悪役令嬢の事情
庭園から建物内に戻り、揃って無言で廊下を歩く。
ちらっと隣を見ると、もう隠すのをやめたのかとても不機嫌そうだ。きつい目つきが更に鋭くなっていて、彼女の薔薇の香水の香りで息苦しくなった気さえする。
皇城内で何かすることはないだろうが、学園では嫌味を言うだけに留まらず、ヒロインを魔法で攻撃したり階段から落としたり、裏家業の者に誘拐させようとしたりする典型的な悪役なのだ。
いや、だからゲームの先入観だけでは見ないと決めたはずだ。今のローザフィア様は何も悪いことをしていない。そもそも少なくとも19歳の精神年齢であるはずの私が14歳の女の子に怯えてどうする。彼女が私に嫌味を言いたくなる気持ちも分からなくはないのだ。
ローザフィア様の母で現皇后の姉でもあるフォルモント公爵夫人は、黒髪ローズレッドの瞳で特殊眼持ちではなかった。昔から妹のブロンドや特殊眼が羨ましかったが、そんな妹が当時の皇太子妃に選ばれたことで羨望が憎悪に変わり、姉妹は仲違いする。
そのまま自身は政略結婚で公爵家に嫁ぎ1男1女を産んだ。どちらも特殊眼を持っていたため夫人は溺愛するが、嫡男が病気で亡くなってしまう。公爵は妻と娘に愛はなく、嫡男にのみ目をかけていた。そのため夫人はより娘に執着し、皇太子妃になるよう言い続けているらしい。
父は厳しく冷たい中、愛してくれる母は皇太子妃になってほしいと繰り返す。ローザフィア様が皇太子妃に執着するのも当然だ。
ぐるぐる考え事をしながらも、急いで解散しようと早足になっていたようだ。実はローザフィア様が私の案内を買って出たおかげで、他に案内役がいない。周りに人が居なくなった辺りで、彼女は立ち止まった。
「貴女に忠告しておくわ。皇族の方々に気に入られているからって、あまり調子に乗らないことね。叔母様なんて呼び方、失礼でしょう。貴女がいると品位が下がるわ。」
何事もないようにと祈っていたが、やはりそうはいかないらしい。それに嫌味ではあるが、そんなにおかしいことは言っていない。集団で囲まれたりもしない今は怯えなくてすみそうだ。ただ先程と違い直球で言われている分流しにくい。
「ええ、気をつけますわ。皇族の方々には感謝しておりますが、気に入られているなんて恐れ多いです。拙い私を親戚のよしみで気にかけていただいているだけでしょう。」
なるべく神妙に頷いておく。お願いだから今は見逃してーと念じながら。ローザフィア様はその言葉を聞き、フンッと小馬鹿にしたように笑った後頷いた。
「そうね。貴女、自分が"甘やかされてばかりの何もできない身分だけの子"なんて噂されているのを知っていて?ウィルフリード様に寄りかかってばかりなんて、彼がおかわいそう。学園が全寮制になってよかったわね。きっと解放されて泣いて喜んでいるわ。」
……気にしない、気にしない。甘やかされてばかり、寄りかかってばかりなのも事実。解放されて泣いて喜んでは……うん、おそらく泣いているわね、寂しくて。想像して思わず苦笑してしまいそうになる。
実はゲームの悪役令嬢はウィルフリードに気があったという裏設定があるのだ。妹に優しいウィルフリードに自分の亡くなった兄を重ねているため、よりいっそうミーティアが気に入らない。今のローザフィア様がどうなのかまでは分からないが、ウィルお兄様の名前をこの場で出すということは多分そういうことなのだろう。
「それに貴女、随分幼稚な容姿をしているわね。少女ドレスがよくお似合いよ。ルーカス殿下が貴女を妹扱いするのも当然ね。わたくしは今度のデビュタントに特例として出席するの。殿下のパートナーとしてね。だから貴女の相手に疲れている殿下とウィルフリード様をお慰めしてさしあげるわ。きっと気付くはずよ、自分達の妹はつまらない子だってね。」
ウィルお兄様のことを考えて返事をせずにぼーっとしていたからだろう。気にしている所を、たたみかけるように集中攻撃してくる。これがゲーム通りの臆病で弱いミーティアだったら確実に傷ついて泣いているはずだ。
だが私は前世で一通りの悪口を経験してきたのだ。門限があってろくに出かけられずまともに友人がいない私は恰好のターゲットだったのだろう。暴力は怖いが、精神的攻撃には多少耐性がある。
辛くないわけでも気にしないわけでもないが、苛立ちもしない。でも基本流すだけで上手く言い返せもしない。現状ほぼ同格の令嬢に対し下手に出て嫌味を流すだけなんて、貴族社会では力不足だろう。その事実に軽く俯き目を伏せる。
それを見たローザフィア様は好機とばかりに更に言い募ろうとするが、それより私が顔を上げる方が早かった。これだけは言っておかねばまずいと思ったからだ。
「お気遣い痛み入ります。ですが、私達兄妹のことでローザフィア様のお手を煩わせるわけにはまいりませんわ。ローザフィア様は皇太子殿下の婚約者候補でいらっしゃいます。もし万が一にもウィルお兄様とのお噂が立ってしまうことになれば、おふたりにも殿下にも申し訳が立ちませんから。」
別室で二人きりで会話をするとか、そんなつもりで言ったわけではないのだろう。だが、彼女の方がよく分かっているはずだ。夜会の場で男性をお慰めするなんて、公爵家の失脚を狙う貴族達にどんな餌を与えるかを。皇太子妃になりたい彼女にとってそれは痛手であると。
しかし、なにより私が一番心配なのは、慰めという名の私の悪口を夜会で聞いたウィルお兄様の反応だ。お兄様は決して短慮ではないからその場でどうこうはしないだろうが、後々の報復が怖い。
それにこの程度のことでわざわざ意中の男性から恨みを買ってしまうのはちょっと申し訳ないと思ってしまう。ローザフィア様はお兄様のシスコンぶりを知らないのだ。ルークお兄様が聞いたところで皇太子として冷静に流すか、あまり考えたくはないが婚約者候補の言うことに多少同意するかだろうから問題ないだろうが。
そう返してくるとは思わなかったのだろう。ローザフィア様は言葉に詰まったような顔で黙り込み、顔を真っ赤にして私を睨んできた。ローズレッドの瞳が憤怒の色に染まっていて、さすがに少したじろいでしまう。
が、しかし彼女はそれ以上何かを言ってくることはなく、
「時間を無駄にしてしまったわ。お先に失礼。」
と言ってもう私を視界にも入れずに去っていってしまった。
その背中が廊下の角を曲がり完全に姿が見えなくなったところで、私は安堵の溜息を吐く。気分的には座り込みたいが、皇城の廊下でそれはできない。
「はあ、疲れたわ。というか、案内してくれるんじゃなかったのかしら……。こんな所初めて来たのだけど、どうしよう。」
皇族方とお会いする場合は、基本皇城の使用人が指定場所まで案内する。その間連れてきた侍女や護衛は、高位貴族や役職付きであればそれぞれに割り当てられた専用部屋に、それ以外は共用の応接間に待機させるのだ。本来であればその待機部屋が集まっているエリアに案内してくれるはずだったのだが……。
どう見ても見覚えがない。
「もしかして、迷子……?」
妹キャラ脱却は、前途多難である。




