悩めるいくとさんへの書簡。
この文章は白夜いくとさんの活動報告、
『どうしたら魅力的な作品を造れるでしょうか?』
への返信として書かれたものです。以下引用。
『それぞれに世界観を持たせて、物語を自立させているはずなのですが、評価は泣かず飛ばず……( ;∀;)悔しいよぅ!
私の作品に評価やブクマをくれている人たちは、私の作品の何に期待していますか?そして、改善すべき点や私が陥りがちな点等ありましたら、気軽に書き込んでください。
私の作品が苦手だという人も、理由があったら書き込んでください。私が変わることはできませんが、表現は変えることができます。
何が足らないのか、本当にわからないのです。客観的な意見を求めています!助けると思って……!お願いします!』
わたしの返信
『んー、いくとさんの文を読み出したのは最近だし、あまり賢しらにごちゃごちゃ言うのもなと思うし、書くとすると厳しめで話は長くなるから気軽には書き込めないっていう。
それでも欲しければ言って。
ちょっと考えて見るから。
書くなら考える際に1つ聞きたいのだけど、いくとさんの理想とする作品、理想に近い作品ってなろうだと誰の何て作品です?』
それへの返信
『そうですよね……。荒れたら大変ですし。
厳しめの度合いがわかりませんが、
「なろうやめろ」以外の言葉であれば、
泣きません。
私の理想とする作品は、なろうでは
【作:猫じゃらし「空白の切符」】です(敬称略)』
その後、メッセージにてアドバイス欲しい旨来たのでこれを書いています、
うん、「なろうやめろ」とは言わないw
アドバイスするけど、きっついなと思ったら読むのやめていただいても無視していただいても一向に構わない。
そして文章そのものに対するアドバイス……ではない。
いくとさんのこの活動報告から見られる最大の問題はこれ。
「目標がぶれている、あるいは目標に優先順位がついていない、あるいは目標に対する動きを取れていない」
矛盾しているのか二兎を追う状態かだ。
なんでそう思うのか説明すると、
『どうしたら魅力的な作品を造れるでしょうか?』
に対して、
『(なろうでの)評価は泣かず飛ばず……( ;∀;)悔しいよぅ!』
と言っているからだ。また、
『私の作品が世界に羽ばたくことを夢見る』
とプロフィールにかいてあるからだ。
これらは全くイコールの関係ではないよ?
クリエイターの思考として、良いものを作れば評価される、メジャーになれるという誤解がある。
良いものを作るのは評価されるための一要素にすぎない。
少なくともそれが多くの人の目にとまる状態を作らなければいけない。
さらに言えば、『それぞれに世界観を持たせて、物語を自立させているはずなのですが、評価は泣かず飛ばず……( ;∀;)悔しいよぅ!』である。
『世界観を持たせて、物語を自立させること』となろうで評価を得られることに何の関係があろうか。
なろうのランキング上位作品を見てみると良い。
世界観が独特だなと思える作品なんて1割にも満たず、残りはテンプレ世界観の流用でしょ?
いいですか、世界観があること。それはいくとさん自身の作品をオリジナリティある魅力的な作品にするための手助けをしているかもしれない。
それが評価につながると考えているのが間違っているのです。
例えばいくとさんの『サラリーマンドラゴンの配達日記。』読みましたよ。
わたしは★3を入れましたけども。
現代的世界で生活するドラゴンという世界観はオリジナリティあるし、ファンタジー的で面白いなとは感じた。
でも話として特に何かある訳ではないよね。
一段落目のおっと思わせる設定に対してオチがない、極端に言えば期待外れ感というかがっかりした。
まあ純文学でありエンタメではない、企画用なので字数制限があると言ってしまえばそれまでかもしれないが……。
それで★減らしたのと、あとあれだ。出だしの『そこそこ給料が良いから続けている』ってのが矛盾してるので★減らしました。
これ、一万字くらいの中編でストーリーが良ければ面白い作品になったかなあとは思う。
でまあ、話を元に戻すとだけど。
1:文学的に魅力的な文章を書く
2:エンタメとして魅力的な文章を書く
3:なろう内の友人たちから評価されたい
4:なろう全体でメジャーになりたい、ウケたい
5:なろうから書籍化したい、なろう外でも評判になりたい
これらがいくとさんは同じか近いかと思っているのかもしれない。一部は近い、でもそれは決してイコールではない。
さらにわたしがいくとさんの執筆姿勢を見ていて思うのは、
6:自分の心に浮かんだものを単に表現、形にしたいだけ
かなと。
ああ、それが悪いという訳では決してない。書籍化とか一切考えず、自分の創作意欲の迸るままに書き連ねていく作者さんは存在するし、それは素敵なことだと思う。わたしの仲間だと『秋の桜子』さんとかがそうだ。
わたしはいくとさんは評価されたい、読まれたいが結構強いかな、書籍化とか夢として持っていると思うの。エゴサして自分の名前とか出ないと嘆いてたツイート見たことあるし。でもね、実際には書きたいものをただ書いている、そういう動きになってしまっている。そう思う理由を2つ言うね。
1「なんでTwitterや活動報告で投稿したとも書かないの?」
2「なんで200字ちょいの詩なんて投稿するんだ?」
まず1、一応全ユーザは活動報告という宣伝ツール持ってる訳じゃないですか。んでいくとさんTwitterあるじゃないですか。なんでそれを使わないの?
