不思議なお姫様 (2) ※ニーナ視点
ある日の午後、普段通りの時間に公爵家に到着すると、前庭に初めて目にする馬車が停まっていた。
貴族のものにしては飾り気がなく質素に見えるけど、どんなお客様なのだろう。何かの紋章が飾られているがよく分からない。
私がここで見たことがあるのは家庭教師の先生の馬車のみで、他は初めてだ。とはいっても公爵家にお客様なんて珍しくないだろうから、いつもは私の訪問時間と重ならないよう配慮してくれているのかもしれない。
玄関ホール入ると案内担当の侍女さんが待っていてくれたので、習った貴族の礼で挨拶をする。先方もすっかり慣れたもので、名乗る必要もなく顔パスである。擽ぐったい気持ちになりつつ案内についていくと、向かっているのはティア様の自室ではないようだ。侍女さんはホールに近いエリアの一画にある部屋の前で立ち止まると、その扉を叩いた。
「ミーティアお嬢様、ニーナ様をお連れ致しました。」
「入っていただいて。」
どうぞ、と言われて入った先は、どうやらシンプルな応接室のようだった。その部屋の真ん中にある応接セットにティア様と、同い年くらいの男性が座っている。
男性はチョコレート髪にオレンジの瞳で、貴族ではなく商人のような格好をしていた。これはどういうことだろう。とりあえず挨拶をした方がいいのかな。いや、確かこういう場合はティア様の紹介を待ってからと習ったはずで……。
「ニーナ、いきなりで驚いたでしょう。ごめんなさい、こちらの方は訪問伺いが急だったものだから。でもちょうどいいかとも思って。」
そう言ってその男性を軽く睨むティア様は彼に対して素のままの態度で、リラックスしているように思えた。公爵令嬢に睨まれたはずのその男性は萎縮することもなく飄々としている。一体どんな関係なのだろう。
そうして紹介してくれた男性は、公爵家が贔屓にしているフライハルト商会会長のご子息で、次期商会長なのだそうだ。ティア様に何か売り込みにでもきたのかな。
「ご紹介に与りました、カイ・フライハルトです。お会いできて光栄です、お嬢様」
「い、いえこちらこそ!私はニーナ・フォン・ユングフラウです。宜しくお願いします!」
お嬢様なんてガラじゃないのに。いや、慣れないといけないのよね。カーテシーやお茶の作法は何とか覚えたけど、貴族口調はどうしても慣れなくて慌てると出てこない。家庭教師の先生には怒られるけどティア様は厳しく叱ったりは絶対しないし、いつもやんわりと注意してくれる。でも今日は特にそういうこともなく、二人に座るよう促しただけだった。そうか、そうよね。お客様の前であれこれ言えないし。
3人がそれぞれ腰を落ち着けたタイミングでさっとソフィーが紅茶を出してくれる。あの能力欲しいなー。いっそ私もティア様の侍女になりたいかも。そんな風に思いながらソフィーを見つめていると、何故かカイ様から観察するような、面白がるような視線が向けられる。
どこか格好がおかしいのだろうか。それとも公爵家のお客にしては見窄らしいと思われてるとか?
