この子お持ち帰りしたい (2)
「ティア、迷惑かけてごめんね。この子はほんとに甘えん坊で。」
乗合馬車にしか乗ったことがないらしいクルトが窓の外を眺めてはしゃいでいるのをニヤニヤしながら見つめていると、ニーナが眉を下げて謝罪してきた。その表情に我に返った私は慌ててだらしない顔を引き締めてニーナに向き直る。
最近彼女の前では気が緩みすぎて取り繕えなくなってきているのだ。その内前世のことまでポロッと話してしまいそうなので気を付けなければ。せっかく出来た友人にドン引きされたくはない。
「甘えられて私は嬉しいのよ。だから謝らないで。それにきょうだいと一緒にいたい気持ちは分かるもの。昔の私の方が余程酷かったと思うわ。」
転生するまでの私はウィルお兄様に負けないくらいのブラコンだったのだ。といってもこちらからわざわざ甘えなくても、シスコンで寂しがり屋のお兄様は出来る限り側にいてくれたが。
何となく照れくささを感じて頬をかきながら苦笑ぎみにそう告げると、ニーナは縮めていた肩の力を抜いてほっとしたように笑みを溢した。
「あはは、その頃のティアに会ってみたいわ!きっと貴女のお兄様も可愛くて仕方なかったのでしょう。」
大分貴族口調に慣れてきたニーナだけど、さすがに笑い方までは簡単に変えられないらしい。
本当は指摘しないといけないのだけど、これはこれで彼女の魅力だと思っているのであまり言えずにいる。口を開けて楽しそうに笑う彼女は可愛いのだ。攻略対象者の彼らだって、このままの彼女の方が良いと言うのではないだろうか。恋愛経験など皆無な私が男心を語っても説得力ないが。それに遊んでいる時くらい気楽に過ごして欲しいという思いもある。
「ティア姉上は兄上のことが好きなの?僕も姉上とティア姉上のこと大好きだよ!!」
外の景色に夢中だったクルトが窓から離れ、座席の上で跳び跳ねながら私のすぐ隣まで移動して腕に抱きつくとニコニコと笑った。そう、何故か馬車に乗った時からクルトはニーナの隣ではなく私側の座席に座っているのだ。ギュンッと心臓を撃ち抜かれた音がして、抱きつかれていない方の手で胸を押さえる。
チラッとニーナを上目で覗くと、彼女にも効果は絶大だったらしく息苦しそうに胸に手を当てて深呼吸していた。ニーナの隣に座っているソフィーは微笑ましそうな顔をしているだけだが。
同志がいたことで少し冷静さを取り戻した私は、呼び方がミーティア姉上からティア姉上に変わっていることに気づいてクルトにひとつ提案をすることにした。
「ティア姉上って言い辛いでしょう?ティア姉様……ううん、ティア姉でいいわよ。」
ミーティアからティアになったのはおそらくニーナに釣られたからだろう。だが略したところで”あ”の音が連続するのは変わらないのだ。幼いクルトが発音すると少し辿々しく聞こえる。だったら呼びやすいように変化させた方が良い。そう考えただけで、自分がそう呼んでもらいたいからではない。断じて。
「ティアねぇ……ティア姉……。うん!たしかに呼びやすい!」
あ、これはダメだったかも。愛嬌が増してより一層クルトがキラキラして見える。愛しさがピークに達して半ば放心した様子の私の肩を、まるで「分かります分かりますよ」とでも言うようにソフィーがポンポンと叩いてくれた。
そうこうしているうちに指定場所に到着したらしく、馬車の扉を軽く叩いて合図される。それにハッとなった私は気を取り直して自らに魔法をかける準備をしたところで、あることを思い付きニーナとクルトを一度見た。
――せっかくなら二人とお揃いが良いよね。
そう考えた私は予定を変更し、改めて魔法を発動した。お忍びに不向きなこの星眼と瞳の色を変えるための変装魔法を。
一瞬目を閉じる間にポンッと小さな音を立てて変化した私の髪と瞳を見て、ニーナもクルトもまったく同じ表情で瞠目した。やはり本物の姉弟に敵うはずもないが、少しは私も仲間になれたのではないだろうか。3人並んで写真を撮りたい。
「わあー、ティア姉が僕らとおんなじになったよ!どうやったの!?」
「今の、魔法よね!?そんな魔法もあるのね!でもどうして!?」
対面からも横からも前のめりの状態でキラキラした目を向けられて少したじろぐ。威力が2倍だから眩しい。
「無属性の一種で、変装魔法よ。練習すれば誰でもできるわ。ただ、長時間維持するにはそれなりに魔力がいるのだけど。星眼もコーンフラワーブルーの瞳も皇室や公爵家の特徴だから、お忍びには向かないの。だからいっそ髪の色も変えて二人とお揃いにしようと思って。」