もちろんその1回が大して効果あるわけじゃ無くてもさ。
例えば投稿したらTwitterで投稿の報告するとか出るでしょ。なんでTwitterやってるのに使わないの?
そうだな、わたし日曜出かけたりしてたのもあり『充電8%で伝えたいこと』って投稿時に気づかなかったんですよ。さっき読みましたけど。
いくとさん少しでも目に止まろう、宣伝しようという意図は見えないよね。
2、詩。これ嫌な言い方になりますが、なろうでメジャーになりたいのになぜ詩を投稿されるのです?
なろうで詩から書籍化できたのいないでしょう。同じように短編で1000文字未満の作品を投稿することも。
確かになろうにおいて短編を投稿してそれが書籍化した例はあります。短編の評価でトップ50見て5000文字未満の作品は存在しないはずです。
例外的に短くてつい先日書籍化したのが『村崎羯諦』さんの『余命3000文字』です。あの作品3000文字でポイント10000超えてますけど、ちなみに1000文字未満の短編でポイント五桁いってる作品は存在しません。
結局のところこの辺が問題なのね。いくとさんは評価されたい、書籍化したいとかそういう夢を持っている。うん、それは良いことだと思うよ。でも、それを口にするくせに、そのための動きしてないじゃんっていう話。
それでね、あなたの理想とする作品を聞いたら、『猫じゃらし』さんの「空白の切符」って言うわけよ。
読んだよ。これはなかなか素敵な作品だと思ったよ。★5も入れたさ。お勧めしてくれてありがとう。
感想欄も盛況だし、読者からは評価高いんじゃないかな。でもさ、言っちゃ悪いけどこれだってポイント的にも長さ的にも書籍化するような作品じゃないでしょ。
つまり今のいくとさんはさ、自分の理想の文を追い求めたところで、書籍化とかには届かないものを志向してるんだけどそれで大丈夫?
ただね、活動報告の他の人のコメント見れば分かるけどさ。
いくとさんのファンにはそれらの作品を好む人もいるんでしょ。そりゃあそれで素晴らしいことじゃない。良い詩を書くと思われてるならそれはそれで十分幸せなことかもしれない訳ですよ。
だってなろうの作品の半分って評価ついてないんだもの。
いくとさん、目標を決めなよ。というか、目標の優先順位を決めなよ。それで目標に向かうにはどうすれば良いのか考えて動こう。
それは例えば書籍化目標でもいいし、そうじゃなくて自分の心に思い浮かんだことを書き綴りたいでも良いと思うの。
前者をなろうで成し遂げたいなら、それにはどういう作品を書こうとか考えないと。でもさ、例えば詩や童話を書いてるとしてなろうで書籍化できないじゃない。それを書き続けたいなら、書籍化するためにどこのサイトやどこの公募ならいいのかなって考えないと。
後者は後者ですごく素晴らしいことだと思うよ。でもそれに対して外からの評価を求めるのは苦しくなることだからやめた方が良い。
『秋の桜子』さんのように奔放に、あるいは『村崎羯諦』さんのようにストイックに(彼は毎週金曜の夜に黙々と短編を上げています)書いている方が精神的には楽になると思う。
以上です。
このアドバイスを参考にしても、わたしには合わないと無視してもらっても一向に構いません。
何かわかりづらいことなどあれば感想欄にコメントいただければ返信いたします。
他の人にこの文章を読まれたくないなら活動報告から削除してください。逆にこれを元に他の人からの意見を求めたいなら活動報告などにこの文をコピペしたり、このURLを掲載していただいても構いません。
ご健筆をお祈りいたします。