殿下と新側近がやってきた
「ようこそお越しくださいました、皇太子殿下。」
私達家族はもちろん、使用人も総出でお出迎えだ。公爵家は殿下の来訪に比較的慣れているため、皆そこまで慌てはしない。
「皆、顔を上げてくれ。急に寄ってすまない。出発時間になってもウィルが動かないのではないかと思って、念のため引きず……いや、迎えに来たのだ。ティアにも会いたかったしな。」
「殿下。いくら私でもそんな子供みたいな真似はしませんよ。時間に遅れるくらいならティアを馬車に乗せて連れていきます。」
「おまえな……。やはり来て正解だったか。」
ウィルお兄様とルークお兄様が会話している横で顔を上げた私は、見事にフリーズしていた。
転生以降、ルークお兄様に会ったのはこれが初めて。それが制服姿ともなれば、固まる要因にもなるだろう。
お兄様より少しだけ高い背。その端正な顔立ちに、質の良いシンプルなクラバットと皇室の紋章が入った大きめの金縁飾りは反則級に似合っている。
15歳にしてその鋭い眼差しにすでに色香がただよっているのはどういうことだ。すでに変声期を迎えたその声は低音で深みと甘さがあり人を惹きつける。
妹として耐性のついているウィルお兄様を見た時とは違い、その非現実的とも言える美しさに圧倒されていた。これが推しの力。胸が早鐘のように鳴り響いて止まらない。
ただ、私が内心パニックに陥っているのはそれだけが理由ではない。ルークお兄様の後ろに一際背の高い、制服を着た男性がひかえているのだ。
騎士らしく剣を携えたその男性の首元には、クラバットの代わりにシルバーのカラーピンのみ。小柄なミーティアの背では軽く見上げてもその辺りまでしか見えないが、もしかしなくても新しい攻略対象者ではないだろうか。
「ああ、そうだった。2人にも紹介しておこう。彼は学園入学を期に俺の専属護衛騎士になった、騎士団長嫡男のレオンハルトだ。今後は頻繁に会うことになるだろう。」
そう紹介された男性は、緊張で強ばった表情のまま一歩前に出て一礼する。
やっぱりか。当然だがミーティアは攻略対象者と出会う時期が早い。半数以上が、学園が初対面ではなかったのだ。
「お初にお目にかかります。この度幸運にもルーカス皇太子殿下の護衛騎士を拝命致しました、ルーヴェ伯爵家嫡男レオンハルト・フォン・ルーヴェと申します。おふたりについてのお噂は前々から伺っております。とても麗しく優秀なご兄妹であると。」
「あなたがあの騎士団長の御子息ですか。騎士団の新人の中でも指折りの実力者だと伺っております。シュテルンブルーメ公爵家嫡男、ウィルフリード・エリアス・フォン・シュテルンブルーメです。殿下の側近でもありますので、今後はどうぞよろしくお願いします。」
「自分など、たまたま体格に恵まれただけで。一層精進させていただきます。どうか、くだけて話していただけると。公爵家の方に敬語でなど落ち着きませんので。ぜひレオンとお呼びください。」
「ああ、分かったよ。レオン、よろしくね。」
レオンハルト・フォン・ルーヴェ。伯爵家長男にして、騎士団長の跡取り。彼のことはほとんど覚えていない。ぶっちゃけあまりタイプではなかった。
ダークグレーの短髪に、きりっとしたアンバーの瞳。大柄で屈強な体格に、彫りが深めの男前イケメン。
眼力が強く威圧感があり怖がられそうな見た目だが、硬派で生真面目な性格。
皇族への忠誠心が高く幼少からひたすら鍛錬に明け暮れ、自身も3人男兄弟で育ったため女性に耐性がない。そのためヒロインには照れ屋でピュア。公式に出されていたそれくらいしか情報がない。
だが、それでも攻略対象者3人が並んで立っているこの光景には破壊力があった。
「ティア、どうしたんだ。随分ぼーっとしている。」
「え、ティア。もしかしてレオンに惚れたんじゃないだろうね!?だめだよ、ティアにはまだ恋愛なんて早いんだから!レオン、僕のティアに近づかないで!」
「い、いえ。私はこの体格ですから、むしろ怖がらせてしまったのではないかと。申し訳ありません。」
そう言ってレオンハルトが数歩下がったのを見てやっと我に返る。どうやら浮き世離れしたきらきら空間に見入っている間に、誤解されてしまったらしい。
ゲームではミーティアとレオンハルトの出会いなんてどうだったのか分からないので、ひとまず自分の言葉で挨拶しよう。
