思春期は鉄一枚 #1
次の日の土曜日。
爽やかな午前八時とは程遠く「週末はよろしくね!」と言っていた恵からSOSのLINEが飛んできた。
そして、三時間後の十一時。大宮の待ち合わせ場所といえば定番のまめの木の前でスマホを片手に恵を待っていた。
「……既読が付かない」
約束していた時間は十一時だったが、十五分過ぎてもまだ来ない。遅れるにしてもいつもの恵なら連絡があるんだが……。
そんな心配をよそに恵はスマホ片手に改札からこっちに向かってきた。
「ごめんつばさ、遅れちゃった」
膝に手をついてハァハァと肩で息をしている恵はウインクしながら謝ってくる。
「よかった、何かあったのかと心配してただけ」
「心配してくれてたの!? あのつばさが!?」
その可笑しな顔を一発殴ってやろうかと思ったが、恵は不意に優しい表情になって。
「そういうことを普段からちゃんと口にしたらいいのに」
と、首を少し傾けながら言葉を続けた。
いまでも学校での俺の態度を心配してくれているんだろう。
牧野恵と出会ったのは高校一年の春。恋が生まれるような運命的な出会いでもなんでもなく、誰にも関わらない俺への興味に一方的に絡んできた。
最初の頃はしつこい同級生程度にしか思ってなかったが、夏休みに入る前に職員室へ呼び出された俺は担任の赤坂先生と恵がデスク前で真剣に話し込んでいる姿を偶然見かけた。その時の恵の表情は高校三年生になったいまでも忘れられないほど印象に残っている。
「それ、前にも言われたのを思い出した」
「覚えてたんなら実行しなさい」
「……」
「どうして無言なの?」
じーっと見つめてくる恵の視線を外しながら話題も反らしてみる。
「……でさ、助けてくれっていうのは明日の予行練習でもする気か?」
明日は約束のデートの日。だからまぁ、そういうことだろう。そう思っていたが……。
「それもしたいけど、今日は違うの。
吉田真奈って子はわかる?
朝起きたらLINEが来てて、ほらこれ」
そう言って持っていたスマホを見せてきた。
“またお母さんと喧嘩しちゃって、恵助けて!”
そうか、俺には関係ない話だと首を傾げながら恵に視線を移した。
すると俺の胸をポカっと殴ってきた。
「俺にどうしろと? そもそも吉田真奈のことを全然知らない」
本当に知らないんだから、それ以上の言いようがない。
恵は納得いかない様子で腕を組みだした。
「つばさ、本当に知らないの?」
詰め寄ってくる恵の目を見る。まるで猫の前のネズミになった気分だった。多分、冗談でも言えばちょっとの間は口を聞いてくれないだろう。
「本当だ。何か学校内でも噂があるのか?」
そう言うと次はあちゃ~というような表情を浮かべた。忙しい奴だ。
「少しは他人に興味を持ったら? まぁそれはいま置いておこうかな。
真奈が学校で浮いてるのは知ってる?」
無言で首肯する。それを確認すると恵は話を続けた。
「真奈の家、ちょっと複雑でね。お母さんが再婚するらしいんだけど、受験生のこの時期に何考えてるの?ってよく喧嘩してるの。友達だから何かしてあげたいんだけど……。
ね、つばさもどう思う?」
どう思うと言われても難しい。恵の事だから俺に手伝ってほしいんだろう。
ただ、これは真奈の家庭の問題だ。それに首を突っ込むことが良いようには思わない。他の家庭でもそうだと思う。個々には個々の問題が何かしらある。
俺の家でもそうだし、恵もそうだろう。進路のことでも父と喧嘩したこともあった。確か医師になりたいとかで。
「まぁ話を聞いて楽になってくれるならいいんじゃないか、それぐらいなら。ただ、俺を呼んだ意味を教えろ」
そう言うと、恵はニカっとはにかみながら。
「私が呼びたかっただけ」
そうか、覚えておけよ恵。