好きなものを作りたい
「本題に入ろう。これがアロマストーンの完成品だ。問題なければこのまま3種、売り込もうと思ってる。」
そう言ってカイが渡してきたのは以前より更に精巧さが増していた。薔薇には葉の部分がつけられて精油がなくても香り高そうだし、猫は顔が描かれていて目がつぶらだ。マカロンはまるで本物のようにデコレーションがされている。
そして前回と違うのは、裏に流星と戯れている猫のマークが入っていることだった。
「これ、本当に採用されたんだ……。よかったの?商会の紋章の方がいいんじゃ。」
前回、商品化するなら商会の上層部以外には私の名前は伏せてほしいとお願いしたのだ。
アイデア出しして完成品に感想を言ったりしているだけで私の作品だなんてとても言えないけど、公爵令嬢の名前はそれを後押ししてしまう。
それは申し訳ないからと伝えると、ひとつの提案をされたのだ。それがこのマーク。今後私が関わった商品には必ずこのマークを入れて、貴族女性向けとしてシリーズ化していきたいらしい。
流星なんてあからさまなような気がするが星の国としてイメージはいいのだから仕方ない。それとなぜ猫なのか聞いたが、ミイって名前が猫っぽいから、だそうだ。
「差別化を図りたいんだ。特別なシリーズって名目の方が貴族は食いつくしな。ミーツ(猫ちゃん)シリーズだ。」
随分可愛らしい名前。カイはやっぱりお茶目なところがある。内心くすくす笑っていると、カイが商売モードでニヤリと笑った。もしかして笑ったことがばれたのだろうか。
「だからこのシリーズが長く続くよう協力よろしくな、パートナー殿。この完成品はこのままプレゼントするからさ。」
なんだか賄賂のようだが、新商品開発はこちらも望むところなので了承する。ついでにいくつか考えていたものを伝えておいた。まだ漠然と思いついただけなので、そもそもこの世界で作れるかなど吟味する必要はあるが。
それから私はテーブルの上に置かれたアロマストーンを汚さないよう少しよけた後、用意されていたケーキを手に取った。
今日のケーキは滑らかな舌触りのベイクドチーズケーキだ。ホイップが添えられていてチーズの酸味を上手く調和してくれている。今日もヤンのスイーツは美味しい。
そうだ、スイーツといえば……
「カイ。今まで日本の食材って出会ったことある?商会関係で他国の物が入ってきたりしないかな。」
「そうだなー。うちも歴史は古いからそれなりに国外にも縁があるが、ちょっと記憶にないな。商会では食べ物も扱ってるが、正直俺は専門外なんだよ。何か欲しいものがあるのか?」
「小豆が欲しいの。あんこを作りたいのよ。」
そろそろお菓子作りを始めたいと思っていた。
貴族令嬢がいきなりひとりで作ったら不審に思われるので、ヤンに教えを請うというていで簡単な物から作るつもりだが、どうせなら自分が好きな物も作りたいし食べたい。
私はあんこが大好きだ。和菓子も好きだが、一番好きなのはあんこと洋菓子のコラボスイーツ。
「分かった、ちょっと探してみるわ。もし見つけたらミイが考えているレシピを商会にくれよ。商会の来客にお茶菓子として出すと受けそうだ。それが探す条件な。」
分かりやすく条件を提示してくれるカイに感謝しつつ頷いた。
◇◇
無事手に入るかは分からないが、どちらにしてもお菓子作りはしたい。作ること自体が好きだし、ウィルお兄様に手作りのものをプレゼントすれば喜んでくれると思ったのだ。
そういうわけで早速ヤンに相談しに行った。
「怪我にご注意くださるならば。」
私が厨房を使って練習することを頷いてくれたヤンはお父様より年上で、寡黙な仕事人だ。だけど新人にも丁寧に指示し失敗したときには必ずフォローしたり、私が落ち込んだときは家族に内緒でショコラをくれたりする。言葉は少ないが、行動がとても温かい人だ。
