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初恋の彼女は ※レオンハルト視点

 ――私はなんて愚かなのだろう。これでは騎士失格ではないか。


「おいレオン。おまえどうしたんだ?」


 殿下の咎めるような声にはっと意識が浮上した。随分と考え込んでしまっていたらしい。護衛と殿下の補助を請け負っている最中だというのに。ますます自己嫌悪に陥ってしまう。


「いえ……申し訳ありません。職務中だというのに失礼致しました。」


 執務机に頬杖をついて無表情でいつの間にかこちらを見ていた殿下に深く頭を下げる。側近として専属護衛騎士に任じて下さった殿下の信頼を裏切ってしまっているように感じて、申し訳なさが募った。こんなこと殿下に言えるはずがないではないか。だが、秘密にしておくより話してしまって沙汰を待つべきなのかもしれない。


「休憩から戻ってきてからだな。何があった。真面目なおまえが仕事に影響させるようなことだ。俺に隠そうとするな。」


「弟君のため城下の菓子店に行ったのだったね。中央近くで盗難があったのをレオンが捕まえたという報告は上がってるよ。」


 同じく執務室で書類を片付けていたウィルフリード様が視線を落としたまま進言する。相変わらず耳が早いお方だ。


 弟が話題にしていた最近人気の菓子店に向かう途中、広場で行われている催し物の盛り上がりに乗じて男がご老人から荷物を奪ったのだ。それを目撃した私が追いかけて事なきを得た。人混みを掻き分けて走り去る男に一時場が混乱したので、思い返せばミーティア嬢があんな場所まで流されたのもそれが一因かもしれない。周辺を警備していた騎士に男の身柄を引き渡し、急いで菓子店に足を向けた所でミーティア嬢と遭遇した。


「ああ、今日は劇団のイベントが行われていたのだったな。それで菓子が買えなかった……わけではないな。箱を持っていた。」


 ハプニング続きで城内の自室に戻る時間がなく、そのまま皇太子執務室に来たためだ。殿下に報告しなければと思うのだが、このまま発言して良いものか。この数ヵ月接してみて分かったのだが、ウィルフリード様はミーティア嬢をそれはそれは溺愛している。そんな彼に話すのは躊躇われた。しかし今回の件は侍女や護衛からシュテルンブルーメ公爵に報告が上がるだろう。そうなればウィルフリード様にだって遅かれ早かれ必ず露見する。ここで黙ってしまっては間違いなくウィルフリード様の、そして殿下の信頼がますます下がることになるのだ。話さないという選択肢は、もう自分の中に存在しなかった。


「実はそちらの箱は、ミーティア嬢から頂いた物なのです。」


「……ティアに?」


 どうしてそこで彼女の名が出てくるのか分からないといった様子の殿下だが、ウィルフリード様は思い当たることがあったらしく察したように頷いた。だがまだ一連の流れを話していないにも関わらず、この時点で不機嫌そうなのはなぜだろうか。


「ルーク、ティアは今日街にお忍びで出ていたはずです。そちらの箱をティアから受け取ったのならば、中身はおそらく今日フライハルト商会でティアが作ったケーキでしょう。つまりレオンは街でティアと偶然会い、菓子を買いにいくと告げた所それを貰ったということかな?」


「ちょっと待て。」


 ウィルフリード様の言葉に頷いて経緯を詳しく話そうとしたところで、殿下が片眉を上げて慌ててストップをかけた。やはり殿下はミーティア嬢のことには表情を変えられるようだ。訝しそうにしながら持っていたペンで机をトントンと叩く。


「街のお忍びはともかく、あの急成長中のフライハルト商会とティアに関係が?ティアが菓子を作るのも初耳だが。」


 そういえばそうだ。あの時彼女は我が家が懇意にしている商会としか言っていなかったが、フライハルト商会だったのか。令嬢がケーキを作ったことの方に驚いて流してしまったが、商会で作った理由は分からない。


 その後、ウィルフリード様の説明と私の今日の経緯を一頻り聞いた殿下は何とも言えない表情で考え込んでしまった。いつの間にかペンを置いて足も腕も組んだ状態で何やら難しそうにしている。

 私の話を聞いたウィルフリード様はミーティア嬢がはぐれたことに顔を青くし、青年達のくだりでは射殺さんばかりの鋭い目付きで虚空を睨んでいたが、殿下の様子の手前発言は控えているようだ。


「色々思うところはあるが。まずレオン。確かに言い方に問題はあったな。騎士は民を無用に怯えさせてはならない。それにおまえの言葉でティアが貴族、それも近衛騎士に敬われるほどの身分だとその男達に知られただろう。ないとは思うが、それで悪人にティアの情報が広まったらどうする。」


「も、申し訳ありません!!」


「だがしかしおまえが間に入らなかった場合、痺れを切らした男がティアの腕を引っ張って連れていく等強引な手段に出た可能性もあった。ティアは気づいていないようだがな。子供扱いなどではなく、ティアに一目惚れしたのだろう。幸い乱暴者ではないようだが、迎えが来たからといってあっさり引き下がったとは思えん。」


 殿下の冷静な読みにそうかもしれないと気づく。ミーティア嬢は、初見では女性に怖がられやすい体格の私に躊躇なく近づき、手を取って笑いかけてくださるお方だ。屈託のない笑顔が可愛らしく、その可憐さと警戒心のなさを危なっかしいと思ってしまったのが今回の事を起こした要因でもある。心配と少しの嫉妬のあまり必要以上に青年達を威嚇してしまったのだ。どうやら彼女は自分の魅力に気づいていないらしい。青年達の行動を全て子供に対する庇護欲だと思い込んでしまうのだから。


