友人になるって難しい
挨拶が終わった後はソフィーに紅茶を入れてもらい、一度下がるようお願いした。同い年である私と二人きりの方が話しやすいのではないかと思ったからだ。扉が閉まるのを確認し、改めてニーナ様と向かい合う。
「ニーナ様、私も碎けて話してもかまわないかしら。」
「そんな、こちらからお願いしたいくらいです!ぜひニーナって呼んでください。」
「ありがとう、ニーナ。貴女も楽に話してほしいわ。私のことはティアって呼んでちょうだい。」
私は両手を胸の前で合わせてそう告げた。初対面で無茶なことを言っている自覚はあるが、実際ゲームではそう呼んでいたのだ。いつからかは分からないが、それならもう最初からでいいだろう。そう思っての発言だったが、ニーナは目を丸くして手を前に突き出しアワアワと止めるような仕草をした。
「愛称でなんて呼べません!ただでさえ、こんなお姫様みたいな方と友人なんてって思ってるのに。本当は今日も一度お会いしたら終わりになるんじゃないかって私もお父様も覚悟してて。だからせめてここで雇って頂けたらって思って来たんです!!」
お姫様は止めてほしい。身内ならまだ我慢できるが、それ以外の人に言われるとより痛々しく聞こえて堪らない。私はただの公爵令嬢で、皇女様ではないのだ。そして中身に至っては19歳の一般庶民が混ざっている。
でもそうか、ユングフラウ子爵も半信半疑だったのか。考えてみれば当然かもしれない。私は改めてゲームの設定を思い出す。
金銭的に余裕のない下位貴族は、跡取り以外の子供を幼少から行儀見習いとして皇城や縁のある家へ奉公に行かせるのが一般的だ。ニーナには跡取りである弟がいる。だが子爵は娘を頼めるような親戚がいなかったし、使用人がいない子爵邸の家事をする女手も必要だった。行儀作法は学園入学前に最低限自分が教えて、後は平民と一緒に学園で学べばいいと思っていた。
しかし降って湧いたような全寮制への移行。そこで初めて子爵は焦った。学園にただ通うのと寮で貴族と共に暮らすのでは訳が違う。娘は貴族らしい生活など知らないのだ。だが家庭教師を雇う余裕はないし、夫人は平民出身だ。女手が減るのを覚悟で娘を奉公に出そうにもツテがない。探しているうちに時間だけが過ぎていき、一年近くが経ってしまった。そこで偶然会ったのが旧友のシュテルンブルーメ公爵で――。
と、こんな感じの事情だったはずだ。思い余って事情を話してみたはいいが、まさか受け入れられるなんて思っていなかったに違いない。しかも公爵令嬢の友人待遇で。公爵はああ言ってくれたがきっと友人なんて無理だろう、せめて奉公先にできたなら……という考えになってもおかしくはない。
ニーナはしっかり者のヒロインだ。受け入れられた理由も分からないまま友人として世話になるくらいなら、雇われる方がいいと思っているのだろう。ゲームのミーティアはそんなヒロインを無自覚に落としたということか。お兄様が家を出て寂しく過ごしていた時に父親が連れてきた友人候補の明るい女の子。きっと含みのない笑顔で、仲良くなりましょう!と近づいてヒロインを断れなくさせる。そして妹キャラの力を遺憾なく発揮し、これは放っておけないと思わせたに違いない。
ゲームストーリーを知ってしまっている今の私には無理だ。そんな純粋さは持っていない。それに仲良くなりたい気持ちは一緒でも、妹キャラは脱却したいのだ。
イベントですらないミーティアとのやり取りが多少変わったところでストーリーに影響はないだろう。入学後は結局ヒロインにフォローされることになるのだから。
ある程度考えを巡らせたところで、私は率直に自分の意見を伝えることにした。
「奉公だと住み込みになっちゃうわ。お家の事情もあるのでしょう?通いで一緒に家庭教師の先生に習った方がいいと思うの。」
首を傾げつつ穏やかに問う。そもそもヒロインの状況って奉公は初めから無理だったんじゃないかな。弟さんは確かまだ幼くて可愛いし、皇都にある子爵邸は裕福だった昔の名残で広さはそれなりだったはず。入寮後の週末に、実家の手伝いのため帰宅する描写もあった。
「で、でも公爵様がどうしてそこまでしてくださるのか分からなくて。父と昔馴染みなのは聞きましたけど、うちなんて貧乏子爵家ですし!ミーティア様と友人だなんて釣り合いません!!」
「ニーナは魔力が高いのでしょう?将来性を見込んでいるのだと思うわ。子爵家で特殊眼持ちってだけで、十分貴女は特別なのよ。」
「あ。」
ニーナはそこに思い当たっていなかったらしく、目をぱちぱちさせる。その仕草も可愛い。
「それにタイミングもあるのだと思うわ。お兄様が今学園にいらっしゃるから、私が一人なのを心配してくれているのよ。」
