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地雷の言葉と後悔


 書店から出た私達は、馬車との待ち合わせ場所へと向かう。目立たないよう停めておける場所が中心部から外れた路地くらいしかなかったので、書店近くに待機させておけなかった。


 中央広場前に差し掛かったとき、前方の道がひどく混み合っていることに気付く。ざわざわとしていて何だか騒がしい。


「なにかしら?」


「どうやら何かの催し物をしているようですね。困りましたね……これでは通れそうにありません。」


 立ち往生していると、後方から早く早く!と走ってきた見物人達と、前方から人混みに疲れて抜け出してきた集団に挟まれた。双方とも興奮しているようで周囲を見ておらず、私達はそのグループ同士の衝突に巻き込まれてしまう。


 ソフィーは私を引っ張って避けようとしてくれたが、大量の荷物が仇となり一歩出遅れる。私は押されるように広場へ飛び込み、散々もみくちゃにされた挙げ句、広場から大分離れた通りに放り出された。


「はあ……息が出来ないかと思ったわ。」


 伸びてきたとはいえまだ小柄な部類に入る私は、他の人からすれば気付きにくい存在であったらしい。


 四方八方から押され続け、自分が今どちらの方角にいるかすら分からなくなってしまった。これでは護衛達も見失ってしまっただろう。せめて荷物を分担して持っていればソフィーと手を繋げたのにと思っても後の祭りだ。


 本当に迷子になってしまったが、焦ることはない。何せ私はすでに伝達魔法を習得している。ソフィーも護衛達も魔力は多くないため伝達を受け取るだけで返すことはできないが、居場所さえ分かれば来てくれるだろう。


 後は、何か目印になりそうな建物を探して居場所を伝えればいい。迷子の場合、その場から動かない方がいいのは経験上身に染みている。


 回りをきょろきょろ見渡すと、少し離れた先に小さな行列ができているお菓子店を発見した。あのお店なら外観からしても目立つし、人気店のようだからソフィーも分かるはずだ。


 早速魔法を使おうとするが、行列に並んでいる人達や周辺から遠巻きに見られているような気配がする。ここで伝達魔法なんて使用すれば貴族だと暴露するようなものだ。


 仕方がないので横にあった建物と建物の間に入り、背を向けて瞬時に魔法を放つ。すると足元に子猫が現れ、すごい勢いで走っていった。


 伝達魔法は普通鳥類に変化するが、私の魔法は猫にしか変化できない。おそらく、魔女の使い魔=猫という図式が自分の中で定着しているからだろう。鳥より人目につきやすいが、軽い認識阻害がかかっているので大丈夫なはずだ。


 後は待つだけ、と先程の通りに戻る。相変わらず視線は感じるがこの通りは平民が多いようで、お忍び風な格好が珍しいからだろう。あまり視線を合わさず俯き加減でいると、目の前に影が落ちる。


「君、どうしたの?迷った?」

「こんなところに一人でいると危ないよ。」


 立ち止まったのは、若い男性の二人組。優しい声色だったため善意で声をかけてくれたのだろうと、さして警戒もせずに顔を上げた。というか、声のかけ方が子供に対するそれだったのだ。誘拐の心配でもしてくれたのだろう。


 二人と目を合わせた途端、彼らから息を呑む音が聞こえた。星眼は隠れているはずだが、瞳の色自体が珍しいのだろう。色を変える魔法も練習すべきかなと思いつつ、少し微笑んで口を開いた。


「迎えがくるので大丈夫です。ご親切にありがとうございます。」


 唖然としているが、見るからに優しげな青年達だ。貴族や子供を拐うような悪人ではなさそう。ただ固まったまま立ち去ってくれる様子もないので、自然と困った表情になってしまう。


「あの……?」


 こんなところをソフィーに見られたら誤解されてしまいそう。迷子になって男性に声をかけられたなんてお兄様に伝わったら、当分街へ出られなくなる可能性だってある。できれば早くどこかへ行ってほしい。


 しかし彼らは思った以上に気遣い屋の人で、私の願いとは別の行動に出てしまった。


「あー、あのさ!君のような子が一人で待ってるのは危ないし、その迎えが来るまで付き合うよ。」

「そうそう、そこのカフェにでも入らない?迎えが来てもすぐに分かるし。奢ったげるよ!」


 何だろう。「お菓子あげるからついておいで」の誘拐おじさんに見えてきてしまった。ひょっとして子供好きなのだろうか。そこまで子供ではないのだが。お兄様より年上のようだから私なんて余計に幼く思えるのだろう。