「ニーナはフライハルト商会について、何か聞いたことはある?」
「え!いえ、初めて聞きました。その、ごめんなさい……。」
思考をぐるぐるさせながら自分の格好を見回していた私に、ティア様から質問が投げ掛けられて焦る。公爵家が贔屓にするような商会だ。貴族の間ではきっと有名な商会なのだろう。その次期商会長の前で知らないなんて言うのは気が引けたが嘘はつけない。
「謝罪などされないでください。我が商会の歴史はそれなりに古くはありますが、名が売れ出したのはここ1,2年なのです。そちらのミーティア様のおかげで。」
そう言って口の端を吊り上げたカイ様は、真面目そうに見えるのに何だか茶目っ気のある態度だ。悪戯っぽく告げたその言葉は嫌味にも聞こえるけど、悪い意味ではなさそう。
「もう、それより前からオルゴール等で売れていたでしょう?今だって殆ど貴方の力だわ。」
「いえいえ、ミーティア様には本当に感謝しておりますよ。どうか今後とも宜しくお願い致します。」
「分かってるからその目は止めてちょうだい。ちょっとイラッとするわ。」
「おや、それは申し訳ありません。」
全然申し訳なくなさそうな表情で肩を竦めているカイ様。えーっと、本当にどういう関係なのだろう。いいのかな、商会の方が公爵令嬢にこんな態度で。
それからティア様は事情を簡単に説明してくれた。初めは公爵様がフライハルト商会のことを気に入ったために公爵家で贔屓にし始めたこと。アロマストーンというものをきっかけに、ティア様が提案したものを名は出さずにシリーズ化して売り始めたこと。それが貴族女性の間でとても人気になっていること。
貴族令嬢として過剰なほど大事に囲われているはずの彼女なのに随分行動的だなと思っていたが、そんなことまでしているとは思わなかった。素直に驚いていると、ティア様は更に説明を続けた。どうやらここからが本題らしい。
「それでね、次回作にネイル用品……えっと、爪に色を塗って楽しむもので、お化粧品の一種だと思ってくれればいいわ。それを以前から研究していたのだけど、これがなかなか完成しなくて。でも私のデビュタントまでには間に合わせたくて、ずっとあるものを探していたの。そしてやっと見つかったわ。ニーナのおかげでね。」
「あるもの、ですか?」
お化粧品……。爪にまで気を遣うなんて、貴族の女性ってすごいなぁ。私なんてそんなのしていく場所がないや。でも私が持っている物で役に立ちそうな物ってあったかな。
「ええ、ニーナが自分の領地で流行っている物だって、ガラスビーズ入りの小瓶をくれたでしょう?あのガラス瓶よ。調べてみたのだけど、ユングフラウ子爵領ってガラス加工の技術が発展しているそうね。」
確かにうちの領地ではガラス作品の種類がそれなりに豊富だ。とは言っても元々は自然が豊かな観光地として有名で、それに付随するように街に飾られていたガラス工芸品がお土産として人気になっただけだった。
お祖父様の代に大きな災害が起きてからは観光地としては廃れてしまい、立て直そうにもろくな資金もなく、援助してくれていた親戚にも見放されて今に至るらしいのだけれど。
「インク壺よりも小さくて美しい小瓶で、全て同じサイズ、同じ形に加工できる技術力。更にそのガラスを変形させて模様を浮かび上がらせることもできる。密閉力も高い。そして貴族が気軽にお土産に出来るくらいのコスト。埋もれていたのが不思議なくらいよ。」
「私共があれを作ろうとしても、どうしても手間と時間がかかります。ですがネイル用品はミーツシリーズ至上とも言えるかもしれない案件で、需要は高いと商会では睨んでいるのです。そのため安定して量産化ができる技術をずっと探していました。そこでニーナ様のお父様、ユングフラウ子爵様にお話を持ちかけたところ、とても色好い返事を頂きまして。今後取引させていただくことになったのですよ。」
人好きのする笑顔を浮かべながらそう締め括ったカイ様の言葉を必死に反芻する。それはつまり、貴族が注目している商会の目玉商品にうちの領地のガラスが使われるということで。もしかして、お父様がずっと探していた、観光地として以外の領地立て直しの突破口になるかもしれない……?
