お嬢様の奔走と兄の社交デビュー (1)
その後、ソフィーには本に集中したいからと下がってもらい、自室を抜け出した。
まずお母様に男爵家について聞いてみると。
「ソフィーの実家の男爵家?そうねえ、男爵夫人はおっとりとした人で、ガーデニングを楽しんだり小さなお茶会を開いたりしてのんびり暮らしているそうよ。長女は子爵家に嫁いで、次女は独身で皇城で働いているのではなかったかしら。」
姉も婚約者がいないなら、ソフィーも政略結婚を強要されることはないかな。夫人もおっとりした性格の方ならフランツを頭ごなしに拒否することもないだろう。
お礼を言い、今度はフランツの元へ向かう。
本当は先にお父様かお兄様にも男爵家について聞いておきたかったが帰宅を待っていると夜になるし、久しぶりに会うお兄様が離してくれるはずもなく、今日明日フランツと話す時間は取れない気がした。
私は厨房へ行き、フランツに少しお話できる時間はあるかと尋ねた。もうすぐディナーの準備にとりかかる時間帯だ。忙しそうなら出直そうと思っていたが、丁度休憩時間だったようで快く受け入れてくれた。
ソフィーにも他の使用人にも聞かれてしまうわけにはいかない。仕方がないので邪魔にならないよう裏庭に場所を移し、防音魔法で強制的にシャットダウンする。これなら聞かれる心配はない。
「急にごめんなさい。あの、フランツは今後について何か考えていたりするの?公爵家でこのまま料理長になりたい?」
「いや、今はそこまで考えていませんねー。そりゃあ将来は親父のように立派な料理人になりたいです。でも親父も一度別の場所で修行させてもらったらしいので、ここで働くだけで料理長になれるわけではないと思ってます。――え、まさかお嬢様、僕をクビにするとか考えてないですよね!?」
何か勘違いさせてしまったらしく、表情が絶望の色に染まる。今度は直球でなく遠回しに聞いたつもりだったが、悪手だったらしい。
『大事な話の切り出し方』とか『人に誤解されない10つの方法』のようなタイトルの指南書が欲しい、切実に。
「ち、違うの!そうではなく……その、ごめんなさい。実はふたりの様子がおかしいと思って、ソフィーから少しだけ話を聞いてしまったの。私が無理に聞き出しただけだから、ソフィーを怒らないでちょうだい。貴方はまだ諦めていないと聞いたわ。それでもし、ソフィーがここを離れないといけなくなったらどうするかって聞きたかったのよ。」
「あ、そういうことですか……。はあよかった、追い出されるかと思って焦りましたよ。あはは。謝らないでください、別に隠していないので。」
そこで一度言葉を止めて、フランツは視線を遠くに投げた。
その姿はいつも明るいフランツから考えられないくらい寂しげな様子で。何と言っていいか分からず暫し沈黙が続くが、視線を私に戻したときにはどこか決然とした様子で答えを返してくれた。
「分かっていますよ、ソフィーの気持ちは。昔っから、お嬢様が第一の奴です。だから今のうちに告白したんですよ。お嬢様が嫁ぐまでにソフィーが僕を好きになってくれたら、何を置いたって彼女と一緒にいます。皇都でなくても、この国でなくても構いません。親父にも話はしてあります。だけどそれでも僕を弟としてしか見られないというなら、追いかけたりしませんよ。諦められる気はしないけど、これ以上優しいソフィーの負担にはなりたくないので。」
ソフィーが私に同行するつもりなのも、わざと冷たくしているのも見抜いているのに、肝心のソフィーの気持ちには全く気づいていないらしい。そこは私の言うべきことではないので黙るが、少しでも懸念は取り除いておきたい。
「13歳の子供が言うことではあるけど、貴族女性って男性と交際するのはすごく覚悟がいると思うの。そもそも交際期間もなく家同士の決め事で婚約するのが基本だわ。貞淑が求められるのですもの、交際=婚約が当然の世界なの。でもソフィーの実家は貴方を受け入れないかもしれない。それでも、諦めたりしない?」
「もちろんです。中途半端な気持ちで告白なんてしていません。僕にはまだ何も力なんてないけど、ソフィーを大事に思う気持ちだけは負けませんから。爵位とか身分は難しいですけど、料理を極めて生活には絶対に困らせないようにして見せますよ!」
照れくさそうに言ったフランツの言葉に心から安堵する。これなら大丈夫そうだ。問題は男爵家と、ソフィーが素直になれるかかな。
おせっかいなことを言ったお詫びと長話に付き合ってくれたお礼を告げ、私は上機嫌で自室に戻ったのだった。
◇◇
夜になりようやくお父様とお兄様が帰ってきたので、久しぶりに家族揃って遅めのディナーをとった。
帰ってきてすぐはなぜだかお兄様の機嫌が相当悪いような気がしたけれど、私を抱き締め続けたことで調子を取り戻せたみたいだ。
サロンに移動して皆で学園の話を聞いた後、お兄様に大事なお話があると言って自室に来てもらった。そこで今日判明したことをなるべく簡潔に、要点だけに絞ってお兄様にお話しする。
「あの男爵家なら当主にも嫡男にも会ったことがあるよ。皇城に出仕しているからね。当主は少し気難しそうではあるけど、ソフィーの年齢で婚約もさせず働くことを許しているんだ。ティアの専属侍女なら公爵家の後ろ楯もしっかりあるんだから、嫁ぐティアに同行することも反対されないはずだよ。結婚についてもいきなり否定はしないんじゃないかな。」
「本当!?それなら一度きちんと挨拶して私からお話ししたいわ。先の話だけどソフィーを連れていきたいっていうのと、ソフィーの結婚についてを。」
「明日も皇城にいるはずだよ。午前中は僕も執務のために上がるつもりだったんだ。善は急げと言うし、一緒に行こうか。急ではあるけど、屋敷よりは皇城の方があちらも都合がいいだろう。早朝に使者を出しておこう。」
「まあそもそもティアを遠方に嫁がせるつもりなんてないけどね」と呟いたお兄様は機嫌を直してからずっと、隣に座る私を見つめては目尻を下げ表情をゆるめている。今だって明日城でも一緒にいられるなら嬉しいと顔に書いてある。
お兄様はまた私を抱き締めると、顔の見えない状態のまま苦笑するような音をもらした。
「でもティア。大事なお話なんて言うからてっきり僕は、先日の皇城での一件を話してくれると思ったんだけどね?」
「え……」
「さっきアル殿下が心配して、全部ルークと僕に話してくれたよ。」
体がぎくりと反応するのが分かった。抱き締めているお兄様からは顕著だっただろう。
アルめ、あんなに報告しなくていいと繰り返したのに。心配してくれたのは分かっていても思わず悪態をついてしまう。初めお兄様の機嫌が悪かった理由が分かった。
「お兄様、ローザフィア様とはちょっとお話ししただけよ。私は何ともないわ。だから夜会は気にせず楽しんできてね?」
「はあ、分かった。ティアに怒りの矛先を向けられるのは困るしね。夜会ではなにもしないよ。」
自分の胸に押さえつけた私の頭をぐりぐり撫で回しながら返すその言葉の後半部分に若干の不安はよぎったものの、とりあえず明日は何事もなさそうなのでよしとしておいた。
話し終えた後お兄様は夜も遅いからもう寝るようにと私の頬にキスを落として、そのまま自室に下がっていった。




