注目を浴びるのは必至 (1)
あれから、私は憑き物が落ちたかのように落ち着きを取り戻した。そもそも何年にも亘って定着している"妹キャラ"が、1年も経たず払拭できると思う方が間違いなのだ。ゆっくり一つずつ変えていくしかない。
それに結果が出ていないわけではないのだ。街でのことをソフィーや護衛がお父様に黙っていてくれるのは、お父様からの罰を恐れてなどではなく私への信頼度が上がっているためだとお兄様は言う。
そのお兄様とも話し合ったが、気を付けてねと一度念を押されただけで、特に禁止事項が増やされたりはしなかった。それだけでも十分嬉しい。きっと私は上を見すぎていたのだ。
レオン様からはお兄様経由で、丁寧な謝罪と贈り物のお礼がお花と一緒に届いた。渡してくれた時のお兄様はにこにこと笑っていたが、それらを握る手がみしみしと音を立てていたので、お花を握り潰されないよう素早く回収しておいた。どうやらお守りは無事弟さんに手渡され、初めて見る折り鶴に大燥ぎだったそうなのでほっとした。
それとお菓子作りだが、元々ウィルお兄様に依頼されて続けていた学園行きのギード定期便を、2人分に増やすことになった。どうやらお兄様は、目の笑っていないルークお兄様にお仕事を相当積まれたらしい。そしてそれは次の便のお菓子がルークお兄様の手に渡るまで続いたそうだ。ギード曰く「随分げっそりしたご様子でしたが、これも良い薬でしょう」と。
「これで完成です、お嬢様。いかがでしょうか?」
今私の部屋にはソフィーを含めて侍女が数人。鏡を向けてくれたのは普段お母様付きの侍女だ。
「とても素敵に仕上がっているわ。皆ありがとう。」
春らしいライムグリーンの華美すぎないドレスに身を包み髪をサイドで纏めた姿は、会場で目立たないようさりげなく周りに溶け込ませてくれるだろう。何せ今日は私にとって勝負の日。
そのまま馬車に乗って向かう先はやはり皇城。
私が記憶を取り戻してそろそろ1年になる春先に、皇后陛下主催の園遊会なる招待状が届いたのだ。皇后陛下が選ぶ、デビュタント前の令嬢方を集めた春の宴。大体13~15歳が対象で、デビュタント前の令嬢同士の顔合わせも兼ねている。それなりの人数が参加するが、選ばれるのは主に有力貴族のご令嬢。そのためこの招待状は貴族令嬢にとって、ある種のステータスになるという大事なものだ。
実は昨年もこの招待状は公爵家へと届いていたのだが、全寮制騒動で私が倒れてしまったため参加が見送りになったのだ。
今回の園遊会での私の目標は、あまり目立たずひっそり知人を作るというもの。なぜかというと、デビュタント目前であるローザフィア様も確実に参加しているはずだからだ。いかに絡まれず平和に乗り切れるかが課題になってくる。
だが私にとっては初の社交界。ひとりきりで過ごすのはさすがに嫌なのだ。友人まではいかずとも、情報交換ができる知人くらいは作りたい。
会場は、前回のお茶会とはまた別の広い庭園だった。いくつものテーブルが置かれているが椅子はなし。美しいレースのテーブルクロス上には色鮮やかなスイーツが沢山並べられ、庭園の花と負けず劣らずセットがとても華やかだ。どうやら立食パーティーのようで少しほっとする。決まった席でのお茶会となれば、私はおそらくローザフィア様と同じテーブルになる可能性が高かったからだ。
主賓に近い扱いであるらしい私が到着したのは開始直前で、すでに多くの招待客がそれぞれ挨拶を交わしていた。会場に一歩足を踏み入れた瞬間、多くの視線が飛んでくるのが分かり顔がひきつりそうになるが、なんとか堪えて微笑む。まずは皇后陛下への挨拶を済ませなければならない。
「お久しぶりにございます、皇后陛下。本日は園遊会にご招待頂きまして、誠に感謝致します。」
すでに他の方々とは挨拶を終えていた皇后陛下は、私がカーテシーをすると満面の笑みで出迎えてくれた。さすがにこの場で叔母様呼びはできない。
「いらっしゃい、ミーティア。貴女が参加してくれて嬉しいわ。あら、グリーン系のドレスを着ているのは初めてね。でも貴女は何色でも似合うわ。楽しんでいってね。」
また後でお話ししましょうという皇后陛下から離れ、周囲を見渡す。ローザフィア様は私とは反対側にいて、ゲームでもいた取り巻き方と一緒にお話し中のようだ。こちらを気にしている様子も今はない。一先ず安心していると、こちらの様子をずっと窺っていたらしいご令嬢方がすすすっと近づいてくる。
「ご機嫌麗しゅう。シュテルンブルーメ公爵家の方とお見受けしますわ。私はツヴィリンク侯爵家長女、ディアナ・フォン・ツヴィリンクと申します。どうかディアナとお呼びください。私の父が公爵様にとてもお世話になっておりますの。」
