はじまり
人が凶暴化するウイルスなど、映画の中だけの話だと思っていた。
地獄絵図。それが2026年の東京、あるいは日本を現す最適な言葉だろう。
後にワクチンも開発されたが、ほんのわずかな初期症状にしか効き目がない。空気感染、噛まれるなどで感染したら12時間〜2週間の潜伏期間のあと、24時間で凶暴化が始まる。終わりのない飢えに悶え、辺にある人や動物を襲いまくる。最後は共食いすら厭わない。
悲劇の発端は、かつて日本と中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシア、アメリカが戦争状態にあったことによる。第二次亜細亜戦争と呼ばれるこの戦争において日本は独立を掲げる台湾と組み、中国と北朝鮮、ロシアと対立した。戦争中国の支援を受けるロシアと北朝鮮の勢いが終始強く、日本海のかなりの面積を占領し、北朝鮮は韓国を占領、ソウルも攻略され、アメリカの軍事介入も虚しく大韓民国は滅びた。そして戦争末期、あの悪夢は訪れた。詳細は判明していない。だが、北朝鮮、中国、ロシアいずれかが撃ち込んだミサイルによって、正確にはその中に含まれていた有機生物兵器によって、日本は壊滅へと向かった。
発射されたミサイルは推定5発。ミサイルは目標上空で爆破され、中に含まれる子弾を広範囲にばら撒く。さらにその子弾一つ一つにウイルス兵器が搭載されており、たった子弾1つで一つの街を壊滅まで追い込んだ。
そのウイルスは感染経路が多岐におよび、その中で一番深刻だったのは空気感染と飛沫感染、そして接触感染だった。まず子弾が着弾した地点を中心に半径15kmは爆風により消し飛ばされ、半径60km圏内は大気中に高濃度のウイルスの雲が出来る。そして圏内にいる人間の感染率は推定80%に達した。感染してから潜伏期間を終え、12時間が経過するとまず40℃近い高熱が出て異常なまでの空腹感に襲われる。その後次第に凶暴化し、周りの「生物」に手当り次第攻撃しようとする。視力、知能は低下し、動くものや物音に異常に反応するようになる。また筋組織その物に大きな変化は見られないが、異常に力が強くなり、凶暴化に拍車がかかる。接触感染の感染率はほぼ100%に達し噛みつかれるとどんな健常者でも発現12時間後には獰猛な感染者になったのだった。
日本はウイルス攻撃の対応に完全に後手にまわってしまった。日本の首都圏にも着弾した影響で国家機能は麻痺、その結果ワクチンの開発はおろかこのウイルスが何であるかという解明すら満足に出来ない状態に陥り、それにより感染者への「対処」も出来ずにいた。ワクチンが開発されるまで凶暴化した感染者は「患者」とみなされ、積極的に殺害することが出来なかったのだ。
最初の着弾から1年後、崩壊した日本で生き残った"非感染者"たちは都市部を避け、閉鎖された山間部などの地方に身を寄せあって生活していた。その中で唯一関東で活動していたのが日本人、駐留米人、台湾人の有志で結成された「シーズ」だった。彼らは殺人をも厭わない。国の、法律のしがらみを無視して活動する「民間軍事組織」だといえば聞こえはいいが、今日の日本では法律上ただの犯罪集団である。もっとも、その法律とやらは以前のような存在意義を失いかけていたのだが。
そしてそこからさらに3年後
22:03 04/22/2030
「シェリー。大佐からもらった装備品リストに入ってたものを揃えたぞ。とりあえずガスマスクと防護服、お守りのSIGの9mmだ。受け取れ」
声をかけてきたのは備品部門のジュード。この部署に配属されてからいつも面倒を見てくれるやつだ。
「ありがとう。弾の予備は?」
「いい銃だろ?予備は2マガジンだな。」
カスタムされたP226。サプレッサーを装備した仕事人仕様。スライドを操作し、チャンバーが空なのを確認して腰のホルスターにしまう。
「なあシェリー、いつも左の腰に下げてる銃、私物なんだってな。ちょっと見せてくれないか。」
