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執務室の出来事 (1) ※ルーカス視点


「ルーク、こちらの書類はもう終わります。そろそろ解散しませんか?もう夜になりますよ。」


 斜め向かいにある側近用の執務机で書類処理をしていたウィルが、痺れを切らしたように言った。先程から表情に出ないまでも、明らかにそわそわしているのが伝わってくる。この後公爵邸に帰宅できるからだろう。ちなみに今日この発言をしたのは4回目だ。そんな状態でもあれだけあった書類をもう終わらせたというのだから、ウィルの処理速度は計り知れない。


 デビュタントを明日に控え、俺とウィルは準備のために帰城し皇太子執務室で溜まった書類を片づけていた。学園の授業が終わった後も寮の部屋で処理しているとはいえ、夜会準備に学園運営、生徒会やウィルが持ってくる諸案件まであるのだ。正直きりがない。側近を増やしたいが信用できる奴などなかなかいない。いっそレオンやアルに手伝わせるか。


「まだそちらにもあるだろ。大体仕事を増やしてるのはおまえだ。学園のセキュリティ、寮の門限、あげくに人事にまで口を出してきて。」


「人事は生徒を邪な目で見ている輩がいたから報告させて頂いたまでです。実際グレーな行動をしていましたし、大きな問題になる前に消えてくれてよかったでしょう。後任は人柄もしっかり調査しましたから大丈夫です。」


 ウィルは処理が終わったらしい書類を纏めながらにっこりと笑った。この笑顔に多くの令嬢がやられるらしいが、俺から見れば毒しか入っていない顔だ。ウィルは基本、不機嫌な時程満面の笑みになるのだというのに。


「おまえの観察力には驚かされるが、調査の理由が私情しかないからな。」


「きちんと学園に貢献していますよ。癌になる要因は取り除かないと――ん? お約束でもありましたか?」


 少し控えめにドアをノックされた。


 訪問予定はなかったはずだが。入っていいと告げると、遠慮がちにドアを開けて入ってきたのはアルドリックだった。


「兄上! 今大丈夫?」


「ああ、ひと段落はしたから問題ない。どうした、ここまで訪ねてくるのは珍しいが。」


 アルは基本、俺の執務の邪魔はしたくないと言ってここには来ない。何か問題でもあったかと疑問に思っていると、少しだけ気まずそうな顔をしてウィルのことをチラッと見た。


「私は席を外しましょうか。お邪魔になるといけませんのでいっそ今日は退出いたしましょう。」


 良い口実を得た、と嬉々として机上を整え立ち上がりかけたウィル。普段から綺麗好きではあるが、今日はいち早く退出できるようにだろう。いつにも増して物が少なかったため片付けに10秒もかからなかった。もう少し処理を進めておきたかったが仕方がない。今日はもう終わりにして解散するか……と告げようとしたとき。


「いや、その。ティアの話なんだけど、ウィルは聞かない方がいいかなーって……。」


 アルが目をうろうろさせながら言ったその瞬間、見事にピタッと固まったウィルはその表情を引き締めると、椅子に腰掛け直して組んだ手を机上に乗せた。絵に描いたような“聴くポーズ”だった。分かりやすいやつだ。

 ティアについてなんて言ったらこうなるのは分かりきっている。アルは素直なやつだ。隠せなかったのだろう。


「アル、諦めろ。ティアの話というと、先日の父上達との謁見か?招待したということは聞いているが。」


 その言葉に肯定を返したアルは、母上とのお茶会後の状況を詳細に語った。よくそこまで記憶できたな、というくらい一言一句全て。

 そのあまりな内容に愕然とした。アルが嘘をついているとは思わない。俺の婚約者候補であるローザフィア嬢の性格は人伝に聞いているし、稀にしか会わない俺の前でさえ人を見下すような発言をしたこともある。