そんな彼には息子がひとりいる。料理人見習いとして公爵家で働いてくれているので、ゆくゆくは父親と同じように料理長になるかもしれない。
「大丈夫ですよ、お嬢さまー。僕がソフィーと一緒にしっかりお守りしますので!」
にこにこと人懐っこい笑顔を向けてくれたのは、その息子であるフランツだ。20歳になったばかりの顔が整った明るい男性なので、公爵家の侍女達に人気らしい。
「ええ、お嬢様。火を使う作業は私にお任せください。力仕事はフランツに。彼は料理の腕だけは確かですから。」
その彼女らしくない意外な言葉に思わずソフィーを見上げると、笑顔なのに冷ややかな目線をフランツに向けていた。棘のある言葉と初めて見るソフィーの様子に驚き、交互にふたりの顔を見比べる。
ソフィーはフランツのことが嫌いなのだろうか。優しくてしっかり者のソフィーが仕事仲間に冷たく当たっているのは初めて見た。フランツは少し悲しそうに笑っているだけで反論しない。
もし2人の仲が悪くてソフィーが不快な思いをしているのであれば、明日以降私がここに来るときは別の用事を頼んだりしてさりげなく同席していなくてもいいようにしよう。
「いいえふたりとも。気持ちは嬉しいけど、万全の注意を払うからなるべく見守っていてちょうだい。せっかく初めて作るんですもの。自分で上手にできたらまずお父様とお母様にプレゼントしたいわ。」
簡易な室内ドレスの袖を捲り、バンドで留めてから入念に手を洗って気合を入れる。
記憶がなかった時も含めれば約13年ぶり。今世の厨房の勝手は分からないし、レシピや食材なんかも相当違うだろう。慎重にならなければ思い掛けない失敗をする可能性もある。
「ヤン師匠。フランツ先輩。ご指導よろしくお願いします!」
その呼び名に慌てたふたりが必死に撤回を求めてきたが、私は頑として頷かなかった。教えを請う以上、師匠と弟子、先輩と後輩の関係だ。
私は多少の知識はあってもプロにもなれなかったただの元学生。公爵家の料理長など、本当なら指導を受けられるような立場でもない。公爵家の力を使っている以上、せめて指導中だけは線引きしておきたい。
ヤン師匠がまず教えてくれたのはオーソドックスなクッキーだった。復習するような心地で挑戦したのだが、これが案外難しかった。
いくら朝の散歩で体力をつけようが、腕の力は令嬢そのもの。すぐに引きつるし、作業ペースも遅い。
無属性魔法に身体強化ってあったかな。早急に覚えたい。それかハンドミキサーのような魔道具開発。
そうしてなんとか作ったクッキーは一応及第点と言えるもので、みんな筋がいいと褒めてくれた。
味見と称してその場にいる全員で分けた後、綺麗にラッピングをして両親へプレゼントする。少し緊張したがお菓子作りという新たな試みに眉を顰めることもなく、とても嬉しそうにその場で食べてくれた。
私が必要以上に気を張っているだけで、お父様もお母様も基本的に私がやりたい事に口を挟んだりしない。それが危険なことでなければ、とても自由にさせてくれている。
お兄様だって、私を否定することは全くないのだ。だからこそ早く自分の力でできることを増やして、皆の役に立ちたい。
お兄様にはもう少し内緒にして、上達してから学園へ届けて貰うか帰宅の折に渡すつもりだったが、数日後これでもかという程悲しそうな文面で催促のお手紙が届いた。
どうやらお父様からギード経由で自慢されたらしい。ギードは連絡役として公爵家と学園を行き来している。
バレてしまっては焦らすのもかわいそうなので、すぐに新しく作って届けて貰った。というか、帰宅が許されず日々荒れていくお兄様にうんざりしたギードが受け取りにきた。
これで少しは大人しくなるといいのですが、と真顔でクッキーを抱えるギードが不憫だったので、お兄様に見つからないようにしてねとお願いしながらもうひとつギード用に渡しておいた。