彼の視線は私の左腰に据えてあるピストルに向いている。
「これを抜く時は手入れをする時、もしくは撃つ時。そして今、残念ながらさっき手入れをしたばかり。気になる?」
左のホルスターに手をかけて彼の返事を待つ。
「遠慮しとくよ」
彼はおどけてみせた。
「あら、せっかく撃てると思ったのに」
「まあそれはいい。メインディッシュといこう」
彼は後ろの棚からアサルトライフルを取り出した
「豊和タイプ20、今回もこいつだ。」
「今回もって、前回は違うじゃない。私ハンドガンだけでほっぽり出されたのよ?そういう命令じゃなかったの?」
「そうだっけ?わりぃ、出し忘れちまった。おかしいなとは思ってたんだ!でも…」
バツが悪そうにおどけ方が鈍る
「次忘れたら…」
左のホルスターにまた左手を伸ばす
「ま、まあいいじゃねえか、怪我1つなく戻ってきたんだし…。それからスコープとサプレッサー、予備のマガジンだ。2つある。」
呆れた、この男リスク管理がなって無さすぎる。
「20にセーフティあってよかったわね。」
「上からの命令があったとしても、20のセーフティは残しておくよ」
「それが賢明かもね」
「あとこいつは詫びだ。受け取ってくれ。」
そう言って机に転がされたのは8発装填の9mmマガジン。
「これをどうしろっていうの?」
「左のホルスターに収まってるの、S&Wのオートマチックだろ。」
彼は左手で左腰を叩く仕草をした。
ちょっと小馬鹿にしたようなドヤ顔に腹が立つ
「残念ね。私のは45口径よ。」
「頼むから弾薬は揃えてくれないと困るね。」
呆れる彼を背に私は任務に向かった。
"hi Shelly,how's it going"
「それはオーストラリア。あたしはサンディエゴ。それからあたしは日本語喋れるから。何回も言わすな」
いきなり謎の英語で話しかけてきたのはケンゴ。今回ツーマンセルで動く任務の相棒。もちろん私が日本語を喋れるというのは知っている。頭が鶏サイズじゃない限り。
「おーこわ。」
「何回も言ってるけどあたし人生の半分以上横須賀に住んでたのに一々ヘッタクソな英語で喋られるとうんざりするんだよね。」
「へいへい、すんませんでしたー、あいむそーりー。そんなんだからいつまでたっても彼氏の1つも出来やしないんだ。」
ほう、オンナに、そして上官に喧嘩を売ろうってか。いい度胸だ。
"This is the order,shut the fu○k up bitch"
私の殺気を察したのかケンゴは両手を上げASVに乗り込んだ。
ASVとは装甲偵察車両の略でランドクルーザーをベースに車両課の奴らが改造をしたものである。
「そういえば、あんたこの前事故ってASV1台潰したんだって?代わろうか?」
「大丈夫だ。あんときはそのー、ちょっとよそ見してただけだって」
「ほんとかよ。まあいいさ、任務の確認するぞ。」
「ほんとだって。はいはい、副隊長殿。」
ケンゴがエンジンを始動させ、GPSを起動させた。
「筑波基地が通信不能になった。おそらく何者かの襲撃を受けた可能性がある。よって我々の任務は現地の偵察および斥候。現在地より車両で北東方向に90km移動しブラボーから5km地点より徒歩での移動とする。コールサインデルタ1。質問は?」
「移動経路が小規模都市の脇を通るが迂回するか?」
「状況によるが感染者の徘徊量はそこまで多くはない。今のところ突破を考えている。」
「御意。」
「よし。それからジョーカー地点を抜けたらヘッドライトを消し、暗視装置のみで走行するように。」
「御意。暗視装置作動確認。」
「よし、ガスマスク確認」
「マスク確認よし」
「行こう」
ギアをドライブに入れ、重々しい音と共にランドクルーザーは走り出す。
23:00 ジョーカー地点
「こちらデルタ1よりHQ、ポイントジョーカーを通過。どうぞ」
"こちらHQよりデルタ1、ジョーカー地点を通過を了解。暗視装置を起動させ消灯せよ。どうぞ。"