思いも寄らない展開にパニックになりかけ何も言えない私に、ティア様は申し訳なさそうな顔をした。
「急にこんな話をしてごめんなさい。ニーナがビーズをくれた時から考えていたのだけど、実現できるか分からなくて黙っていたの。」
謝る必要なんてどこにもないのに。行儀作法を学ばせてもらえるだけでも分不相応な待遇だったのに。ティア様と出会ってからは運を使い切っちゃうんじゃないかってくらい、夢みたいな景色と楽しいことばかりで。
貴族について学べば学ぶほど、自分が貴族としては非難される存在であることに気がついていた。
没落寸前の子爵家。親戚中の反対を押し切って平民を娶った当主。家庭教師や使用人すら雇えず教養もない子供。そんな子が作法も知らないまま学園に行けば、きっと除け者にされる程度では済まなかっただろう。お父様もそれを心配していたのだ。
ティア様と一緒に過ごすのが楽しくて気にしないようにしていたけど、本当はティア様とのあまりの違いに落ち込んだこともあるし、こんな私ではやっぱり場違いすぎてここに通うべきではないんじゃないかと悩んだこともある。公爵家がうちのことについて知らないはずがないから。
でも彼女は一度もそれについて言及することはなかった。家の事情を慮ってくれながらも蔑むことも憐れむこともなく、身分なんて関係ないのだと、貴女のことを知って仲良くなりたいのだと言ってくれた。待遇の良さに腰が引けていた私に、特殊眼があるのだから貴女は十分特別なのだと、私の価値と将来性を教えてくれた。”貴族生活”の手解きをしてくれる一方で、学習時間以外では私の平民感覚に合わせた会話や行動を自然にしてくれた。
「どうしてここまでしてくれるの……?」
無意識のうちに口から出てしまったそれは、彼女の行動すべてに対する質問だったように思う。だけど彼女は今回のことについて聞いているのだと受け取ったようで、何でもないように笑ってこう答えた。
「私は自分が欲しい物を商会に作ってほしくて、そのために必要な物を見つけたからカイに教えただけ。ビーズの小瓶を贈ってくれたのはニーナなんだから、今回のチャンスを掴んだのは貴女自身よ。」
そこまで言って言葉を止めた彼女は、何かを思い出したような顔でカイ様を一度チラッと見た。そして斜め向かいに座っている私の手を取って、握手をするように両手で握りしめる。
「だから貴女にはこれからこの案件に関わって欲しいの。貴女の領地の物だもの。ガラス瓶のデザインについては一番詳しいでしょう?これはフライハルト商会とユングフラウ子爵家、そして貴女との対等な契約よ。もちろん対価は支払われるわ。ミーツシリーズは私も関わっているから仲介者としてここにいる。だから今後は友人としてだけでなく、ビジネスパートナーとしても支え合ってくれないかしら。」
唇をきゅっと引き締め、懇願の色を含んだ目で私を真剣に見つめるティア様の手は傷一つなく綺麗で、私よりも小さくて。でもとても頼もしくて温かい。ああ、大好きだなって思った。
だから私もお礼を言う代わりにその手をぎゅっと握り返して、自然と近づいていた彼女に満面の笑みを向ける。
「もちろんよ!これからも宜しくお願いするわ、ティア!!」
驚いたように目を見開いた彼女は次の瞬間、とても嬉しそうに笑ってくれた。大輪の花が咲いたような、本当に綺麗な笑顔だった。
領地のため、家族のためにもビジネスパートナーとしてふさわしくなれるように頑張っていこう。そしていつか、友人としても対等だと私自身が思えるように、ティアを支えられるようになりたいな。
そう思いながら笑顔で見つめ合っていると、横から少し呆れと冷やかしを含んだ声で水を差された。
「ミーティア様は随分私の言を気に入って下さったようですね。話がまとまったようで何よりですが、女性二人で見つめ合うのはそれくらいにして、私も仲間に入れて頂けませんか。」
その言葉にパッと私達の手が離れ、二人同時にカイ様へ視線を向ける。良い雰囲気を壊されたことに少し文句を言いたくなったけどカイ様を除け者にしていたのは事実だし、ずっと見られていたかと思うと恥ずかしいので素直にごめんなさいと謝る。
そんな私とは違いティアは何故か顔を真っ赤にして頬を膨らませ、カイ様に噛みつくように言った。
「仲間外れにしちゃったのは申し訳なかったけど、何もその件について揶揄うことないじゃない。」
「いいえ、揶揄うなんてとんでもありません。お嬢様の御心にしっかり残って下さっているようで嬉しかっただけです。」
カイ様は明らかにティアで遊んでいるように感じたけど、にこにこと笑いながら彼女を見る目はとても優しかった。とりあえず仲良しには違いないようだ。
何の話かは分からなかったけど、ティアはカイ様の言葉が相当恥ずかしかったらしく顔を覆って俯いてしまったので、私は彼女の背中を擦りながら落ち着くのを待った。