「あ、なるほど……!確かに以前ティアから聞いたわね。」
本当はニーナのグラデーションの特殊眼も隠した方が良いと思うのだが、買い物で度々街に出ていたようだから今更だろう。意識して見なければ星眼よりは目立たないし。今日は仕方ないが、念の為今度この変装魔法を伝授しておこう。
その後馬車を降りた私達はソフィーも含めて4人で姉弟姉妹ごっこをしながら街を歩いていく。幼いクルトがいることもあって、比較的のんびりした足取りだ。例の如く護衛は少し離れた場所から見守ってもらっている。
今回はお忍びの定番である大通りのお店ではなく、ニーナが普段利用するという食品店やお菓子店、ジュース屋さん等の屋台を中心に案内してもらった。ソフィーもこの辺りは詳しくないらしく、ユングフラウ姉弟に振り回されているのが面白い。
私はといえばニーナ監督の下、今世初のお買い物を経験した。実は以前の街歩きでの支払いは全てお父様からお財布を預かったソフィー任せで、自分でお金を握ったことがなかったのだ。
それでも前世の記憶がある身としては”買い物が一人で出来ない”という事実が何となく恥ずかしく、最初は心配そうなソフィーの視線を敢えて気づかないふりで何でもないようにカウンターの前に立った。しかし実際にお金を出そうとしてみるとあたふたしてしまい、怪訝そうな顔をした店員さんを前に顔が赤くなっていくのを感じて慌てている私に気づいたニーナがフォローしてくれたのである。
やはり私はゲームシナリオ以外でもニーナにフォローしてもらう運命なのか……と軽く落ち込みつつも、明るく励ましてくれるユングフラウ姉弟に全力で癒された結果、まあいいやと早々に立ち直った。
そうして買ったジュースを飲み歩いていると(平気な顔で立ち飲みする私にソフィーが驚いていた)、クルトが突然立ち止まり足が疲れたから休みたいと訴えた。ソフィーが「私が抱き上げましょうか」と尋ねたが座りたいのだと主張するので、近くにあった公園で休むことにした。平日の昼間ということもあってか、あまり人がいない。大分離れたところに家族連れがいるくらいだ。
その公園はユングフラウ姉弟にとってお馴染みの場所らしく、二人は慣れた様子でベンチに座る。私も持っていたハンカチを敷いて、クルトを挟んでニーナの反対側に腰掛けた。座ろうとしないソフィーにも休んでと勧めようとしたところで、クルトがニーナにおねだりを始めた。
「姉上、僕、パンダが食べたいな。」
パンダを食べる……?パンダ型のお菓子とかってことかな。手を合わせてお願いするクルトを見ながら動物の形をしたパンやクッキーを思い浮かべた私とは違い、ニーナはすぐに何のことか分かったらしい。少し困った表情でチラッと私を見た。
「買ってきてあげるけど……クルトはここから動けないでしょう?」
その台詞から”パンダ”がこの周辺にあるお店の食べ物なのだと理解する。おそらくだが、弟の相手を私達に押し付けるのはと躊躇しているらしい。どうすべきか悩んでいる彼女を見ながら私はいくつかパターンを考える。
まずお店は彼女でないと分からないのでニーナは確定。クルトは動けない。私が一緒に移動すると護衛も全員動くことになるから却下。私はここで大人しくしているから護衛を分けてニーナにと言いたいが、残念ながら彼らは雇い主一家である私を優先するのだ。それに護衛対象3人の内2人が公園にいるのだから、2人しかいない護衛を分けることはできない。となると――。
「ソフィー。私はクルトとここで待ってるから、ニーナと一緒に行ってあげて。」
「畏まりました。お嬢様は絶対公園から出ないでくださいね。」
「分かってるわ。」
そんなやり取りをする私達を見て、ニーナが焦ったような顔で両手を胸の辺りでぶんぶんと横に振った。
「そんな、悪いわ。」
「護衛もいるから安全だし、クルトのことはちゃんと私が見ているから大丈夫よ。それにその”パンダ”を私も食べてみたいの。だからソフィーを連れていってね。もちろん貴方達の分もちゃんと買うのよ。」
どんなものかが分からないので何とも言えないが、1人で4人分持つのは大変なはずだ。それに支払いの件だってある。そう言うと納得しつつもまだ申し訳なさそうな顔をしたニーナをソフィーが促して、護衛に声をかけてから二人でお店に向かっていった。




