表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/93

夕暮れ時、パーゴラの下で (1)

 悩んだ時って、無性に前世の景色に縋りたくなる。


 夕暮れ時、目の前に広がるのはコスモスと紅葉、そして小さな湖。まるで観光地のような絶景だが、ここは屋敷の主庭の一画だ。計算しつくされた庭園よりこちらの方が日本の景色に近いため、それが見渡せる位置にあるパーゴラは最近のお気に入りの場所のひとつなのだ。ここにいるときはソフィーも気を使って離れていてくれる。


 あれからちょうど1週間、レオン様へのお礼とお詫びを考えるため公爵家の騎士団にも顔を出してみたのだが、特に思い浮かばなかった。そもそも男性へのプレゼント等今までしたことがない。あるのは身内だけ。更にレオン様は伯爵令息で、望む物は大抵手に入るだろう。剣や手袋など騎士らしい物は扱いやすさ重視でおそらく好みがある。


 悩みに悩んだ結果、前世のお守り豪華バージョンを自作してみた。病気がちの弟さんの話が頭にちらついたからだ。刺繍なら令嬢の嗜みだし、刺繍入りハンカチをプレゼントなんて話も侍女達から聞いたことがある。


 病気平癒や健康安全なんて文字が書かれた四角いお守り袋ではさすがに駄目だろうと思い、サシェのような大きさの布袋にルーヴェ家の紋章をデザイン化したものを縫い付けた。リボンには小さな宝石つきで、シンプルながらも貴族が持っていても違和感がない程度の作りにはなったはずだ。

 中身には小さく折った鶴を入れ、触っても潰れないように保護の魔法をかけておいた。元気に過ごせますように、と書いた小さなメッセージカードも一緒に。


 何だか主旨から脱線しているような気もする。知らない令嬢からお守りなど弟さんだって困るだろう。貴族年鑑によるとまだ7歳のようだし。レオン様に安全祈願を込めてハンカチとかの方がよかっただろうか。


 それにレオン様に会いに行く機会もない今、どうやって渡そうか。あまり日を置くのはよくない。だが公爵家の使者を使って学園にいるレオン様に贈ったりなどしたら目立ってしまう。あらぬ誤解が広まってしまうに違いない。かといってお兄様に頼るには事情を説明する必要があるし……。


 本当に、なぜあんなことを言ってしまったのだろう。いや、理由など分かっている。


 危なっかしい、放っておけない庇護対象。レオン様にとっては、いや周りにとっては、私はまだ対等に扱う価値がないのだ。宥めるように注意はする。行動の制限もする。でも実際何かが起こったときには、周りだけが対処すべきだと思われている。私の行動がまずくても本気で怒ることもなく、真綿にくるんで。自分の前でも横でもなく、後ろにいるのが当然の者として。


 悪は青年達ではない。彼らを悪に仕立ててしまったのは一般人に扮した私で、それはつまり加害者だ。だから彼らを問答無用で排除するレオン様に腹が立った。きっと私は私を責めてほしかったのだ。レオン様に守られたとき、そしてソフィーや護衛に謝られたとき。公爵令嬢にそれはできないと分かっていても。なんという傲慢。それこそ甘えだ。



 ぐだぐだと考えている間に、日が沈んでいくのが見える。すーっと流れていく秋の風はひんやりとしていて、自分と周囲の境界線が分かりやすい。その冷気が徐々に思考をすっきりさせていく中、"お兄ちゃん”の傷ついた顔がちらついて離れていく。


 後ろから守護者の背中を寂しく見ているくらいなら、誰かの後ろにしか居させてくれないのなら、また極力離れてしまえばいいのだろうか。あの時のように。ひとりで平気だと証明できればいずれ分かってくれるだろうか。――本当に?