最初に名乗ってくれたご令嬢が、このグループの中で一番身分が高いのだろう。淡いヴァイオレットの髪がとても綺麗で、その柔らかい話し方からは優しげで穏やかな印象を受ける。ツヴィリンク侯爵家と言えばかなりの名門なはずだ。
「お目にかかれて光栄ですわ。私はシュッツェ伯爵家次女のユリア・フォン・シュッツェと申します。」
「お初にお目にかかります。私はヴァーゲ伯爵家長女のリリー・フォン・ヴァーゲですわ。」
そのまま皆が順に自己紹介をしてくれるので、頭の中にある貴族年鑑の情報と必死に照らし合わせていく。なるほど、どうやらシュテルンブルーメ公爵家にそれぞれ縁あるご令嬢方のようだ。言い方は悪いが、今日は私にできるだけ顔を売れと家から指示されているのだろう。理由はどうあれ好意的に話してくれるのは助かる。
あれ、そう言えば私はお父様から特に何も言われなかったけどいいのかな。まあ私に甘いお父様のことだ、娘を政治的に利用する気は全くないのだろうけど。
「ご機嫌よう。ディアナ様、ユリア様、リリー様。お初にお目にかかります。シュテルンブルーメ公爵家長女、ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメと申します。どうぞミーティアとお呼びくださいませ。」
私はローザフィア様のように取り巻きや派閥を作るつもりは全くないが、我が家と懇意にしている家柄のご令嬢とは親しくなっておいた方が良いはずだ。本当はそんなこと関係なく友人を作りたいが、私の身分でそれはなかなか難しいことは分かっている。とりあえずここは品良く笑っておこう。
「ミーティア様はお噂通り、天使のようにお可愛らしいご令嬢ですわね。それにどの分野でも成績優秀でいらっしゃるとか。所作も完璧ですし、その艶々のストロベリーブロンドがとてもお綺麗ですわ。」
……挨拶早々、誉め殺しがきました。ディアナ様、その噂の出所を調べたらウィルお兄様に辿り着きませんか。間違いなくそうですよね。
「ええ、本当に!私の兄なんか、今日ミーティア様にお会いすると話したらとても悔しがっておりまして。」
「あら、うちもですわ。憧れのご令嬢なのだとか。一目でいいからお会いしてみたいと常々言っておりますの。」
いつの間にか集まってきていた挨拶していない周りの方々まで巻き込んで、一斉にうんうんと頷かれている。え、これなんか目立ってないですか。思ったより囲まれていて全方位ご令嬢の姿しか見えない。シュテルンブルーメ公爵家の力って凄い。
それにしても貴族の社交ってここまで賛辞を言うものなのか。皆の目が自然だから媚びられているとまでは思わないけれど、とにかく居た堪れなさすぎる。そもそも一目でいいからって、そのご令息達は私をアイドルかなにかと勘違いしていません?今まで貴族のお茶会にも参加していないから、希少種扱いなのは分かるけど。
「皆様、お上手ですわね。そういう噂は話半分に受け取って頂きたいわ。貴女方のご家族とお会いするときに、実物を見てがっかりされないかと必要以上に緊張しなくてはならなくなりますもの。」
私は貴族によくある婉曲的な話し方や上手い躱し方が苦手だ。感情を隠すのも未だ得意ではない。
見た目等天使のようなんて聞こえはいいが、可愛らしいと言われると子供っぽいと言われているように感じてしまう。ルークお兄様に言われてからは受け取り方にも気を付けているつもりだが、妹キャラという認識が根底にあるせいか、やはり女性に見られないのではないかと思ってしまうのだ。何せ身近な男性陣が、私はペットや愛玩動物かと思うほど頭を撫で回してくるので。
「あら、そんな必要は全くございませんわ。とても素直でお優しいご気質でいらっしゃるようにお見受けしますし。その、ミーティア様は公爵家のお生まれですもの。正直な話、お噂と違って高慢なお方の可能性もあると思っていたのですけれど。公爵家のご令嬢はお二人しかいらっしゃいませんし、もうお一人は……ねえ?」
ディアナ様がユリア様とリリー様に含みのある眼差しを向ける。あれ、思ったよりもこの方々は明け透けな感じなのだろうか。
貴族社会で素直は褒め言葉か分からない。後半部分の言いたいことは分かる。陰口は好きではないが、この方々がシュテルンブルーメ公爵家寄りである以上、貴族社会のコミュニケーションとしてある程度は仕方ない部分もあるのだろう。
しかし女性集団の陰口は外側からどうしても醜く見られがちなのだ。話を逸らすか、せめてなるべく口出ししない様にしていきたい。彼女達の言葉を否定したり宥めたりしてローザフィア様のことを気遣うのではなく、こんな風に自分の評価を気にしている時点で私が優しいわけがない。




