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お嬢様の奔走と兄の社交デビュー (2)

 翌日早朝から出した先触れがすぐに了承されたので、お兄様と一緒に登城する。


 ソフィーには、男爵様に挨拶しておきたいから会いにいくのだとだけ告げておいた。そこまでされなくても、と申し訳なさそうにしていたが何とか説得し、敢えて一緒には来させなかった。


 使者を出してあるとはいえ、職場に押し掛けた私達に嫌な顔をせず傾聴してくれた男爵は、その件は納得しているから問題ないと述べた。嫡男も成人しているし長女も結婚しているので呼び戻す必要もない。行き先がどこになろうとも公爵家と縁を結べるのなら願ってもないことだと。


 一見気難しげな人ではあるがその温かい瞳からソフィーへの愛が確かに窺えたので、もうひとつの要件を切り出すことにした。


「ソフィーを振り回してしまう身で恐縮ですが、男爵様は彼女の結婚についてどうお考えですか?」


「結婚、ですか?ソフィーは結婚する意志がないものだと思っておりましたが。」


 私はソフィーを想っている人がいて、ソフィーもその男性を憎からず想っているらしいこと。まだ交際しているわけではなく、その彼は公爵家の料理人で平民なこと。フランツの人柄。フランツの今後の意志は私からは言わないが、言える限りのことを男爵様にお話しした。


「だからもしソフィーが彼の気持ちを受け入れたら、ふたりの話を聞いてあげて頂けませんか?彼の素性も今後も公爵家が保証します。」


 お父様からもヤンからも今朝の時点で了承は貰っている。今の私の名では何の保証にもなれないため、公爵家の名を使う許可を取ったのだ。


「お話は分かりました。ソフィーがその彼を受け入れるのであれば、後は実際に会って判断したいと思います。」


 難しそうな顔をして話を聞いていた男爵様は暫し沈黙した後、ふっと相好を崩して私を見た。


「ソフィーとその彼は幸せ者ですね。こんなに想ってくださるお嬢様にお仕えできるのですから。今までも帰省の度にミーティア様は素晴らしいご令嬢なのだと、ずっとお側で支えたいのだと話しておりました。これからもソフィーを宜しくお願い致します。」


 丁寧に頭を下げてくれた男爵様に胸を打たれつつ、こちらこそと言って挨拶をし私達は退出した。


「ティアはどんどん大きくなっていくね。ティアが主体で話すなんて緊張するんじゃないかと心配していたけれど、そんな必要なかったな。格好良かったよ。」


「そうかしら。だって私はお話しただけで、男爵様に取り次いでくれたのも、お父様に事前に話を通しておいてくれたのもお兄様だもの。それにフランツのことだって公爵家の力で、私が保証できたわけではないのよ。」


「いいや。あの男爵を頷かせたのは間違いなくティアの力だよ。ティアがあんなに熱心にふたりについて訴えたんだから、絆されて当然さ。僕は付き添っただけ。ティアは本当に他人想いの優しい子だね。」


 嬉しそうに言うお兄様だったが、私はあまり喜べなかった。実際に力を持っているのは公爵家やお兄様のお名前。それらがなければ話を聞いてもらうことすらできなかったはずだ。お父様やお兄様にお願いしただけでも話はまとまっただろう。そうやって甘えて終わりなのが嫌だったから自分でも動いただけで、そうしなくてもきっと何も変わらなかったのだ。


 でも、今回はそれでもいい。権力だって使えるときには使ったって。それでソフィーのあんな顔をもう見なくて済むのなら。



 ◇◇



 それからお兄様に連れられて、皇太子執務室に向かった。執務中に居座るのは心苦しいから公爵家待機部屋にいると固辞したのだが、午前中だけとはいえ専属侍女もなしに一人でなんて待たせられないとお兄様は頑なに譲らなかったのだ。


 執務室の扉前を護っていた近衛騎士は私に対して訝しげな顔をしていたが、お兄様の手前何も言えないようだった。


 そもそも今日ここに来ることを殿下に伝えていなかったらしく、お兄様は敢えて「ウィルフリードと妹のミーティアが来たと中に伝えてくれ」と告げると、私達ふたりを見比べて納得したように頷いた。星眼で判断したようだ。


