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幼馴染の助け

「さて、どうしようかしら。」


 口に手をあててうんうん唸る。そもそも私は方向音痴だ。使用人を探せばいいのだろうが、むやみやたらに歩いて禁止区画にでも入ってしまったら目も当てられない。


「……なあ、俺が助けてやろうか?」


「っ!?」


 周りには誰もいなかったはずだが。急に声が聞こえたため体が飛び跳ね、思わず廊下の壁に身を寄せる。


「あー悪い悪い。こっちだ。窓の外。」


 ここは1階。もしかしてずっと外に人がいたのだろうか。そう言えば窓が少し開いていた。顔が真っ青になるのを感じつつ、その窓を開き覗き見る。


「よっ!」


 そう言って壁を背に座り込んだ状態でニヤニヤ笑って手を上げた人物に、今度こそ私は小さな悲鳴を上げた。



  ◇◇


「落ち着いたかー?」


「ええ、ごめんなさい……。」


 窓の外にいたのは、この国の第二皇子殿下。攻略対象者だ。

 予想外の出来事に私が悲鳴を上げて結局座り込んでしまったので、窓から建物内へ入ってきて落ち着くのを待ってくれた。


 アルドリック・フォン・シュテルンツェルト。

 唯一の同級生枠。カーマインの短髪に、ゴールドの瞳、星眼。普段はやんちゃだが兄であるルーカス殿下を慕っており、根は素直なタイプ。兄が気にかけるヒロインに初めは少し反発するものの、悪役令嬢に苦しめられるヒロインを放っておけず見守っているうちに惹かれていく。最終的にはヒロインに懐き、甘えるようになるわんこ系だ。


「アル殿下、それでいったいどうしてそんな所に?」


「おまえ、今更殿下とかつけるな。その窓の裏側、ちょっとした休憩スペースになってるんだ。俺のお気に入りの場所。そこで休んでたらおまえらが来たから見物させて貰ってた。」


 ははっと悪びれず楽しそうに笑うアルはとても可愛い。まだ13歳ということもあるが、ルークお兄様と比べて親しまれやすい明るい顔立ちなのだ。ミーティアに対しては幼馴染といった態度で、文句を言いながらも世話をやいてくれる。ただ同時に、兄が気にかけるミーティアに嫉妬しており、何かと対抗心も燃やしているようで少しだけ意地が悪い。


「一部始終見ていたのですね。声をかけてくださればもっと早く解放されましたのに。」


 皇族方についての言い合いを聞かれた気まずさと、迷子に気付かれた恥ずかしさから少しだけ拗ねた気持ちになりむくれる。


「それは野暮だろー。一方的に見えて、案外見応えある勝負だったしな。まぁおまえが泣きでもしたら助けに入ろうと思ってたよ。泣きもせず冷静にやり返すなんて意外だったけどな。」


 泣きはしなかったが結局色々なショックから座り込んでしまったため、今は羞恥で泣きそうだ。気を張っていたのが緩んでしまったらしい。悟られてはたまらないので俯いて黙り込みを決める。


「お、おい。悪かった、からかったわけじゃない。その、なんだ……頑張ったな。」


 今優しい言葉をかけないでほしい。頭をポンポンするな。幼馴染の気安さはこういう時卑怯だ。あーもう自分が未依なのかミーティアなのか分からない。涙目で睨むように見つめると、戸惑ったような、焦ったような顔をする。

 いや、八つ当たりなのだ。彼が悪いわけじゃない。自分が不甲斐ないだけ。首を振ってなんとか気持ちを切り替えると、ゆっくりと立ち上がった。


「違うの、ありがとう。もう大丈夫ですわ。――それで、アル。休んでいたって、まさかまた逃げましたの?」


 話を変えるべく気になっていたことを尋ねる。アルの休んでいた、は大抵ろくな時じゃない。


「きょ、今日は違うって。たまたまだよ。……ちょっと煩わしかったんだ。」


「あ……。」


 そうか、アルは貴族を避けてここに来たのか。嫌悪と憂愁に満ちたその表情に察する。


 実はアルには複雑な事情がある。アルは皇后陛下ではなく、皇妃殿下の息子なのだ。

 この国は一夫一妻制だが、皇帝と皇太子にのみ重婚が認められている。ただし推奨されている訳ではなく、やむを得ない場合などに限るが。私が記憶を取り戻した後、皇太子に恋したくないと思ったもうひとつの理由だ。


