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初めての街歩き

 お兄様のデビュタントから数ヵ月。

 季節は秋になり、私は14歳になっていた。ヒロインとの邂逅までもう少し。


 この頃になるとやっと身長が伸び始め、女性らしい体つきになりつつあるような気がする。今まで自身の能力向上に集中してきたおかげで魔法も無属性魔法に手を出せるまでになり、苦手だったダンスも様になってきた。そのためか両親が過度に心配することも段々となくなり、今日の予定が叶ったのである。


「ふふ、お嬢様とても嬉しそうですね。」


 流れる外の景色をじーっと眺めていると、対面に座ったソフィーがにこやかに声をかけてきた。


 ここは公爵家の馬車の中。そう、なんとひとりきりでの外出が許可されたのだ。もちろん侍女と護衛、御者付きで街中までは馬車移動だが、これは大きな進歩だ。ちなみに許可したのはお父様であり、お兄様の意見を私が知ることはなかった。どういう話し合いがなされたのかは分からないが、ギードがとても疲れた顔をしていたので何となく察しはついた。だがそれでも最終的に説得できたのだからさすが父親で宰相様だと思う。


「だって初めての街歩きよ。馴染みのない景色を見るだけでも楽しいわ。今までは外出しても外を歩かせて貰えなかったのだもの。」


 おそらく、歩く体力もないと思われていたのだろう。あとは迷子の心配とか。迷子に関しては否定できないが、ソフィーと離れなければ何の問題もない。それに、今日の本来の目的は別にあるのだ。


「さあお嬢様、着いたようですよ。」


 ゆっくりと馬車がスピードを落とし、大した揺れもなく止まった。この馬車はお忍び用で華美なものではないが、なるほど造りは最高品質であるらしい。それと皇都内は道がしっかり整備されているのもあるだろう。

 護衛の合図の後扉が開かれ、まずソフィーが先に降りた。同じく護衛の手を借りて降りようとすると、さっと別の手が差し出される。


「どうぞ、お手を。」

「ふふ、ありがとうございます。」


 紳士的な行動をする彼に笑ってしまいそうなのを、必死に淑女の微笑みに変えて堪える。毎度の私の反応からそれが分かっているのか、どこか責めるような眼差しの奥に、彼自身も面白がっている気配を感じた。相変わらずちぐはぐな人だ。


「「「「ようこそお越しくださいました、ミーティアお嬢様」」」」


 彼のエスコートで馬車を降りた瞬間、ずらっと並んだ従業員達に出迎えられた。この人数、まさか従業員総出じゃないだろうか。カイはともかく、商会長まで出てこなくてもよかったのだけれど。


 フライハルト商会訪問の目的は商談ともう一つ、念願叶って完成したレシピのお披露目である。カイのおかげで手に入った小豆を使い、フランツと試行錯誤を重ねて私好みのスイーツを完成させたのだ。それをカイに伝えたところ、商会の料理人に伝授と試食をお願いされた。そうなるとこちらが出向いた方が早いだろうと思い、今回の来店が決定した。


 紹介された料理人は商談時に出すお茶菓子を担当しているらしく、腕は確かだそうだ。職人気質な方で新しいレシピに興味津々で対応してくれたため、こちらも気合いが入った。私が作ってみせたのは餡子入りのレアチーズケーキ。餡子入りでも酸味と混ざり甘すぎない。これなら来客が男女どちらでも提供しやすいと思ったのだ。結果、商会長やカイ、料理人にも好評だったので胸を撫で下ろした。


「餡子なんて久々で懐かしかったなー。それに昔和菓子の餡子なら何度も食べたが、洋菓子は新鮮だった。ミイに感謝だ。」


「カイにそう言われると安心するわ。実物を知っているのは貴方だけだし。」


 現在は商会の応接室。視察と称して展示スペースを回った後こちらにやってきて、例のごとく防音魔法を発動している。商談に来たはずのお客が視察だなんておかしい話だけど、私がアイデアを提供しているという話はこの数ヵ月でどこからか漏れ、いつの間にか商会内では周知の事実となっている。シリーズまで作って内緒にしたというのにこれでは意味がない。せめて外に知られないことを祈るばかりだ。