 困ったな。いっそ乱暴に連れていこうとする悪人なら、こっそり魔法で攻撃して逃げるのに。心配して声をかけてくれるだけで、距離を詰める気配もないから強くも出られない。


「いえ、もう来てくれると思いますから。あなた方の時間を取らせるのも申し訳無いですし、お気持ちだけ頂いておきます。」


 私のように放り出されたのでなければ人混みを抜けるのは大変かもしれないが、そう時間はかからないはずだ。ソフィーや護衛が誤解して攻撃してしまったら申し訳ないので、早急に逃げて欲しい。


「いや俺達暇だから!そ、そうだ名前教えてくれる?」


 青年達は必死に食い下がってくる。前世の「迷子のお呼び出しを申し上げます。○○ちゃんのお母様――」という放送が頭に浮かんだ。


 いやいや、この世界に拡声器のようなものは存在しないはず。魔法を使えば簡単だが、おそらく彼らは平民。なら足を使って聞いて回る方式……?そもそもそこまでしなくてはいけないと思うほどの子供には見えないだろう。


 名を教えるわけにはいかないので、頭にちらついた百貨店の迷子センターを振り払いつつ、断り方を思案していると――


「何をしている。」


 ふいに聞こえてきたその声に覚えがあり、そちらに目を向けようとする。しかしその声の主はさっと私を自身の背で隠してしまったため、青年達の顔も彼の顔も見えなくなってしまった。


 だが、近衛騎士隊服を着た背中と腰の剣、先程の声と私の首が痛くなる位置にある頭。それらに気付けば正体は推して知るべし。


 どうしてここに。確かに今日学園はお休みなはずだけど。


「ひっ!いえ、俺らはこの子が心配で声をかけただけで、騎士様が出てこられるようなことは何も……!」


 表情は見えないが、声が震えている。それはそうだろう。近衛騎士を見る機会なんて滅多にないだろうし、まして大柄の彼だ。思っていた展開とは違うが、やはり申し訳ないことになってしまった。慌てて誤解だと告げようとしたのだが。


「彼女は君達がしつこく声をかけていいような方ではない。去れ。」


 彼が発した言葉と声の冷たさに絶句する。


 なんで?この数ヵ月で何度か会う内に、打ち解けてきてくれた彼。緊張は相変わらずだったが、少しずつ笑顔も見せてくれるようになった。だからこそ初めて会った時の印象とも全く違う今の様子に戸惑う。


 す、すみませんー!と慌てて走り去っていく音が聞こえる。それを確認し私から一歩離れ振り向いた彼の表情は、眉を寄せていてとても険しかった。一般人が騎士にこんな顔で迫られたらそれは怖いだろう。


「ミーティア嬢……!大丈夫でしたか?何かされませんでした?」


「……ええ。ご心配ありがとうございます、レオン様。」


「貴方に何かあったら殿下になんと言えばいいか。無事で本当によかった。一体何があったのです。どうしてこんなところに。」


 複雑な気持ちになりつつ、できるだけ冷静に、簡潔に経緯を説明する。求められたので先程の青年達とのやり取りは全て。


「そういうことでしたか。……貴女は少々危なっかしくて放っておけません。侍女と護衛が合流するまで私がお守りしましょう。」


 そう言ってレオン様は警戒するように意識を周囲に巡らせた。その言葉も私への態度もとても温かい。怖さなんてどこにも感じない。


「……レオン様。」


 声色の変わった私にレオン様が不思議そうにしている。ダメだ、いけない。ダメなのに止まらない。


「レオン様は皇族を守り、ひいては民を守る騎士でしょう。それなのにどうしてあんなことを言うのです。」


「え?ミ、ミーティア嬢?」


 去れ、だなんて。あんなに冷たいトーンで。私が迂闊で、はぐれたのが悪いのに。せめてレオン様が私にも威圧的に接してくれればよかったのに。


「あの方々は私を心配して声をかけて下さいました。断り方に少々困っていたのは事実ですが、乱暴をされたわけではありません。それに今の私は、彼らにとって一般人です。私から遠ざけて下さるにしても、言い方があったのではありませんか?善意で声をかけたのに騎士があんな風に追い返してしまっては、彼らが騎士に悪い印象を抱くかもしれません。もしかしたら、今後困っている人を見かけても声をかけられなくなるかもしれないのです。」


