前に見たときよりも確実に窶れていた。その姿はこちらが心配になる程で、微かに震えてさえいる。
そうだった。ウィルお兄様は前世の兄同様シスコンで、両親よりも私に激甘なうえ心配性。
跡取りとしての勉強と皇太子殿下の側近としての皇城通いで忙しいのに、ほぼ毎日私とお茶会をし、少しでも暇ができると私の部屋や庭で一緒に過ごそうとする。
あまり私を外出させたがらないものだから、ルークお兄様に会いにたまに皇城へ連れていってもらえる以外は、貴族のお茶会などにもまだ参加したことがないくらい。
全体的に容姿・性格ともにお父様似のイケメンで、唯一の違いはお母様から受け継いだストレートの髪質くらい。私は色も顔かたちも両親を足して2で割ったような似方をしているのでそっくりではないが、瞳が全く同じなので兄妹だとはっきり分かる。
ゲームの設定によると、お兄様はにっこり笑いながら毒を吐く冷徹キャラ。容姿や地位に惹かれてすり寄ってくる女性に辟易としているため隠れ女嫌いだったりする。今まで知らなかったので私には隠しているのだと思う。
観察するようにお兄様をじっと見つめていると、意を決したようにお兄様が口を開いた。
「無理しなくていいんだよ。ティアが倒れてしまうくらい辛いなら、兄様がルークや陛下となんとか交渉して必ずティアの傍にいられるようにするから。いっそ学園なんか行かなくても――!」
しまった。あのタイミングで気を失って寝込んだとなれば、お兄様が家を出ることにショックを受けて倒れてしまったと思われても仕方ない。ミーティアは甘えん坊で寂しがり屋なブラコンだったもの。本当は膨大な記憶に脳がキャパオーバーを起こしただけなのに。
皆が心配してくれるのは嬉しいし、申し訳なくも思う。
だが兄が学園の寮に入るくらいでショックを受けて寝込んでしまう(実際は違うが)我が儘な女の子に対して、全員甘やかしすぎだ。
公爵家嫡男が妹が悲しむので学園に通いませんなんて前代未聞。まして皇帝陛下の決定に背くなんてあり得ない。
今すぐ阻止したいけど、いきなり突き放すと余計に心配をかけてしまいそうなので言い方には気をつけないといけない。前世で実家を出て一人暮らしをするにあたり、反対する兄を全力で拒否した結果大喧嘩をして学んだのだ。
「いいえお兄様。たしかに寂しいしお兄様の傍にいたいわ。でも2年我慢すれば私も入学できるし、お兄様と学園生活を楽しみたいの。だからそれまではお会いできる度に、学園のことを色々教えてくださいませ。それならお兄様とルークお兄様のお話も聞けるし、私ももっと学園が楽しみになると思うの。」
「ティア、でも……。」
ぐっっと目を瞑って俯いてしまったので失敗したかとヒヤッとした。ここは是が非でも押し通さねばと思案していると、お兄様は何かを飲み込むように頷いてから顔を上げた。ものすごく眉を寄せている。
「分かった。僕もティアと学園に通うのは楽しみだからね。ティアが安心して入学できるように情報収集と、問題があった場合は状態改善に努めることにするよ。ルークにも存分に協力してもらうさ。」
なんとか説得に成功したらしい。皇太子殿下を巻き込むのはどうかと思うが、元々お兄様は殿下の側近で仲が良いのでプライベートは気安いのだろう。ふたりの関係に口を出すべきではないので、黙っておくことにする。
それに攻略対象者の様子はどうか、ゲーム内容と乖離していないかを知るためにも情報収集はありがたい。第二王子を除く攻略対象者も悪役令嬢も私より年上で、皇太子殿下の側近ないし関わりの深い存在なので、自然とその話題も多くなるはずだ。
「ありがとう、お兄様!もうお休みくださいませ。お兄様の方が顔色も悪いし、お体が心配なの。」
「僕の妹は天使のように優しく愛らしいな。ティアに心配をかけないために休むことにするよ。入学まであまり時間はないが、ティアの体調が回復したらまた一緒にお茶をしようね。」
目を潤ませたお兄様と、色々な意味で安堵の表情を浮かべた両親は医師の診察結果を聞いた後それぞれ自室に下がっていった。ちなみに今晩ゆっくり休めば、明日にはもう動いても大丈夫だろうとのことだったので安心する。
先程まで気づかなかったが、もう夜も遅い時間だったらしい。きっとろくに寝ずに回復を待っていてくれたのだろう。
どうしてミーティアに転生してしまったのかと落ち込んでいたが、とても幸運なことだったのだと思い直す。こんなに優しい家庭にもう一度生まれ変わったことをもっと感謝しなければ。過保護だって、愛情故なのだから。
それからすぐに軽い食事と湯浴みを済ませ、遅くまで手伝ってくれたソフィーにお礼を伝えてからもう一度眠りについた。