「デルタ1、暗視装置起動確認。消灯します。どうぞ」
"こちらHQよりデルタ1。ジョーカー地点の空気汚染度を報告せよ。"
「こちらデルタ1、ジョーカー地点の汚染度はフェーズ2。感染者の徘徊はありません。どうぞ」
"了解だデルタ1。引き続き偵察を続行せよ。通信終了。幸運を。"
「グッドラック……だってさ。ったく、ただアンテナ壊れたとかそんなんだろどーせ。」
「今日は違うかも。」
「なんで?」
「なんて言うか……その……」
「また"勘"か?」
「……そう」
「困るんだよなあ。お前のその勘が毎回当たるから。」
「…悪かったね。」
「その勘のおかげで今じゃ副隊長だなんてけったいな肩書きお持ちだもんなあ。俺まだヒラだってのに。」
「あんたは優しすぎるんだよ。」
「流石3つの班を束ねる副隊長様は言うことが違うねえ」
「違う……そんなんじゃないよ。」
「でもボスは"ジャンヌダルクがいるから"っていつも言ってんぞ。」
「あたしには天啓は降りてないさ」
私の勘はよく当たる。些細な事から重大な事まで。ただ、勘がはたらく時とはたらかない時もある。ボスはそれを天啓とかなんとか呼んでいて、私のコードネームをジャンヌダルクにしていた。
……火あぶりはごめんだ。
暗視装置を外すと月明かりが暗闇を照らしていた。こうなる前よりも星はずっと綺麗に見える。人の光が消えたから。
「目標まであと15km。準備は?」
「うん」
「心ここにあらずって感じだな。」
「星が綺麗だなって」
「こんな時に悠長だなあ」
「あたしには日常。」
「あの星、スピカだ。こんなに綺麗に乙女座見たの久しぶりだな」
「乙女座……か……。アストレアにもついぞ見放されたらしいね。」
「アストレア?なんだそれ。」
「乙女座のモデル。ギリシャ神話の話よ。それより前見て。余所見しないで。」
チュイーンという音を立て暗視装置を再起動させる。星空とは暫しおさらばだ。
「あー見てる見てる。ばっちりだ」
後部座席のタイプ20を取り、マガジンを取り外して確認する。
「マガジン異常なし、チャンバー異常なしっと」
山の麓に差し掛かる
「この峠道を8km登ってそこから徒歩か。」
「そう。」
ディーゼルエンジンの低音がより勇ましくなりながらランクルは上り坂を駆け上がっていく。峠道は荒廃し、チラホラ倒木すら見られる。そのまま車に揺られること15分。
「着いたぞ」
「よし、降りよう。ライフル準備して。」
「あいよ。初弾装填確認よし」
「こちらデルタ1よりHQへ。チェックポイントに到着した。これより徒歩で移動する。周囲に感染者なし。どうぞ」
"了解だデルタ1。念の為エントリー前に筑波基地を高所から偵察するように。"
「了解。」
"通信終了。"
スコープの再確認、初弾装填確認、給弾不良が無いことを確認しながら無線に応対する。
「アソコから確認しよう」
レーザーポインターを使い離れた薮に指示を出す。
「感染者がいそうだ」
「その時は仕留めるだけ。だけど慎重に行こう。」
左のホルスターに収まるS&Wにサプレッサーを装着してコックアンドロック。臨戦態勢だ。
ゆっくり物音を立てないように移動する。藪の中にそっと入ったその時
"grrrrr"
感染者だ。
「まだ撃つな。他を確認しよう。群れかも。」
ケンゴに指示を出す。
「サーマルで確認できるのはアイツだけだ。」
「了解。任意のタイミングで撃て」
パスん
「目標頭部破壊を確認。グッドショット。」
「サーマルで確認できる目標なし。」
「了解、配置につこう。」
薮をかき分け更に奥に進む。筑波基地はもうすぐだ。
「デルタ1よりHQへ。配置についた。」
「あー…くっそ……。感染者だ……群れでいやがる……。」
ケンゴが苦虫を噛み潰したような顔で呻く。
「こちらHQ、目標の状況を報告せよ」
「こちらデルタ1、目標は感染者の群れに襲われた模様。ここからでは生存者は確認出来ない。」
"了解だデルタ1、徘徊する感染者は何体くらいいる?"