 そこまで言い切ったとき、レオン様の顔が真っ青なことに気づく。その表情がとても悲しげに見えて、怒りで興奮状態だった頭が急激に冷えていった。


 違う。レオン様は、皇族に忠実なお方。皇太子殿下の妹分である私を守ってくださっただけ。本来ならあの青年達が、公爵令嬢である私にあんな風に誘いをかけてはいけなかったのも事実。仮令それが善意であっても変わらないのだ。


「……申し訳ありませんでした。私はなんてことを……」


「いえ、言い過ぎましたわ。ごめんなさい……忘れてくださいませ。」


 結局、自分で対処もできず守られてしまった悔しさから八つ当たりしてしまっただけだ。危なっかしいという言葉に過度に反応してしまった。


「守っていただいた私が偉そうに言えることではありませんでした。本当にごめんなさい。」


 責めてくれたらいい。でもレオン様は、公爵令嬢に対してそれはなさらないだろう。だからさっと話を変えることにした。


「レオン様は、どうしてこちらに?」


「職務中に休憩時間を頂きまして、ケーキを買いに来ていたのです。病気がちの下の弟がまだ幼くて甘味を好むもので、お土産にと。」


 レオン様が男兄弟の長男なのは知っていたが、体の弱い弟さんがいたのか。ゲームの設定であったのかもしれないが、レオン様のことは設定の性格以外、何も分からない。なのに分かったようなことを、あんな偉そうに言ってしまったなんて。しかも短い休憩時間に城下へ買い物にきたのを邪魔しておいて。


「あの……それでは私と一緒に待っていて下さるような場合ではないのでは。」


「いえ、いいのです。お土産などまたいつでも買いに来られますので。そんなことより貴女の身が心配ですから。――あ、ほら。迎えが到着したようですよ。」


「――お嬢様!ご無事ですか!?」


 振り向くと、ソフィーと護衛の二人が走ってくるのが見えた。きっと慌ててきてくれたのだろう。


「ええ。ソフィー、ごめんなさい。心配をかけてしまったわね。偶然通りかかった殿下の護衛騎士のレオン様が一緒にいてくださったから大丈夫だったわ。」


 私の無事な姿を確認して心からほっとした様子の3人に、先手を打ってレオン様を紹介しておく。まあソフィーは会ったこともあるし、騎士服を着ているレオン様を誤解することはないだろうが。


「あのルーヴェ伯爵令息様ですか!お嬢様をお守りくださって本当にありがとうございます。」


 お礼を言って頭を深く下げた3人に、慌てて頭を上げるようお願いするレオン様は、先程の冷ややかさなどどこにもない。


「いえ。公爵令嬢を、ましてや殿下が大切にされている御方をお守りするのは当然のことですから。馬車は近くですか?そこまでお送り致しましょう。」


 そうしてわざわざ馬車までついてきて下さったレオン様に、私はあることを思い付く。


「レオン様。このまま城へ戻られるのですか?」


「ええ、休憩時間も終わりますから。どうかお気になさらずに。」


 苦笑するレオン様に、それならばと馬車に載せてあった大きめの白い箱を手渡した。中にはフライハルト商会で作ったケーキが入っている。


 余りを持ち帰っていてよかった。公爵令嬢が作ったケーキを置いていかれても、試食以外では皆恐縮して食べられなくて扱いに困るとカイに言われたからだが。


「こちら、私が作ったケーキです。料理人の方に味の保証は頂いておりますし、我が家が懇意にしている商会の厨房で作ったので変なものは入っていません。保冷の魔法もかかっています。良ければこちらをお持ち帰りくださいませ。沢山あるので、余ったら弟さん以外にも是非。」


「え、ミーティア嬢が作った……?貴女はお菓子作りをなさるのですね。そんな貴重なもの、私が頂いてもよろしいのですか?」


「もちろんですわ。余り物ですし、今日のお礼には到底ならないかもしれませんが。私のせいでケーキを買う時間を奪ってしまいましたから。」


 レオン様は遠慮していたが、最終的には嬉しそうに受け取ってくれた。再度お礼を言ったあと、馬車に乗り込んで帰路へつく。


 ひたすら謝るソフィーには、何もなかったのだから今日のことは秘密にしましょうとお願いした。私のうっかりでソフィーや護衛が怒られるなんて申し訳ないから。それにお兄様のお叱りも怖い。


 私はそんな会話をしながらも、レオン様へのお礼と謝罪をどうすべきかをずっと考えていた。


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