皇帝陛下への謁見
中央に赤いカーペットが敷かれている絢爛な一室で、私は今深く膝を折り頭を下げていた。
着ているのは盛装で、春らしい菫色のシフォンドレス。少女向けデザインのドレスだが、バックがレースアップになっていて少しだけフェミニンな印象も受ける。
いつもより高いヒールの靴と緊張で気を抜くと足が震えそうになるが、そんなことはおくびにも出さない。目の前にいるのは親戚の叔父さん、親戚の叔父さんだ……と自分に暗示をかけていく。
「久しいな、ミーティア。一度倒れたとリアムから聞いたが、息災そうでなによりだ。顔をよく見せてくれ。」
シュテルンツェルト帝国の象徴たる星空が天井に描かれているこの部屋は、皇城の謁見室だ。
対面のやたら重厚感のある椅子に腰掛けているのは、この国の皇帝ルートヴィヒ・ヨハン・フォン・シュテルンツェルト陛下。
皇族の証であるロイヤルブルーの髪にスターサファイアの星眼。男性的な綺麗系のルークお兄様と比べややつり上がった厳しい目付きだが、その射るような視線から感じる色気は間違いなくルークお兄様に受け継がれている。
だが顔を上げて見えた陛下の瞳の奥にあるのは、温かい親愛だ。従兄弟で旧友の公爵の娘。息子が目をかけている妹分。おそらくそんな理由から、折に触れて皇城へ招待し、わざわざ会う時間を作ってくれる。
「ご招待いただき感謝致します、皇帝陛下。その節はご心配をおかけしました。」
失礼にならないようやや微笑み加減で。不躾にならない程度に顔の中心よりやや下を見て。指先まで細心の注意を払って淑やかに言葉を返すと、陛下は瞠目し、ほう……っと吐息と言葉の間のような音をもらした。
「ミーティアもすっかり淑女だな。以前より表情が格段に大人っぽくなった。だが、この場は謁見室ではあるが私的な招待で、公式の場ではない。気楽にして昔の様に接してくれないか?」
陛下からこの様な寛大なお言葉を頂けるのは、ほんの一握りの限られた人物だけだろう。それを思うとありがたい申し出ではあるが、今の私は一般人感覚が混ざっていてこの上なく緊張しているのだ。昔ってどんなだったっけとパニックになるくらいには。
しかし一呼吸置いて考えてみれば、私はすでに皇太子殿下に対し馴れ馴れしく接しているのだ。今更である。少しやけになった様な気持ちで開き直ることにした。
「分かりましたわ、ルー叔父様。久しぶりにお会いできて嬉しいです。」
引きつりそうになるが出来る限りの満面の笑みで、ゆっくりと近づいて軽く陛下に抱きつく。昔は駆け寄っていたが、これくらいは許して欲しい。挨拶のハグなんて今はそうそうしない。
「ああ。本当はルークの帰宅と合わせて会うつもりだったが、予定が空いたので先を越させて貰った。最近、随分と色々頑張っているそうではないか。教養とマナー、魔法の勉強の時間を増やしたいと強請られたと、リアムが自慢げに話しておったぞ。」
抱きついた私の背中を嬉しそうにポンポンと叩くと、今度はお互い手を取ったまま話し始めた。私の人の手を握る癖って、間違いなく幼い頃の私に対する大人達の習慣のせいだと思うのだけれど。
それにしてもお父様、お兄様へだけでなく陛下にまで自慢するのは止めていただけませんか。まさか商会とのやり取りやお菓子作りの件まで話してはいないと思うけど。一度確認しておいた方がいいかもしれない。変な噂が立っては困るのだ。
「ウィルお兄様が学園に通っていらっしゃるのですもの。私だって成長したところを見せて安心させたいのです。」
そしてゆくゆくは過保護にしなくても大丈夫。任せても大丈夫だと思ってもらえるようにしたい。綺麗事を言いつつ結局自分のためだ。
「そうか、我も嬉しいが他の者も皆同じ気持ちだろう。本当はどんどん花開いていくそなたをルークの嫁にしたくもあるのだが。」
告げられた言葉に驚愕する。確かゲーム設定ではミーティアは早々に候補から外れたことになっていたし、今までもお父様からそんな話を聞いたことはない。だからこそルークお兄様は私を初めから妹として接するようになるのだ。いくら大切にしてもらっているとはいえ、陛下にそんな気持ちが少しでもあるとは思わなかった。
「と、とんでもないですわ。ルークお兄様の婚約者候補であるご令嬢は私と同じ公爵家のお方。なにより候補の身でありながら既に皇太子妃教育を受けられていて、とても優秀な方だと聞いております。私なんて力不足です。」
「確かに彼女は優秀ではあるのだが……。ミーティアに力がないわけではない。二大公爵家と皇室の意向に沿って決まったことだ。まあ言っても詮無き事だ。我らはそなたに関しては決して縛るまいと決めておるのでな。」
含みのある言葉に、おそらくすでに悪役令嬢の片鱗を見せているのだろうと察する。確かヒロインがどのルートに行っても断罪されるが、そういえば皇太子ルート以外だと皇太子妃はどうなるのだろう。侯爵家以下から選び直しかな。
もしかしたらミーティアが婚約者候補にならなかったのは、その性格と能力、お父様の意向故だけではなかったのかもしれない。公爵家同士の関係性とか。
我らとは具体的に誰を指すのか、何故そうも特別扱いされるのかはよく分からないが、陛下がこう仰るのだ。イベントまでに婚約者候補の変更が出ることはないだろう。現皇后陛下に尊敬や憧れの気持ちはあるが、悪役令嬢を刺激したくはない。
「もうすぐデビュタントの夜会だ。ルークとウィルフリードの晴れ舞台でミーティアを招待できないのは残念ではあるが、仕方ない。せめて出発前にウィルフリードの夜会服を煽てといてくれ。公爵家跡取りが夜会中に不機嫌では多くの令嬢方が嘆くだろう。」
くくっと面白そうに笑う。陛下にバレているのは当然として諦めているが、できれば学園や夜会でお兄様のシスコンぶりが広まりませんように。イメージ崩壊にも程がある。
「ふふ、承りましたわ。ご令嬢方の夢を守るためにも。それに煽てなくてもきっとウィルお兄様は夜会服姿もお似合いになるので、思ったことを伝えるだけですわ。」
「ああ、頼むな。――さて、そろそろ皇后も待ち構えておろう。案内させるから会ってやってくれ。」
今回招待状を戴いたのは、皇帝陛下への謁見と皇后陛下とのお茶会の二通。デビュタント前の一令嬢に特別待遇が過ぎませんか。そもそも今まで皇城に上がる時はお兄様や両親と一緒だったので、両陛下にひとりでお会いしたことはない。
だが、貴族のお茶会に参加したいと『やりたいことリスト』に書いたのは自分だ。ならばこれも自分に対しての発破となるだろう。
皇帝陛下へ退出の挨拶をした後、私はひっそりと心の中で火種の準備をして、案内に従い皇后陛下が待つ場所へと向かった。




