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夕暮れ時、パーゴラの下で (2)

 そうだ、どうして気づかなかったのか。レオン様が私のことをルークお兄様に内緒にするはずがない。商会の件はケーキのくだりで話さざるを得なかったのだろう。


 それでは街ではぐれてしまったことをウィルお兄様も知っているのか。やっと一人での外出が許されるまでこられたのだから、これ以上制限されたくないのに。それにレオン様に守られたくせにあんな八つ当たりまでしたなんて、お兄様達に失望されてしまったかもしれない。


「ごめんなさい……。レオン様に酷いことを言ってしまったわ。私がいけなかっただけなのに。」


「いいや。その件についてティアは間違ったことは言っていない。俺からもレオンには言っておいた。騎士は民を無用に怯えさせてはならないと。」


「ルークお兄様が仰るならそれは正しいことなのでしょう。でも私が言えることではなかったわ。あの男性方にもレオン様にもご迷惑をかけたのに優しくされた自分が不甲斐なくて。ただの八つ当たりだったのよ。守らなくても大丈夫だと信じて貰える大人に早くなりたかったのに全然駄目だった。」


 言葉が止まらない。こんな風に弱音を吐き出したことなんて、記憶を取り戻してから一度もなかったのに。


「ティアが今回駄目だったのはそこではない。自分の価値を分かっていなかった所だ。」


「え?分かっているわ。公爵令嬢で、皇族方の親戚だもの。そんな子供をレオン様が守ろうとしてくださるのも当然だわ。」


「その時のティアは身分の高い子供ではない。ティアもレオンに言ったのだろう。声をかけてきた男達にとって自分は一般人だと。彼らは平民だと思っている可愛い女性に誘いの言葉をかけた。心配したのも確かだろうがそこには下心がある。無理矢理迫るような男達でなかったにしろ、レオンが来なければ退いたりしなかっただろう。」


 女性?子供ではなく。つまりあれはナンパのようなものだったの?カフェに誘われたのも名前を聞かれたのも。ひとつひとつのピースが繋がって、その時思っていたのとは全く違う印象になった場面を思い描く。


「ティアはレオンにとって何もできない公爵家の子供などではなく、ひとりの女性だ。その女性がどんなに優秀だったとしても、騎士に限らず男は女性を守ろうとするものだ。自分にとって大事な立場にある者なら余計にな。それは分かってやれ。」


 そうか。レオン様は子供を守ったつもりではなかったのだ。真面目な彼が女性を放っておけなかったのは当然だろう。それが近衛騎士の護衛対象である皇族の縁者なら尚更。危なっかしい子供、ではなく危なっかしい女性であるならその言葉の印象も受け止め方も全然違ってくる。もちろんどちらにしろ褒められたことではないけれど。


「私、あの男性方にちゃんと女性として見られていたのね。あの時の危険性も分かったわ。でもそれなら余計に謝らないと。その後の展開を正しく予測できもしないのに、守って下さったレオン様を否定してしまってきっと傷つけたわ。」


「先程も言っただろう。間違ったことは言っていないと。レオンは反省していたよ。謝るのはいいが、撤回はしてやるな。」


「ええ。ルークお兄様がレオン様に注意なさったことを否定したりしないわ。ありがとう。面倒をかけてごめんなさい。」


「いや。ティアは以前言っていただろう。俺から見て問題があったら教えてくれと。それを実行しただけだ。」


 彼の言葉は私が理解できるようにとてもまっすぐで、頭にも心にもすっと入ってくる。彼の言うことなら無条件に信じられるような信頼感が、私の中に元々あるせいだろうか。こんな風に頼ってしまうから妹にしか見られないのだろうけれど。


「覚えていてくれてありがとう。ルークお兄様にお願いしてよかったわ。」


 少なくとも青年達やレオン様からは、危なっかしい子供や妹ではなく女性として扱われていたということにほっとして、自然と笑顔になれた。思い詰めていた理由の中心がなくなって、軽くなった気持ちで顔がぽかぽかとし始める。

