八話 勘違いしないで、信じて。
続きです。
「楓ー!?見学の子達来たよ!」
僕らがベンチで休憩をしていると、入り口の方からテニス部の人が、嬉しそうな顔で品村さんに声を掛けてきた。僕も、こっそり内容を聞きたかったが、品村さんの所は僕らの場所から離れていたため、その会話は聞こえなかった。
「嘘!?」
「嘘じゃないよ、五人!やっぱり、この子達のお陰だよ!」
「分かった、ありがとう。ちょっと鈴木さん休憩してて?私、部長だから一年生の所行ってくる。」
「分かりました。」
あれ?品村さんが、さっきのテニス部の人と一緒に一年生の所に向かってる。鈴木さんはどうするんだろう。
僕はなんとなくそう思って、鈴木さんの方を見ていた。この時に、危機を察知していれば良かった。何故なら、僕の膝の上で橋本さんが寝ていたからだ。案の定、鈴木さんはすぐに僕達の方を見てギョッとしていた。さっきと違って思い止まらせる鎖が無くなった猛獣が、獲物を捕らえるような目で、こちらに向かってくる。
僕の前に立つと、チラッと膝の上で寝ている橋本さんを見て、そして、物言いたげな顔をしながら僕を見て、それを二度三度、繰り返した。何が言いたいかがよく分かった僕は、何か言おうとして、口を開く。しかし、それより先に鈴木さんが喋りだす。
「小林君、なにしてるのかな?」
鈴木さんは、こめかみをピクピクさせながら、僕に質問を投げ掛ける。今にも襲い掛かって来そうなので、僕はどうにかして気持ちを落ち着かせるために、言葉を探す。しかしどう考えても、この状況で許されるはずがない。異性に膝枕をしているんだぞ!?
「ごめんなさい。橋本さんにお願いされたから…」
「静香のせいにする気?」
反感を買ってしまったのかと思ったが、意外にも彼女は、その鬼のような顔以外は、返事も行動も冷静だった。さっきから、僕の方が落ち着きがない。何か言おうとして口を開くが、良い言葉が思い付かなくて、なかった事にする。どちらも反応に困って、少しの沈黙が生まれた。
先に動いたのは、僕でも鈴木さんでもなく、橋本さんだった。とろんとした目を擦って、「んー」と僕の膝の上でのびをした後、何でもなさそうに「あっ、茜。おはよー。」と鈴木さんに気づく。
彼女のその発言があまりに無神経過ぎて、僕だけでなく鈴木さんまで、呆れるように彼女を見る。
「取りあえず、あんたには静香を任せられないから練習変わって。それと、部活が終わったら、少し話したいことがあるから、私のところに来てちょうだい。」
鈴木さんは、橋本さんを無視して一方的にそう告げた。そして、僕の返事は最初から要らない様子で、橋本さんに「ほら、行くよ?」と、優しく手を差し伸べる。橋本さんは、この機に及んでまだ、僕らが付き合っているのではないのかと、疑いにかかる。そして同時に、僕の膝の上が軽くなった。
「ありがとー。小林くん。」
腕を捕まれて連れていかれる橋本さんが、僕に手を降る。僕も、なんとなくそれに答えるように手を振った。鈴木さんが、手を振っている僕を睨み付けたところで、慌てて手を下ろす。
そのまま二人を見ていると、何やら鈴木さんが橋本さんに何か言っているようだった。そして、橋本さんが僕の方をチラッと見て、また話し始める。きっと、あまりくっついたり近づかないでと、橋本さんに注意しているのだろう。僕は、そう信じる。
そもそも、話したいこととは何なんだろうか。橋本さんの事であることは、間違いないと思うのだが、その内容はよく分からない。
例えば、僕が橋本さんを付きまとっているとかなんとかで、怒られるのであるならば、まだ出会って二日目なのにも関わらず、こんなにも距離が近い橋本さんを注意すべきだと思うし、実際、一番長く橋本さんと一緒に居るのは、鈴木さんだから、この事については彼女が一番理解できているはずだ。
