この子お持ち帰りしたい (1)
ニーナと出会って早数ヵ月。季節は秋に差し掛かる頃。
まだ厳しい残暑が続く中、私は滲む汗を軽くハンカチで押さえながら馬車に揺られていた。今日はニーナと街へ遊びに行く約束をしているのだ。公爵邸よりユングフラウ子爵邸の方が街に近いので、こちらから彼女を迎えに行くことになっている。
私は彼女と過ごす時間が何より楽しくて、この数ヵ月の間お茶会の招待に応じたのは結局3件だけだった。それも男性を紹介されずに済むものばかりにしておいた。ウィルお兄様の寂しそうな顔が頭に浮かんだからだ。
ビジネスパートナーになったことで、ニーナも大分打ち解けてきてくれたのが嬉しい。ユングフラウ子爵家はフライハルト商会との取引の詳細が決まったこともあり、今後はガラス加工に力を入れていきたいとのことだった。
ネイル用品の製造も目処が立ち、今年の冬に第一弾が発売する。色を楽しむための物ではなく、爪のケアに特化した透明なオイルだ。それだけでも十分見た目に効果があるので、夜会が少ない冬の間はまず爪の手入れに慣れてもらおうという作戦だ。
そうしてそれが浸透してきた春頃に、第二弾として色付きの物が販売される。ニーナと私はデビュタントで広告塔としての役割を担うことになった。
ちなみに今年のデビュタントはどうだったかウィルお兄様に聞いてみると「特に問題は起きなかったよ」と詳細を語ってくれたが、私にとっては重要な情報がいくつかあった。
まず驚いたことに、デビュタントであるローザフィア様のエスコートは父親のフォルモント公爵様だったそうだ。「ルークお兄様の時は彼女がパートナーだったはずなのに何故?」と問うと、候補とはいえまだ婚約者でもない令嬢のエスコートを皇太子が務めるのは問題ではないかという声が多く上がったためらしい。
本来であれば彼女のデビュタントと同時に婚約は交わせるはずだが、それを皇室側が色々な理由から引き延ばしていることも一因だそうだ。
ゲームでも確かに二人は結局最後まで婚約しない。おそらくだが、制作者側は皇太子に不誠実な行動を取らせたくなかったのだ。婚約者がいる状態でヒロインと仲を深めるのはまずいとの判断で、悪役令嬢を候補のまま断罪させたのだろう。
しかしそうはいっても二人はデビュタントから断罪まで全ての夜会において、少なくとも入場だけはパートナーだったはずなのだが。もしかしてゲームストーリーから少し変わってきている……?
ヒヤッとしたが、同じ部分もあった。
今年の秋からシュテルン学園に留学予定の隣国王太子が特別ゲストとして夜会に出席。それと魔法士長の子息がデビュタントを迎えたのである。
これでついにすべての攻略対象者がメインヒーローである皇太子殿下の周りに集まったことになる。その光景を見られなかったのは残念だが、もう少しの辛抱だ。
ウィルお兄様からの情報を聞き終えると、私はニーナとの日々を詳しく語った。大好きな友人の話が出来て嬉しかったのもあるが、ヒロインであるニーナに良い印象を持ってほしかったからである。ゲームのミーティアも初めて出来た友人とのことをウィルフリードに伝えないはずがない。
近づくオープニングを前に少しずつゲームの内容について考えるようになったが、残念ながら結局思い出せないままのことも多い。私にできることは覚えているイベントの邪魔をしないこと、ニーナの選んだルートを見極めること。そして彼女の努力のサポートをすることだ。ルートの決定は1学年の後半のはずだから、暫くは攻略対象者とニーナの動向を見守らなければならない。
「お嬢様、ユングフラウ子爵邸に到着致しました。」
外から護衛の声がした後、ゆっくりと扉が開いた。ソフィーに続いて馬車を降りると、何故か玄関前にはニーナだけでなくユングフラウ子爵の姿もあった。わざわざ挨拶に出てきてくれたのか。いや、そもそもこんな昼間に屋敷にいて仕事は大丈夫なのだろうか。
「我が子爵家へようこそいらっしゃいました、シュテルンブルーメ公爵令嬢様。娘がお世話になっているにも拘らず御挨拶が遅れて申し訳ありません。私はユングフラウ子爵家当主ライナー・フォン・ユングフラウと申します。本日はご足労頂き誠に感謝致します」
そう言って深々と頭を下げる子爵様に唖然とした。そんな子爵に釣られたようにニーナも礼をとる。
私にとっては街までの通り道にある友人の家にお迎えに来たという感覚でしかなかったが、彼にとっては一大イベントだったようだ。娘が通っている公爵家のまだ挨拶も交わしていない令嬢が自分の屋敷に来るのだから、当主としては出てこないわけにはいかなかったのだろう。考えなしに行動してしまって少し後悔する。