 そんな私を見てルークお兄様は何を思ったか、片手を伸ばして私の頬に添えてきた。前回と同じ、ひんやりした手が優しく当てられてぽかぽかがぼあぼあに変わる。


「ティアは先程から俺の言うことを素直に受け止めてくれて疑いもしないが、それはどうしてだ?皇太子だからか?」


 その状態のまま目を合わせ、真剣な表情になったルークお兄様がそう尋ねてきた。そんなことは決まっているのに。


「ルークお兄様だからよ。ルークお兄様が間違ったことを言わないのも、信じられる方なのも昔から知っているわ。」


 自信満々に答えると、ルークお兄様はふっと相好を崩した。う、間近でその表情は色香が凄いのだけど。


「ティアがそう言ってくれるように、人の信用はひとつひとつ積み重ねていくしかないものだ。それは皇太子であっても同じ。おまえも今それをゆっくり積んでいるところだと思えばいい。ティアが日々頑張っているのは周りもよく知っている。俺はティアを無力だなんて思っていない。思い詰める必要も焦る必要もない。」


 ルークお兄様はどこまで優しいのだろう。憧れなはずのヒロインとの出会いに近づきいつの間にか焦っていた私に気づいた上で、そうやって欲しい言葉をくれるのだ。


 私はじんわりと浮かび出す涙を押さえつけるように、静かに目を伏せる。だがその瞬間ルークお兄様の息を呑むような音が聞こえ、バッと突然体を離された。


「え……?ルークお兄様??」


「あ……いや、何でもない。そうだ、ティア。レオンに謝りたいと言っていたが、機会はそう多くないだろう。今でよければ俺が橋渡ししてやるが、伝言はあるか?」


「え、でもルークお兄様に間に入ってもらうなんてさすがに……。」


「いいんだ。レオンも落ち込んでいたしな。」


 何か誤魔化したようなルークお兄様が気になるものの、続けられたその言葉によって追求はできなかった。偶然だが例のプレゼントも今持っている。だがさすがに皇太子殿下に配達を頼むなんて恐れ多いので固辞するが、彼も彼で全く譲ってくれなかった。


「あの、一応贈り物は用意したの。でも男性に何を贈っていいか分からなくて迷走しちゃって……。」


 ポケットに入れてあったそれを取りだし、両手で抱えルークお兄様に見せた。


「これは、ルーヴェ伯爵家の紋章だな。」


 日が落ちて辺りが暗くなってきたので、ルークお兄様は魔法で明かりをつけそれを覗き込む。


「ええ。レオン様の幼い弟さんが病気がちだと聞いて、気になっていたからお守りを作ってみたの。でも会ったこともない弟さんにこれを渡してもご迷惑だし、レオン様へのお礼にもならないかしらと思って考え直していたのだけれど。」


「お守りか。これに何か願ったか?」


「……?ええ、そうね。弟さんが元気に過ごせますようにってメッセージを書いて病気平癒を願ったわ。」


「そうか。これはもしかしたら……。分かった。大丈夫だ、こんな気持ちの籠った贈り物なんだ、レオンは確実に喜ぶさ。あいつは弟思いだしな。」


 断言しながら受け取ってくれたので安心してお礼を言った。


 その後、さすがに長居しすぎたなと立ち上がったルークお兄様を追いかけて移動する。護衛やソフィーとも合流し、少し名残惜しく思いつつもそのまま馬車のところまで見送って、借りっぱなしだった上着をお返しした。


「お忙しいのに、会いに来て下さって本当にありがとう。ルークお兄様。」


「気にするな。それより、ティア。ミーツシリーズは母上にも好評だ。ティアのことが露見するのも時間の問題だろう。ただでさえ身分の高いおまえは、それでより社交界の注目を集めることになる。自分の価値を過小評価などせず、周りに気を付けろ。」


 そう言っていつものように私の頭を撫でた後、皇城へ戻っていった。きっとこの後ウィルお兄様からの追求を受けるのだろう。レオン様への贈り物を渡してくださるのだから。申し訳なかったが、ルークお兄様が来てくださらなければ私は昔と同じ間違いを犯すところだっただろう。


 今日彼と話せたことに心から感謝して、明日からまたひとつひとつ頑張るのだと、現れ始める澄み切った星空に誓いを立てた。


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