しかし、それ以外の話の内容が想像出来ない。そもそも鈴木さんは、僕と橋本さんが目が合っただけで睨んでいたほどには、橋本さんの事を大切に思いすぎているので、彼女の事になると、理性を失ってしまうのかもしれない。
だから僕は、理不尽に怒られて、言い訳も言えずに、ただ怒りが静まるのを待つだけなのかもしれない。そんな時に、僕にも少しの無神経さがあればと、思うことがある。
ふとテニスコートを見ると、品村さんは嬉しそうに、見学しに来た一年生に、練習メニューを教えていた。雅弘や鈴木さん、橋本さんも、練習メニューに取り組んでいる。僕らは、自由に休憩をしても良かったのだが、休憩しているのが僕だけだったので、罪悪感でベンチを立った。取りあえず、雅弘のところに混ぜてもらおうと、歩きだす。
「今日は、本当にありがとうね!」
品村さんは、僕ら四人に向かって礼を言う。あれから、見学に来る一年生がさらに四人増えて、合計九人の一年生が、見学に来てくれたらしい。
「いやいや、品村先輩がこんなにも部活を変えようと、努力した結果ですよ。」
そう鈴木さんが言う通り、品村さんが青春研究部にまで相談するほど、部活を変えようとした努力が、今回実を結んだのだろう。僕らはただ、部活の一貫として、戸村さんの提案に従っただけだ。
「私、本当はやっぱり部長なんて向いてなかったのかなって、昨日は思ってたの。でも今日鈴木さんに、部活が良い雰囲気ですねって言われて自信がついた。だから、本当にありがとうね。」
鈴木さんは、優しく微笑んだ。きっと彼女は、悪い人ではないのだと思う。しかし、こんなにも品村さんを励ますように、優しい言葉を掛けられる思いやりのある人が、僕を睨み付ける理由は何なのだろうか。余計に混乱する。
僕ら四人は、一年生がテニス部へ見学に来ると言う目的を達成したため、見学に来た一年生よりも早めに、練習を終わりする。品村さんの号令の後、隣に居た雅弘が、僕の肩に手を置き、体重を乗せて項垂れていた。
「重いよ、雅弘…」
「だって、疲れたんだよー!」
そう言えば今日は、雅弘も相当運が悪かったと言える。見学二日目で、苦手な運動部に強制送還されるのは、普通ではあり得ない事だろう。そもそも、青春研究部に二日も見学していることを事態が、僕にとってもとても普通じゃあり得ない事なんだが。
少しだけ雅弘に同情して肩を貸し、雅弘と歩幅を合わせながら、ゆっくりと駐輪場へ向かう。荷物は、テニス部へ行くときに全て持ってきたので、あの忌まわしい部活に戻ることはない。
「ちょっと、鈴木君!」
聞き覚えのある声と、忘れていた内容に思わず振り返る。雅弘は、僕が急に振り向いたことによって、肩の支えが無くなって「うわっ!」と、バランスを崩した。幸いにも雅弘をチラッと見たとき、よろけながらも転んではいなかったので、目の前にいる鈴木さんをもう一度見る。
「ちょっと来てちょうだい。すぐ終わるから。」
約束を破りそうになってしまったので、目礼で謝罪し、雅弘に「ちょっと行ってくるから、先に駐輪場で待っててくれ」と伝える。雅弘がからかってくるかもと予感していたが、あまりに疲れていたのか「ここで待ってるから、早く済ませてくれ。」と昇降口の前にある階段に、腰を下ろす。腕を組み、僕を焦らすように足を揺する鈴木さんは、僕がそちらに向かうと、不機嫌そうに先に進み始めた。
鈴木さんについていくと、校舎の脇、人気の少ないこの場所に着いた。何故、まだ学校に入学して二日目なのに、こんな人気の少ない場所を知っているのだろう。僕は初めて来る場所を一通り見回した後、鈴木さんに質問する。
「は、話って何?」
鈴木さんは少し躊躇った後、一呼吸置いて口を開く。
「静香は、男子が苦手なの。」
僕の質問を忘れてしまったのか、あえて無視をしたのか、いきなり話始めた。