「それで、新作の話だったよね。」


「ああ。ミーツシリーズは4作とも大好評。特に懐中時計は人気でな。元々男性向けに作ってそこそこ売れていたってのに、ミーツシリーズで女性向けを出した途端、知名度が一気に上がった。令嬢方がこのシリーズに注目している証拠だ。この流れを止めたくない。」


 懐中時計はオルゴールから連想して進言したものだ。とはいっても私は時計の内部を全く知らないためシリーズ外で発売してもらったところ、じわじわと貴族達の間で人気を集めていた。そこで女性向けも出したいと言われデザインを私が担当し、シリーズに取り入れたのだ。おかげで個人資産がそれなりに増えてきている。


「じゃあネイル用品はどう?昔好きだったから主成分とか調べたこともあるし、色合いの微調整とかでも力になれると思う。私も自分のデビュタントで欲しいし、宝石を砕いてラメみたいに混ぜたら貴族の女性は必ず興味を持つと思うんだけど。」


 その言葉にやたら乗り気になったカイと製造方法などを相談して今日の商談を終えるのだった。



 ◇◇


 フライハルト商会を辞した後は、念願の街巡りだ。

 中心地から少し離れた路地に馬車を停め、人目につかないうちに降りる。今回横を歩くのはソフィーだけで、護衛は少し離れた位置にいてもらうことにする。ちょっと渋られたが、皇都は平和なのだ。ここは貴族街に比較的近くお忍びは珍しくないとはいえ、護衛を2人もぞろぞろ連れて歩きたくない。ちなみに本来は星眼によって正体が一発でばれてしまうが、お忍び用に目の特徴を隠す認識阻害魔法を使用しているため問題ない。


 今日着ているのは平民の富裕層が着るような大人しめのネイビーワンピース。腰より高い位置にギャザーが入っていて、裾の小花の刺繍が可愛らしく、前世の休日のお出掛け気分だ。街並みはまったく違うのになぜか懐かしく感じられて高揚する。


 とにかく気ままに歩きたくて、まず最初に目についた雑貨屋に入ってみた。文具や髪留め、インテリア雑貨に食器まで、様々な物が雑多に並べられていて、これこれ!と感覚が叫んでいる。貴族の暮らしに慣れていると思っていたが、私の庶民感覚は失われていなかったらしい。店員には迷惑だろうが、買う気もなしに何となく眺めたお店で素敵な物を見つけて結局買ってしまう……という状況に満足感を得るのだ。


 それからはもう止まらなかった。アイデア出しの参考になるし、この世界である物ない物を知ることができる。初めは心の中でそんな言い訳を並べていたことすら忘れ、本を夢中で読むときのように棚から棚へと順に視線を巡らせた。宝飾店等にも入り、お兄様にはカフスボタン、お父様には万年筆、お母様にはスカーフ、とお土産を選び終わると、最後に書店へ入った。本は普段から取り寄せられているのに、とソフィーは不思議そうな顔をしながら店内を見渡している。


「ジャンルや作家名を指定せず、こうして表紙だけで気になった本を手に取ってみるのが楽しいのよ。」


 そうしていつの間にか腕の中に積み上がる本の冊数に驚き、取捨選択をするのだ。今日買う本、諦める本、タイトルのメモを取って次回必ず買う本。

 公爵邸の書庫でできるのは、今読む本かどうかの選択だけだ。その時手に入らない悔しさを、次回また巡り会えた時の楽しみに変えられるのは書店の醍醐味ではないだろうか。


 ソフィーが両手に抱えるほどの量を買ってしまったので取捨選択できたかどうかは定かではない。こうなることも考えて一応書店を最後に回したのは正解だったようだ。警戒中の護衛に荷物を渡す訳にもいかず、私も持つと宣言したのだが断られてしまった。侍女が主人に荷物を持たせるわけにはいかないのだろう。これが仕事ですと言われれば反論できないので潔く諦めた。


 しかし、この後私はそれを少しだけ後悔することになる。


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