 現皇帝は皇太子時代から、身分の低い皇妃を愛していた。しかし先代からも周りの貴族達からも認められず、現皇后エーデルとの婚約話が持ち上がる。苦悩する皇帝に手を差し伸べたのが当のエーデルだ。

 自分は皇后として立派にお役目を果たします。ですから殿下は皇后として私を尊重してください。そうすれば、殿下の愛する女性を皇妃として迎えても誰も文句は言わないでしょう、と。


 それに感謝した皇帝はエーデルを皇后として精一杯遇し、見事に公務をこなす彼女の優秀な子を皇太子殿下とする。反対に皇妃として迎えた女性は出来る限り隠され、皇妃が産んだ第二皇子を皇位継承権争いに巻き込まないよう手を回した。

 元々髪色も瞳の色も皇族の証を受け継がなかった第二皇子は、星眼を持っているとはいえ皇位継承権はかなり低い扱いになる。名前も、皇室と公爵家に産まれた者ならばつけられるはずのセカンドネームをわざとつけなかった。


 皇妃は気を使って公の場に出てくることはほとんどないが、皇后との関係は円満だそうだ。皇后は第二皇子にも分け隔てなく接しているし、第二皇子は優秀な皇太子を尊敬している。

 しかし、そうは思わない貴族達がいるのは事実だ。第二皇子を傀儡とすべく近づき、皇太子や皇后が憎いだろう、クーデターを起こさないかと言って唆す。


 おそらくアルは今日もそういった貴族達から逃げてここに隠れていたのだ。ルークお兄様を尊敬してやまない彼が、その誘いに乗るはずがない。自らは皇位に興味がないと言わんばかりに、勉強をサボって教師から逃げ、剣の修行に明け暮れているのもしょっちゅうだ。


「そうでしたの。ごめんなさい。――えっと、アル。公爵家の待機部屋、分かりますの?」


 申し訳ないことを言ってしまったと思っていると、アルはその話は終わりとばかりに歩き出したため慌てて追いかける。


「当然だろ、俺の家だ。安心しろ、連れてってやるから。それにしてもあの女さすがだな。案内を放棄して置いていくとか、相変わらず性悪だ。」


 ローザフィア様は、平民や身分の低い者は卑しいとして蔑む。身分の低い母を持つアルへの接し方は想像に難くない。私は何とも言えず、肯定も否定もしないまま苦笑いで返した。すぐに追いついた私の歩幅に合わせて歩いてくれるアルを、どうして蔑めようか。


「なあ、さっきの件、兄上に伝えておいてやるよ。デビュタントの準備でもうすぐ帰ってくるから。」


「い、いえ大丈夫ですわ。置いていかれたのは少し困ったけれど、あのくらいの口論何でもないのだし。ルークお兄様に心配をかける程のことではないわ。それに、ルークお兄様の大事なご婚約者候補であるローザフィア様のことを告げ口なんてしたくないんだもの。」


 本当は過保護度が上がるのが嫌なのと、ルークお兄様から伝わるであろうウィルお兄様の反応が怖いため。それに妹キャラ脱却を目指しているのに、この程度のことで頼っていたのでは話にならない。……道については別だが。


 渋るアルを宥めている間に、大分遠かったらしい目的地へたどり着いた。やはりローザフィア様に別方向へ案内されていたのではなかろうか。元々目的地は一緒だっただろうに、わざわざ嫌がらせのためだけに遠回りしたのか。


「アル、案内本当にありがとう。さっきのことは本当に言わなくて大丈夫よ。またお会いしましょう。」


 見送りはいらないと言ったアルに挨拶をして部屋に入った私は知らなかった。


「俺はやっぱり、あんな女を兄上の婚約者になんてしたくないんだよなー。だからごめんな。」


 そう呟いたアルの歪んだ表情を。そしてなにより、彼のルークお兄様に対するわんこ度を見誤っていたのだ。


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