「お気になさらないでくださいな、ユングフラウ子爵様。お初にお目にかかります。ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメですわ。どうぞミーティアとお呼びください。こちらこそ、お約束していたとはいえ突然伺って申し訳ありません。先触れを出せばよかったですわね。お暑い中お待たせしてしまいましたわ。」
おそらく私を待たせまいと玄関先で待機していてくれたのだろう。熱にやられて顔も赤いし汗も滲んでいる。……冷や汗じゃないよね?私は怖くないよ。今日はお忍びだから格好もドレスじゃないし、ミーティアの見た目では威圧感はないと思う。機会がなかっただけなのだから、挨拶がないくらいで機嫌を損ねるはずもない。
「いえ、とんでもありません。お時間はちゃんと伺っておりましたから!ミーティア様や公爵様には本当に感謝しております。娘も毎日楽しそうにしておりますし、行儀作法も板についてきたようです。それにフライハルト商会の件はミーティア様のご提案だったとか。もう本当にお世話になってばかりで、何とお礼を申し上げていいやら……。」
そこまで恐縮されると何だかこちらが申し訳なくなってくるのですが。でもニーナが楽しそうにしていてくれるのは嬉しいので、良いことが聞けたと思っておこう。
「お父様!こんなところで長話してはティアにご迷惑でしょ!」
「はっ!そうだった。申し訳ない……。」
「ふふ。どうか本当にお気になさらず。私はニーナと友人になれてよかったと思っておりますの。商会の件も、元々は私が探していた物を偶然にもご令嬢がプレゼントしてくれた結果ですわ。是非彼女を褒めてあげてください。それと、できればミーツシリーズに私が関わっていることはまだご内密に願います。」
「ええもちろん、商会からもそのお話は伺っておりますので――」
バアンッ!!
子爵様がおそらく了承の言葉を続けようとしてくれたタイミングで、彼らが背にしていた玄関扉が勢いよく開いた。二人とも扉から離れたところに立っていてよかったと少しずれたことを思っていると。
「姉上のお友達、着いた!?」
開いた扉から小さな男の子が飛び出してきた。その子はニーナと子爵様にタックルするように飛び付くと、二人の隙間から顔を出して私を見た。なにこの子可愛い。
「こら、失礼だろう!まったく出てくるなと言っておいたのに。申し訳ありません、この子は跡取りのクルトです。まだ6歳で、躾が行き届いておらず……。」
子爵様は私に謝罪しながら、半分自分の後ろに隠れていたその子を前に押し出して肩に手を置いた。キラキラとした瞳でこちらを見続けるクルト様はまるでミニニーナだ。特殊眼ではないものの、ハニーベージュのストレートもオレンジの瞳も彼女と瓜二つ。
私はクルト様の目線に合うように少し体を曲げ、精一杯優しく見えるように微笑みかけた。
「初めまして、クルト様。私はミーティアよ。お姉様のお友達なの。よろしくね。」
私は前世今世ともに末っ子で、高校卒業まで友人もろくにいなかったため小さい子と接したことなど殆どない。だから初見で嫌われたりしないか心配だったのだが、それは杞憂に終わった。
「ミーティア姉上ね!僕のことはクルトって呼んでほしいな!」
満面の笑みを私に向けると、今度はニーナの方に駆け足で近づいていった。
あ、あねうえ……。姉上なんて初めて呼ばれた。嬉しすぎてニヤニヤしそうになる顔を必死に抑える。脳内では顔が緩むどころか体から崩れ落ちて身悶えしているが。弟か妹が欲しいってお父様お母様に頼んじゃダメかな。もうすぐ15歳になるのにそれはさすがにダメよね……。いっそこの子お持ち帰りしたい。
「姉上、とっても綺麗なお友達だね!今から街へ遊びに行くんでしょ?僕も行きたい!!」
「ダメに決まってるでしょ!無茶なこと言わないで、クルトはちゃんとお留守番しててね。お土産買ってくるから。」
「えー!いつも街にお買い物に行くときは一緒に連れていってくれるのに。」
頬を膨らませたクルトはまたこちらに戻ってくると、今度は私に抱きついてそのまま見上げてきた。
「ミーティア姉上、僕も遊びたいな!ミーティア姉上ともっと一緒にいたいの。だめ……?」
うるうるした上目遣いで小首を傾げて見つめられた私の脳内は、当然尋常じゃない程荒れ狂っている。なにこのあざと可愛い仕草は!!こんなの勝てるはずがないではないか。
一瞬で陥落した私は、息子の行動に頭を抱えて項垂れている子爵様に大丈夫だからと告げ、クルトを連れ出す許可を貰った。幼い跡取りを連れ回すなんて申し訳ないが、この子は私が何としてでも守ろう。
護衛にも護衛対象が増えてしまったことを謝罪しつつ、私はニーナとクルトとともに馬車に乗り込み街に向かうことにしたのだった。
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