「あー…こちらからは25体ほど確認。」
"了解。感染者を排除し安全を確保した上で生存者を捜索せよ。通信終了。"
通信が終わるとケンゴはすぐに準備にかかる。悪態をつきながら。
「ったく2人に25体以上倒させるとか何考えてんのかねえ。」
「なんだ、防具も無い400m先の突っ立ってる的も撃てないのか?」
「違うわ。これでも狙撃は得意な方なんだ。お前こそロングレンジ苦手な癖に。」
「相対的にな。あたしは近距離の方が得意なだけだ。」
「そーかいそーかい。じゃあ外すなよ?11時方向塔の上に2体。」
「左はあたしの。」
「りょーかい。あわせる」
パスんパスん
「次、2時方向、3体」
「待って。10時方向2体確認。こいつらやるよ。」
「はいよ。」
「……っ…これは……」
私のスコープに見たくないものが写った。
「ケンゴ。帰るよ。急いで…!」
「テスタテスタ、こちらデルタ1、筑波基地は壊滅。感染者が原因じゃない 、襲撃による被害を確認。今すぐ撤収する。」
「おいテスタってお前…接敵時に使う暗号だぞ。敵なんてどこにいるんだよ。」
"テスタラジャー。ポイントジョーカーを経由しパシフィックに移動せよ。"
「お前、稲垣隊長の遺体見たか。」
「稲垣隊長?見つからなかったな。」
「稲垣隊長とその周辺の隊員の遺体に銃創があった。」
「え?」
「稲垣隊長は誰かに撃たれて死んだんだ。それ以外の出血もないし感染もしてなかった。」
「マジかよ。」
「それにおかしいと思ったんだ。感染者に襲われたならなんで500mしか離れてない狙撃地点に1体しか感染者がいないのか。基地に見えるだけで25体ってことは50体は感染者いるんだぞ。明らかに集中しすぎてる。」
「見つかって…ないよな俺ら……」
「いや、多分見つかったと思う。反対側の崖、おそらくスナイパーの反射光だよ。」
「くっそ……やられた…。」
「迂闊に近づきすぎたな。」
今度は私が苦虫を噛み潰した。
「違う、車だよ。ASVに3人。」
言われて確認すると銃を持った人間3人が車を調べていた。最悪だ。かなり面倒になっちまった。
「くっそ……左の2人はあたしがやる。右側撃てるか?」
「もちろん。」
「よし、合わせろ。」
セレクターはフルオート。一気に片をつける。狙いを付けた瞬間、やつらに見られた。
6発の薬莢が落ちる甲高い音が耳に残る。そして来るのは静寂だ。
「タンゴダウン、急ぐよ!」
敵の追ってが来る前に撤収しないともっとマズイことになりかねない。奴らの車両のタイヤを銃で撃ってパンクさせ、急いで乗り込む。
ケツに火がついたケンゴは私がドアを閉めるのも待たずに車を急発進させた。
「ったくあいつらナニモンだよ」
ケンゴが不服そうに吠える。
「まだ詳しくはわからない。ただAKクローンを持ってた。」
「あんなばら撒かれた銃じゃ特定までは出来ねぇな。」
「ケンゴ、飛ばして。追ってきてる!」
予想よりもはるかに早くヘッドライトが私たちを照らす。
「HQ!こちらデルタ1!敵襲あり!!増援を!」
"こちらHQ、増援要請確認。至急向かわせる。"
「どのくらいかかりそうか?!」
"あー…25分だ。"
「もっと早く寄越してくれ!」
"善処する。オーバー。"
「クソっ!」
後部座席があったスペースに移りルーフに据付られた74式機関銃を準備、フロントサイトが捉えたヘッドライトに向かってトリガーを引き込む。
「タイヤを狙え!」
ケンゴからのヤジか飛ぶ
「今やってるだろ!黙ってろ!」
「あーーーまずい」
「どうしたんだ」
「奴らRPG持ってやがる」
「いいから前見て運転してろ!事故ったら承知しねえからな?!」
RPGが独特なジェット音と共に爆風を撒き散らす。
「奴ら撃ってきやがったぞ!!」
「うるさい!黙って運転してろ!」
揺れや横Gにより中々狙いが定まらない。
そして2発目のRPGが右側面の路肩に着弾。ケンゴはたまらず回避行動に出る。
その瞬間、姿勢を乱した隙を着いて追手が右側に並びかけた。
「クソっ射角が足りねえ!」
「任せろ!捕まれ!」
ケンゴはガードレールと挟み込むようにして幅寄せを仕掛けた。
ガスん!という衝撃が走る。
射角の足りない74式を見限りライフルで応戦する。
だが敵の意識は私ではなくケンゴに向いていた。運転席に集まる集中砲火。ASVのボディに弾丸が弾かれる音が雨音のように踊る。しかしそれをもろともせずケンゴは再び体当たりを仕掛けだした。