元々の設定ではお兄様の入寮で私が寂しい思いをしているからだったはずなのだ。書斎では何故かお父様からそれについての発言はなかったが、その理由が全くないわけではないだろう。
「え?でもミーティア様なら他に友人くらい、いくらでも……??」
「ふふ。それがね、私には友人と呼べるご令嬢がまだいないのよ。立場的に少し難しくって。」
少し言いにくそうにしながら疑問符を浮かべる彼女に、敢えて笑って答える。
先日の園遊会で知り合ったディアナ様達は友人と呼べるのかもしれないが、悲しいことに完全に信用できたわけではない。ニーナを無条件に信じられるのはゲームの知識があるからで、そうでなければ私は彼女さえ疑っただろう。私に近づくのは思惑があるからではないかと。公爵令嬢という立場はそれほどに重いことくらいは分かっているつもりだ。
「だから、お父様が私の友人候補として連れてきたのはそれだけ貴女を認めてるってことだと思うわ!魔力の大きさだけでなく、子爵様や貴女の人柄もね。信用できないご令嬢なら私にわざわざ近づけたりしないもの。こんなこと初めてなのよ。……これで貴女の疑問の答えになったかしら?」
「うぅ、正直どこを見て認めて貰えたかはまだ疑問ですけど……!でも、ミーティア様はご迷惑ではないんですか?こんな形で友人なんて。」
まっすぐに私を見つめるニーナの目は真剣な色をしていた。本当にしっかりした女の子だ。普通なら公爵家に反論なんてせず、流されるままだろう。でも彼女はちゃんと自分で確かめようとしているのだ。その強さが羨ましい。
私は立ち上がって彼女の前に移動すると、その手をぎゅっと握った。
「それはきっかけでしかないもの。私はお父様の目を信頼しているし、貴女のことも自分で話してみて信用できると思ってる。もっと貴女のことを知って、仲良くなりたいわ。そこに身分の違いなんて関係ないの。それじゃダメかしら。」
視線を逸らさず懇願するように言う。私は友人の作り方が下手だ。自然と仲良くなっていました、なんて経験がなくてできない。私は私なりにぶつかっていくしかない。憧れのヒロインだけど、サポキャラとしての役目だけでなく対等な友人になっていけたらと思っているのだ。ゲームのミーティアとはまた違った形で。
それともやはりゲームのミーティアでなければダメだろうか。不安になりながら見つめていると、ニーナは大きく首を横に降った。
「ダメなんてそんなこと!とても嬉しいです。こちらがお世話になってばかりで心苦しくはありますけど!!」
「あら、そんなことないわ。私は周りの人に甘えてばかりなの。だからニーナも覚悟しておいてくれると嬉しいわ。」
自慢して言うことじゃないけど、事実だ。本当ならそんな覚悟してほしくはないが、それで彼女の後ろめたさが少しでも晴れるなら私の妹キャラも必要なことなのだろう。硬かった空気を解すように悪戯っぽく笑うと、ニーナは目を丸くした後、力が抜けたように破顔した。
「よければ、ティア様って呼ばせてください。いきなりは難しいけど、砕けて話せるように頑張ります!」
ずっと戸惑いがちだった瞳が、最初に目が合ったときと同じキラキラしたものに戻ってくれたのでほっとする。私も気を張っていたのが緩み、お互いふふっと笑い合った。
それからしばらくお互いの事や今後の予定なんかを話して、ニーナは帰宅していった。彼女の家は馬車がないらしく、行きは公爵家が迎えに行ったそうだ。もちろん帰りも恐縮する彼女を馬車に押し込んで見送った。公爵家のお客様を徒歩で帰すなんてあり得ないことだと言いくるめて。
そういえば着ていたワンピースドレスも古そうな型だった。子爵家は思った以上に困窮しているようだ。ゲームではそれを理由にこっそり苛めを受けるようになる。公爵令嬢と友人とはいえ、学園でずっと一緒にいるわけではないからだ。
確か途中からはミーティアの相手をしてくれているお礼ということで、公爵家からいくらかプレゼントしてたんだっけ。ニーナが気にやまない程度に余ったドレスなどを。それに感謝したニーナはより一層ミーティアのフォローと勉強に力を入れるようになる。
だが、本当にそれでいいのだろうか。彼女の努力は素晴らしいものだと思うが、理由が何とも申し訳ない。
子爵家が困窮しているそもそもの発端はゲームでも言及されていない。平民と結婚したことで親戚に頼れなくなってより困窮した、という説明しかなかった。
星の精霊の加護を受け、攻略対象者と婚約すれば自然と解決する問題ではあるだろう。でもそれまで少なくとも2年はあるのだ。ストーリーに影響するのはまずいが、せめて少しでもましになる何かが見つかればいい。状況が多少でも変われば彼女ももっと早く教養を身に付けられるようになるはずだ。令嬢にできることなど少ないが、私は入学までの間に少し調べてみることにしたのだった。