 全てティアに問題があるような言い方をしているが、結局ただの妬みだろう。きっかけや事情はあるにせよ、父上と母上がティアに目をかけているのは親戚だからではなくティアだからだ。ティアはなぜか自分を不出来だと思っているようだが、彼女が受けているのは高位貴族向けの高度教育だ。それを13歳の令嬢が"ほどほど″レベルでも修めることがどれだけすごいことか。それに最近はより難易度の高い内容に挑戦し、本での自主学習もかかさないため飛躍的に伸びていると聞いている。過保護な周りのせいで世間知らずではあるが、甘やかされてばかりなどではない。いつも気遣いができる優しい子だ。


 俺はティアと初めて会った時のことを思い出す。

 幼い頃から使用人を人とも扱わない貴族が多い中、ティアはふとした会話の中で侍女に花の好みまで尋ね、楽しそうに会話をしていた。綺麗な花が城にしかないのはもったいないと言いつつ、でもこの花は目立ちたくないのだろうかと気にする。花にまで気遣うティアと、その少し前ウィルと共に対面したローザフィア嬢を比べてあまりの違いに柄にもなく笑ってしまったのだ。


 ローザフィア嬢が言う噂は、公爵家を貶めたい一部の貴族と下世話な噂好き達が、表に出てこないティアを変に勘ぐっているだけだ。当然そんな噂ばかりではなく、優しく愛らしい公爵令嬢として名高い。実際公爵にはデビュタント前にも関わらず彼女の婚約話が降るように寄せられていると聞いている。アルと婚約してくれたらティアを本当の妹にできると考えたこともあったため、少々複雑ではあるが。


「分かった。報告感謝する。ローザフィア嬢か……話には聞いていたが、正直そこまでだとは思ってなかった。だが案内の件は少々問題にしても、実害がない以上公爵令嬢相手への嫌味だけでは罰しようがない。下位貴族ならともかく、相手は皇太子妃になる人間だ。」


 よりによってティアにとは相当不愉快ではあるが、まだ候補とはいえ皇太子妃教育も受けている実質内定者だ。俺の学園卒業までに婚約し、彼女の卒業に合わせて婚姻を結ぶことになる。元々この国では、婚約は互いのデビュタント以降にするのが決まりだ。それまでは事前に打診をして両家で内々に決定することしかできない。フォルモント家はおそらく最短である1年後の婚約を望んでくるだろう。


 そういえばウィルが静かだな。真っ先に喚くと思ったが。不思議に思い視線を向けると、筆舌に尽くしがたい満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「アル殿下。」


 心の芯まで凍りそうな冷たい声だった。いや、むしろ魔力漏れてないか。執務室を凍らせるのはやめてくれ。


「ティアを助けてくださって心から感謝致します。あの子は迷子になりやすいのです。大事にならなくてよかった。」


「いや……。」

 お礼を言われているはずのアルが怯えている。


「慰める、ねえ……。数度挨拶しただけの男相手に。まったく、品がないのはどちらですかね。ええ、いいですとも。慰めて頂きましょうか。明日はぜひダンスにお誘いしましょう。何を言ってくれるのか楽しみですよ。ティアを傷つけた罪はどう贖ってもらいましょうね。ふふふ……。」


 小声でぶつぶつと呟き始めたウィルを前に、とうとうアルは俺の後ろに隠れ出した。ウィルのシスコンぶりは知っていても、ここまで狂気的なものだとは思っていなかったのだろう。こうなったウィルは非常に面倒だ。正直放っておきたいがそうもいくまい。


「ウィル。話を聞く限り、ローザフィア嬢はおまえに好意がある。そのおまえがローザフィア嬢を攻撃すれば怒りの矛先はティアにいくんだ。今は抑えておけ。それより今日はもう帰って、ティアの傍にいてやれ。」


 納得いかなそうなウィルを無理やりに執務室から追い出す。何を言っても止まらないならティアの元へ送るのが一番の薬だろう。

 ウィルが部屋から出て行ったのを確認すると、後ろでアルが安堵の溜息を吐いた。


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