ガスん!さっきのよりも強い衝撃が伝わる。追手はたまらず姿勢を乱す。三度体当たりを仕掛けた時、奴らの車はそのままガードレールを突き破ってしまった。
残るは1台。速度の落ちたこちらに猛進してくる。
「しつけえんだよ!!」
ヘッドライト目掛け74式をぶっぱなす。
パァン
そのうち1発がタイヤを破壊したらしく、敵軍の車両はバランスを崩し立ち木に激突した。
「脅威を排除。被害状況は?」
「っ…エンジン油圧低下……っ……水温上昇……右フロント……っ…パンク……」
ケンゴの息が荒い。
「ケンゴ…!」
「……っすまん……っ…撃たれちまった。ハハ…」
右側ドアの装甲は貫通し穴が空いてしまっていた。内張りは返り血で真っ赤に染まっている。
「ケンゴ車を止めろ!」
「無理だ!1度止まったらもう動けないぞ!」
「止血が優先だ。」
「山をおりてからにしよう。危険すぎる。」
くっそ……
「HQこちらデルタ1、メーデー、隊員が被弾した」
"こちらHQ、了解した。出血と敵の状況も報告せよ"
「脅威は排除した。傷は…暗くてよく見えないがかなり出血してる。メディックを要請する。」
"了解デルタ1、あと20分で増援が到着する。出来るだけ近くまで寄ってくれ。"
「こちらデルタ1、先程の戦闘で車両が故障した。あまり大きな身動きは取れない。」
"了解デルタ1。麓地点での回収を試みる。どうぞ"
「こちらデルタ1、了解。」
ガコン……
「ASV……っ……エンジン…停止……」
「ケンゴ!」
「惰性でまだ動く……下山しよう……」
ヘッドライトには感染者の集団が照らされる。
「……だから危ないって言ったろ?……ジャンヌ・ダルクさんよ」
「うるさい!どこを撃たれた?」
「大したことねえ……太もも……と…右の脇腹だ……」
「……下りたら止血する。我慢して。」
「……おぅ……」
無情にも感染者の集団は増え続ける。麓に付いた頃には目視で50体前後が全周囲を囲んでいた。
「こちらデルタ1、感染者に囲まれた。応援の到着を急いでくれ」
"了解。あと13分だ。"
「っ……おい……」
「どうした、黙ってろ。」
「逃げた方がいい。」
ケンゴの指差すフロントガラスにはボンネットから漏れ出す火の手が映っていた。
「……damn it…」
急いでケンゴを車外へ搬出する。動かす度にケンゴが呻いた。
「っ…シェリー……」
「どうした…」
「お前っ……先に行け……」
ガードレールにケンゴをもたれさせる。
「俺はもう……ダメみたいだ。」
「お前何…」
「奴らに気づかれ始めてる……!」
ケンゴは瀕死の人間とは思えない力で私の腕を手繰り寄せた。決死の覚悟、というのだろうか。死を覚悟した人間を覆すのは難しい。ふと目を下ろすと月明かりに照らされた足の傷は太ももの大腿動脈を傷つけていて、それに伴う出血はあまりに多すぎた。
「すまん……足が折れちまったみたいだ……」
手遅れ。それは明白だった。
「ケンゴ…すまない……」
私は気休め程度にしかならない鎮痛剤を手渡し、その場を去った。
周囲には夥しい数の感染者。さっきより増えているのか減っているのかすらわからない。
奴らの一体にでも気づかれれば…終わりだ。
近くの感染者に心臓の鼓動が聞こえてしまわないか不安になるくらいに鼓動は激しくなる。
パァン……パァンパァン……
背後で発砲音がする。
サプレッサーの付いていない…乾いた…山にこだまする衝撃波。
その音に周囲の感染者は突進する。空腹の肉食獣のように。ある個体はヨダレを垂らし、助けを求めるように右腕を突き出しながら。またある個体は四つん這いになり唸りを上げながら。
「クソ野郎共!!こっちだこっち!!ぶっ殺してやる!!」
また背後で銃声がする。
今度は7発……弾切れだ。
「くそぉぉおおお
うあ゛ぁぁぁぁぁ」
断末魔だ。生きながら血肉を貪り食われる者が痛みに耐えかね叫ぶ声。
悲しいかな、その声にまた感染者は反応するのだった。私など居ないかのように。
「HQ…こちらデルタ1」
「こちらHQ、負傷した隊員の受け入れ体制は整いつつある。迎えはあと8分だ。」
「こちらデルタ1。チームメイト…KIA……」
"……了解デルタ1。迎えまであと7分だ。耐えてくれ。"
振り返ってはいけない。
私は生きる。