「い、いえ違うのです。怖いなんてそんなこととんでもない。皆様の制服姿が格好良くて素敵なので、見惚れていたのですわ。レオン様、私はミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメと申します。ウィルお兄様共々、これからよろしくお願い致しますね。それに皇太子殿下は私のもうひとりのお兄様のような方。こんなに大きくて素敵な手をお持ちのレオン様が守ってくださるなら安心です。」
怖がらせてしまったなんて誤解されて距離を取られたら、今後ヒロインとの出会いに支障が出るかもしれない。
怖くないよーと伝えるために、駆け寄ってレオンハルトの手を握手するように両手で握り、満面の笑みでしっかりレオン様の顔を見つめる。
うぅ、首が痛い。令嬢らしくないのと顔が少し赤いのは勘弁して欲しい。私もまだ動揺しているのだ。
怯えていると誤解されないための行動だったが、女性耐性がないレオン様には悪手だったらしい。
ほっとするどころか、顔を赤くして固まってしまった。逆に動揺させてしまったようで申し訳ない。年齢より幼い見た目のミーティアでもだめなようだ。いや、むしろ子猫のような動物も小さく壊れてしまいそうで苦手だったはずだから、ミーティアだからこそなのか。
「っちょ、ちょっとティア!男性の手なんかいきなり握っちゃだめ!ほら、こっちにおいで。」
真っ青になって慌てたお兄様に引き剥がされ、両腕で抱え込まれる。顔を胸に押しつけられているので視界が真っ暗だ。抱え込まれる前、一瞬だけ唖然としたルークお兄様の顔が見えた。
令嬢らしくない行為だったかもしれないが、そこまでおかしなことをしただろうか。カイやギードとだって握手くらいしたのに。
「ウィル、気持ちは分かるが落ち着け。もう出発の時間だ。」
「はい……申し訳ありません。」
ルークお兄様の取りなしのおかげで、もう一度だけ強く抱き締められた後すぐに解放される。いつの間にかだいぶ時間が経っていたらしい。
「やっぱり置いていくのが心配になってきたな……。殿下、今からでも特例制度を作りませんか?自宅通学か、妹同伴もしくは飛び級制度でも……!」
「落ち着けと言っているだろう。おまえは普段合理的なくせに、どうしてティアのことだけそんなに馬鹿になるんだ。ティア、あまりウィルを刺激してくれるな。」
やはり初対面で男性の手を握るのがまずかったらしい。
そういえば前世で相手の手を握るのは好意をアピールする方法だと何かの雑誌で読んだことがある。実践する機会など恵まれなかったが、もしかしてこれは軽い子に見えてしまうのだろうか。
ルークお兄様やギードは私を家族のように思っているから大丈夫だろうが、それ以外は気をつけた方がいいかもしれない。
カイは例外だ。彼は子供の顔をしたおじさ……いや、年の離れた大人だ。
「ごめんなさい、ルークお兄様。ルークお兄様から見てもし何か他にも問題があったら、その都度教えていただけると嬉しいわ。お兄様達に心配をかけたくないもの。」
推しである皇太子殿下に頼み事をするのはなかなか勇気がいる行為だが、ウィルお兄様にお願いしたら身動きがとれなくなるほど禁止事項が増えるだろう。後悔する未来しか見えない。今の私には他に頼めそうな人がいない。
落ち込みながらお願いすると、ルークお兄様は少しだけ複雑そうな顔をして私の頭に手を乗せた。彼は普段あまり表情を変えない皇太子として有名だが、昔から私には色々な顔を見せてくれるのだ。ヒロインと出会うまでは妹特権である。
「ティアは俺と会わない間に少ししっかりしてきたようだが、同時に小悪魔になったな。ティアが望むなら指摘くらいしてやるが、あまり急いで成長してくれるなよ。」
「ティアのどこが悪魔なのですか!どこからどう見ても天使でしょう!」
「ウィル、そこだけ拾うな。ティアが可愛いのは十分に分かっている。……さてもう出発するか。レオン、護衛の役目を忘れてはいないだろうな。注意力が散漫になっているぞ。」
「……っは!申し訳ありません!!」
どうやらレオン様はあのまま固まっていたらしい。レオン様の表情を窺うには身長が高すぎて、意識して上を向かないと顔が見えないのだ。
事の成り行きを苦笑しながら見守っていたらしいお父様が指示を出し、出発の手配をする。
「ではな、ティア。会える機会は少なくなるが、落ち着いた頃に皇城に招待しよう。父上もまたティアに会いたがっているしな。」
そう言ってルークお兄様は馬車に乗り込んでいった。
結局渋るウィルお兄様を引きずっていったので、原因の私が言うのは大変申し訳ないが、お迎えにきてくださったのは正解なのだろう。
ウィルお兄様のことを気にかけてくれるルークお兄様はとてもお優しくて大好きだ。
そうしてウィルお兄様の出立は、何だかごたごたした雰囲気のまま終わったのだった。




