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転生しちゃった (1)

 ――5年後、シュテルンブルーメ公爵邸内。



 家族専用の小規模サロンは、客人用とは違い全体的に落ち着いている。


 華美なものより可愛らしいものを好む長女や、見栄えより質の良さを取る公爵と嫡男に合わせて整えられた家具類は、皆の希望をそれぞれ取り入れたにも関わらず見事に調和していた。屋敷管理を全て担当している公爵夫人のセンスの良さが見て取れる。



 私、ミーティアと兄ウィルフリードによる恒例のお茶会は、いつもと様子が異なっていた。



 目の前に置かれたティーカップには、ガラス製の青い小花が側面に装飾されていて、持ち手の上部に小さな星がついている。嗜好に合うそれは、今までに見たことがないものだ。


 公爵家料理長ヤン自慢のスイーツが並べられるはずのテーブルには、以前ルークお兄様がお土産にくれた皇城専属料理人のストロベリータルト。つやつやした苺の甘さと中の重すぎないカスタードのバランスが絶妙で、私のお気に入り。


 前回は一口一口惜しむように食べていたら、ウィルお兄様とルークお兄様が「これも食べる?」と同時に自分の分を私の前に置いてくれた。ただそんなには食べられなかったので、お礼を言った後それぞれにあーんで半分ほど食べさせてあげるととても喜んでくれたのだった。



 ルークお兄様の訪れがない今日、それがどうしてここにあるのかと疑問に思う。


 けれど一番おかしな点は、いつもお茶会を何より心待ちにしてくれるお兄様が、蒼白な顔で俯いていることだった。膝の上で握り締めた手は力が入りすぎて真っ白になっていて、全身から悲壮感が漂っている。



「ウィルお兄様、一体どうなさったの?お顔が真っ青!手もそんなに握ったら傷になってしまうわ。」


 常時穏やかなお兄様の尋常じゃない様子に気づき、慌てて立ち上がり駆け寄る。そっとその両手を解こうとすると、お兄様は突然立ち上がり私をガバッと抱き締めた。


「ティア……僕の可愛いティア。不甲斐ない兄を許してくれ。僕を嫌わないでくれ……」


「お兄様を嫌うわけないわ!」


 ぎゅうぎゅう締め付けられ訳も分からないまま不安になっていると、見かねたお兄様の専属侍従ギードが二人を引き剥がし、部屋の隅に控えていた私の専属侍女ソフィーが私を再び座らせてくれた。



 ギードもお兄様を促すが、一人がけのソファーの前で立ち尽くしたまま動かない。ギードは呆れたように溜息を零した。


「こうなると若様は長いので、僭越ながら私がご説明させて頂きます。」


 お兄様の扱いに慣れている彼はそう言って、丁寧な仕草で私に一礼した。


「実は、若様がご入学予定のシュテルン学園が本年度から全寮制へと移行されたのです。皇太子殿下のご入学に合わせ、『次世代の中心となる若者達で生活を共にし縁を結んでほしい』と皇帝陛下がご決断なされたそうで。」


 シュテルン学園?全寮制?


「従って若様は来月から寮暮らしとなります。お嬢様のお傍にいられなくなることをそれはそれは嘆いておいで、こんな状態に。」


 ギードが説明を終えると、お兄様は諦めたように脱力した。



 お兄様が屋敷からいなくなる。そう簡単には会えなくなってしまう。普段の私なら確実にショックを受けて泣いているはずなのに、何か違和感を覚えてそれどころではない。


 全寮制への移行。どこかで聞いたことがある気がする。おかしい、ギードは本年度からと言っているのに。どうして知っていると思うのだろう。



「例外制度を導入しようとルークに進言してみたけど、陛下のご命令ではどうしようもなかったんだ。」


 お兄様が悔しそうに呟いてソファーに座り込んだ。開いた足の上に肘を乗せ、両手を額に当てて項垂れる。


 私はズキズキとした激痛に襲われて耐えられず、頭を抱えて俯いた。端からは落ち込んでいるように見えただろう。いつものお兄様なら異変に気付いたはずだが、沈んでいる彼は私の反応を恐れているのかこちらを見ていない。


「もちろん週末には出来るだけ帰ってくるつもりだよ。でも側近としてルークの公務の手伝いもあるから、どこまで融通が利くか……」


 ううう……とお兄様の唸り声が聞こえた。どうにもならないと分かっていても、妹の私をこよなく愛する彼の葛藤は大きいようだ。


「ルークもティアになかなか会えなくなるのは寂しいと言っていたのだけどね……。今は忙しくて城を離れられないから、ティアへの贈り物としてティーセットとお気に入りのスイーツを預かってきたんだよ。」


 ウィルお兄様の言葉がもう頭に入ってこない。何かの記憶が頭を駆け巡ってぐるぐるしている。



『ウィルがいなくなって寂しいだろう。私の昔馴染みのお嬢さんで、行儀作法を学ばせたいというからティアの友人として面倒を見ることにしたんだ。』

『初めまして! ミーティアお嬢様。』

『君が例のティアの友人か。ウィルから聞いているよ。何か困ったことがあったら言ってくれ。』

『ティア、私好きな人ができたの。ティアも知ってる人よ。』



 ――障害を乗り越え頬を染めて見つめ合う男女と、それを嬉しそうに見守る私。



 この光景は……?


 ぐらぐらと体が揺れた。

 あれ、私座っていたはずなのに。お兄様とギードがなにか言っている。ソフィーが慌てて駆け寄ってきた。



 その記憶を最後に、私の意識は途絶えた。


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