 パサッ


「え……?」


 ふと気づくと、肩に重みがかかっていた。ゴールドの刺繍が入った上質な白のコート。落ち着いていて上品な、でもどこか扇情的なこの香りは……。


「ティア。」


 ここにいるはずのない人の声が聞こえて、肩を押さえながらばっと後ろに振り向く。視線の先、思っていたよりずっと近い位置にいつの間にか、ロイヤルブルーの髪を持つ高貴なお方が一人で立っていた。


 まさか、こんな夕方に先触れもなしにいるはずがないのに。そもそもなぜ誰も彼の来訪を先に知らせに来ないの。それにどうしてこんなに近くに立たれるまで気づかなかったの。座ったままお迎えするなんて。


「ルークお兄様!?どうしてこちらに。それにウィルお兄様やレオン様……護衛の方は一緒ではないの?」


 あまりの不意打ちに目が極限まで開いていくのが分かる。彼は私のその動揺を分かっていたように受け止め、慌てて立ち上がろうとする私を制しながら、珍しくもくくくっと楽しそうに笑っていた。


「ウィルやレオンには内緒で抜け出してみた。彼らは今皇城で仕事中だ。護衛は離れた所で待機させてあるから問題ない。」


「抜け出したって……ウィルお兄様に見つかったら相当拗ねられるでしょう?」


 つまり学園が休みの日にウィルお兄様を皇城で拘束しつつ、自分だけ私に会いに来たのだ。皇太子殿下にさえ絶対零度の笑みを浮かべて毒を吐くお兄様の姿が容易に想像できる。


「護衛はちゃんと連れているし、休憩と言って出てきたのだから嘘ではない。文句は言わせないさ。あとここの使用人にはティアの居場所だけ聞いて下がらせた。」


「ふふ、珍しいことするのね。」


 意外な行動に私が笑っていると、じっとその様子を眺めていた彼は回り込んで私の横に座った。近すぎず遠すぎない、手を伸ばせば触れられる位置に。


 その距離に落ち着かない気持ちになった私はおろおろと彼を見て、その体が上着を着ていないことに今更気づいた。自分の肩に乗っている香りが、誰のものであるのかも。


「このコート……!駄目よ、ルークお兄様が風邪を引いてしまうわ。」


「俺は問題ない。ウィルの魔力攻撃に慣れているからな。おまえが着ていろ。」


 攻撃?ウィルお兄様は皇太子殿下に一体何をしているの??

 着ていろって言われても……包み込んでくる暖かさと香りに頭がくらくらしてくる。先程までの風ではっきりとしていた自分と周囲の境界線が分からなくなりそう。そしてそれは思考を鈍らせるもので。


「優しくしないで……。」


「ん?」


 思わず口から漏れてしまった呟きにはっとする。聞こえてしまっただろうか。


 優しくされるのは嫌。責めてほしい。怒ってほしい。温もりに包まれるのは嫌だ。何も知らないルークお兄様が分かるはずもないのに。


「ううん、何でもないの。」


 必死にぶんぶんと首を振って、優しくも甘い香りを振り払う。自分でさりげなく避けるしかない。相手に何か望むのは甘えで、優しさの拒否は傷つけてしまう行為なのだから。


 ルークお兄様はそんな私の行動を止めるように、頭に手をポンと一度だけ置いてすぐに離した。そして襟に指を入れ軽く服装を崩すと、ふう……と一息つく。


「ここは良い場所だな。静かで何となく落ち着く。」


「ええ、そうでしょう?特にこの季節はお気に入りなの。」


 穏やかな表情を向けられたことでわずかに落ち着きを取り戻し、同意する。足を組んで座るルークお兄様はリラックスしている様子で、いつも以上に素を見せてくれているように思う。皇城から離れ、護衛も姿が見える位置にいないからだろうか。


 だが暫く穏やかな沈黙が流れた後、また少し気が抜けたところでぽつりと溢された言葉に、ひんやりとした風が今度は体に張り付いたような気がした。


「レオンやウィルから全部聞いた。街でのこと、商会のことも。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