「その意味ではおまえがしたことも無駄ではない。今後は言い方にだけ気をつけろ。反省もしているようだし、その件については以上だ。」


「殿下……。はっ!かしこまりました。」


 罰されないことに驚きつつも殿下に反論できるわけもなく、寛大なご判断に感謝しこれ以上失態を見せるわけにはいかないと気持ちを立て直す。殿下にもミーティア嬢にもご迷惑をかけてしまった。騎士としてよりいっそう精進せねばならない。剣を鍛えるだけではなく、騎士の在り方をもっと学ぶ必要がある。


「次だ。ウィル。まずはその魔力なんとかしろ。部屋が冷える。」


 ……何か冷気が入ってくるなと思っていたら、ウィルフリード様からだったのか。私は体温が高いのでそれ程気にならなかったが、確かに室内が冬のような気温になっている。殿下もそうは言いつつ特に表情の変化は見られない。


「ウィル、今回の件でティアは最善を尽くした。慌てもせずその場から動くこともなく、伝達魔法を使い自分の居場所を知らせた。レオンを諌めもした。怒ってやるなよ。」


「……ですが、護衛には罰を与えるべきでは?ティアを見失ったのは事実なのです。護衛として失格ですよ。」


「ティアはおそらく侍女と護衛に口止めしているだろう。公爵から彼女達が罰されないように。レオンから聞いたティアの様子から、おまえが分からないはずがない。ティアは自分を責めている。裏で手を回してみろ、傷つくのはティアだぞ。」


「……はい。」


「もうおまえもティアのことを宰相から聞いて知ったはずだ。その身に危険がない限りは見守れ。この事でティアの外出を制限したりするな。」


 悔しそうに俯くウィルフリード様だが、徐々に冷気が収まっていく。彼は全属性扱えるはずだが、氷系に特化しているのだろうか。そんなウィルフリード様の様子を注意深く観察しながら、殿下は諭すように述べる。話の内容は分からないが、殿下がミーティア嬢のその身と心すべてを本当に大切にしているのが伝わってきた。


「これで話は終わりだ。ときにウィル。おまえ、ティアの作った菓子を今まで敢えて俺に隠していたな?」


 話を変え、ニヤリと片側の口角を上げた殿下にウィルフリード様の表情がばつの悪そうなものに変化した。ギクリと肩を揺らした反応を見逃さなかったらしい殿下は気分を害したようにわざとらしく肩を竦める。


「まさか俺に内緒で独り占めしていたとはな。」


「いえ、その。私情が入っていたのは事実ですが。素人が作ったお菓子を皇太子殿下の口に入れるなどとんでもないし、令嬢が厨房に立つなど噂になったら困るからと、自室以外で食すのをティアに止められておりまして。」


「へえ?――レオン。ティアは余ったら弟君以外にも是非にと言っていたそうだな。」


 少し不愉快そうな殿下の様子に次に仰ることが容易に想像でき、急いで箱を持ってくることにした。ウィルフリード様も諦めたように溜息を吐き、お皿と紅茶の用意を侍女に頼んでいる。殿下が仕事を放り投げてお茶をしようとするのは大変珍しい。


 準備が終わり、出されたケーキを見た殿下は目を丸くした。チーズケーキのようだが、何やら見慣れないものが入っているようだ。しかしその出来映えは料理人が作ったものと遜色なく、つやつやしていてとても美しい。一口食べると、チーズの酸味とコクだけでなく今まで食べたことのない上品な甘さが口内に広がった。


「……美味いな。ウィル、これはなんだ?」


「フライハルト商会に依頼した小豆という輸入食材を使用してティアが作った餡子というものです。何かの本で見たらしく、我が家の料理人と一緒に研究していたと聞いております。何でも商会の嫡男に小豆を探す代わりとしてレシピ提供を頼まれたそうで。今後は商会のお茶菓子として出されるそうですよ。」


「その方は大丈夫なのでしょうか。こんなに美味しいお菓子が作れるのです。ミーティア嬢が利用されているなんてことは。」


 商会の人間が公爵家の依頼に対して交換条件を提示するなど。私が口に出せることではないが、やはり心配になってくる。


「真っ先に調べたよ。しかし商会にも嫡男にも何も問題は出てこない。ティア個人にきっちりと十分な対価も支払われている。何よりティアはその嫡男との商談時、防音魔法まで使用して真剣に話し合っているらしいんだ。『彼と二人きりにはなるな』という僕の言いつけを守って。本人に聞いても『自分が欲しいと思う物を提案して作って頂いているだけよ』と笑っていてね。これで邪魔なんてできるわけない。……やけに親しげな様子だと聞くから心配ではあるんだけど、良いビジネスパートナーだとしか言わないしね。」


「……その子息は何歳ですか?」


「ティアと同い年だよ。」


「……。」


 胸にモヤモヤしたものが広がった。まさかミーティア嬢はその子息のことを?身の程知らずにも面白くない気分になるが、次の殿下の言葉でそんなレベルの話ではないと焦り出す。そもそも私はミーティア嬢とどうにかなりたいなど恐れ多いことは思っていないというのに。


「ミーツシリーズ、か。以前母上が話題にしていた。フライハルト商会の子息は魔力持ちで学園にも入学する。ティアが関わっていることを貴族達が嗅ぎ付けるのも時間の問題だ。ティアの社交界での価値はますます上がっていくだろう。デビュタント以降、彼女の周囲はよりいっそう荒れるはずだ。――ティアが美しく咲いていく姿を俺はこれからも見守らなければな。」


 そのときの殿下はどこか、自分に言い聞かせるような、焦がれるような口ぶりで。そこに秘められた複雑な色に、私は自らの想いの後ろめたさと胸に過った何かの予感のせいで、殿下の表情を窺うことはできなかった。


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