 皇太子が私に目をかけていることは公然の事実だからなのだろう、素性が分かると私が中に入ることに戸惑いすらしないようだ。重要書類を扱う執務室がそれでいいのだろうか。


 コンコンッ


「皇太子殿下、シュテルンブルーメ公爵家のウィルフリード様とミーティア様がいらっしゃいました。」


「――分かった、入れてくれてかまわない。」


 どうぞ、と導かれた先にはルークお兄様と、レオン様とアルまで揃っていた。

 攻略対象者が4人集結。一大イベントである。


 ルークお兄様は奥の執務机に座り、レオン様はその横に控え、アルは応接セットのソファーで、それぞれ何か作業をしているようだった。


 一斉に皆の視線がこちらに向いて何だか居たたまれなくなるが、一先ずごきげんようと挨拶をする。


「ウィル、どうしたんだ。今日は呼んでないが、せっかくの休みに手伝いでも来てくれたか。ティアを連れているなら納得だが。」


 窓の光を背に、姿勢を崩して座ったまま腕を組んだルークお兄様は片側の口角を上げていて、それはそれは絵になる光景だった。拝みたくなってきた。


「ええ、午前くらいはご助力をと思っていましたので。それとティアは別の用事があって登城したのです。今日は専属侍女もいませんので一人で待たせるわけにはいかず、ここに居てもらおうかと。」


「ティアならいくらでも居てくれていい。だが、別の用事とは?今日は大丈夫なのか。」


 アルから聞いたからだろう。気遣わしげな瞳をして手招きするので近くに寄っていくと片頬に手を添えられた。ひんやりした手の温度と珍しい仕草にどきりとする。


「もう、先日のことは本当に何でもないのよ。今日も専属侍女のお身内の方にご用があっただけ。」


 添えられた手にそっと自分の手を重ねて、ゆっくりと引き剥がしながら安心させるように笑いかけた。


 落ち着いて答えたつもりだが、体がふるふると震えているのに気づかれないよう必死だ。無意識にときめくような行動を取らないでほしい。頭を撫でられるのはよくあるので多少慣れているが、推しに頬を触られるのは破壊力抜群なのだ。


「そうよアル、ちょうどいいところに。大丈夫だからお兄様達には言わないでってあれほど言ったでしょう。」


 誤魔化すように視線をアルに移すと、ぷいっと顔を横に逸らして私の訴えを遠ざけた。


「あー、悪かったって。けど俺がそう簡単におまえの言うことを聞くわけないだろ。兄上を優先するに決まってるじゃないか。」


 相変わらず意地の悪いことを言うアルに膨れる。


「怒んなよ。ほら、そこじゃ兄上達の邪魔になるだろ。こっちに座ってろって。」


 軽く流されてムッとするが、自分の向かい側を示してくれるアルに結局従うことにした。このままでは邪魔になるのは確かなのだ。


「ルークお兄様、レオン様も。私あちらに座っててお邪魔にならないかしら。」


「ああ。紅茶を用意させよう。それからティアは読書が好きだろう。暇なら本棚の本を自由に見ていてくれていい。」


「ミーティア嬢。私のことはどうかお気になさらずに。その、私も殿下のお手伝いをさせて頂いているだけですので……」


 皆のお仕事中に寛ぐなんて落ち着かないが手伝えるような身分でもないので、ルークお兄様のご厚意に甘えることにする。それにしてもレオン様はやはり女性が同じ部屋にいるのは落ち着かないのだろうか。何だか挙動不審だ。


 これ以上お邪魔にならないように本棚をささっと覗きにいくと、さすが皇太子執務室だけあって読み応えのある本が多い。


 その後、私の速読に気づいたアルに絡まれ、紅茶はスイーツはとお兄様2人に構われ、レオン様の視線に無視もできず笑顔で返したところをウィルお兄様に慌てて止められ、となんだか忙しなかったが、思いがけず充実した勉強時間を過ごさせてもらったのだった。


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