「でも、男子のなかでも、静香自信が大丈夫だと思った優しそうな男子に対しては、普通に話せるの。それがたまたま、あんただったって訳。」
そうだったのか。確かに僕は、優しそうな雰囲気なのか、頼りがいのある人と言われる。しかしそれらは、偏見であり、第一印象に過ぎないのだ。それに頼りがいのある人と言うのは、悪く言えば、頼み事をしやすくて、都合の良い人と、言っているようにも聞こえる。正直、断りたい頼み事や質問もあるが、僕みたいな弱い人間には断る事が難しいのだ。僕は、複雑な気分でその続きを聞く。
「でも、過去に一回だけトラブルがあったの。静香は、気を許した人に対して、距離感がバグっちゃう子だから、その時気を許してた男子に勘違いされて告白を受けたらしくて。そしたら静香が、その男子が急に怖くなったって告白を断った訳。そしたらその男子は、断られた腹いせに、静香は男子をもてあそぶ女だ、とか言いふらし始めたの。それから中学校では、私しか友達が居なくなっちゃって…」
確かに橋本さんは、凄く距離が近い。勘違いされてもおかしくない気がする。断れてたから、嘘を言いふらすその男子も悪いが、勘違いさせといて告白を断る橋本さんにも原因があると僕は思う。
「要するに何が言いたいのかのかと言うと、あんたは勘違いしないでよねって事。分かった?」
「いや…それより、橋本さんに、男子との距離を指摘した方が早いんじゃないかな…」
「そんなの何度も説得したわよ。でも、静香自体が距離感バグってることに気づいてないみたいなの。」
そう言えばさっきも、僕に膝枕をさせときながら、鈴木さんと付き合っているのか疑っていた。仮に付き合っているのなら、他の女子とあんなに近づくことはあり得ない。しかし、彼女はそれを理解していなかったのだ。
「だから、静香が何をしても勘違いしない事、分かった?」
「…分かりました。」
僕が勘違いする以前に、異性と話すのが苦手な僕にとって、異性の事を好きになることなんてあり得なかった。それは、どんなに距離が近くても、ボディータッチが激しくても同様で、勘違いするどころか、周りが気になってしまってそれどころではない。
ふと今、気になっている事があったので鈴木さんに質問しようとするが、僕が理解したかと思うやいなや、用が済んだとばかりに、彼女は慌てて帰ろうとするので「ちょっと待って!」と呼び止める。彼女は、不機嫌そうに振り返った。
「何?」
僕は、この質問をするか一瞬迷った。どう答えるのだろう。もしかしたら、聞いたら僕が後悔するのかもしれない。そんな僕の杞憂が、何気ない質問をする事を、食い止めようとする。
「…じゃあどうして、鈴木さんは僕に怒ってたの?」
どうしても気になってしまって、思わず口に出す。本当に何気ない事。それなのに、一瞬緊張が走った。
「だって!…………静香があんたばっかり気にかけてるんだもん…あんたは恵まれてよかったわね!」
彼女は悔しそうに唇を噛みながら、そう言った。僕は、意外な告白にホッとする。やはり、悪い人ではない。逆に、僕の事や橋本さんの事を考えて、行動してくれている。そんな不器用な彼女に、僕は思わず笑顔になった。そんな僕を見て彼女は、僕の笑顔に驚いた後、悔しそうにそっぽを向いて、早足で帰ってしまった。仕方がないので、僕もその後に着いていく。
昇降口のところに戻ると「遅かったな」と、雅弘が待ちくたびれたように、手をついて座っていた。僕は、待たせたことをそれなりに謝った後、その雅弘に手を貸して立たせたて、肩も貸して、一緒に駐輪場まで向かう。すでに雅弘は、そこまで辛そうには見えなかったが、精神的な部分の疲れなどもあるのかな、と思って黙っていることにした。
「なあ、斗真。」
雅弘が無言に耐えきれなくなったのか、僕に話しかけてきた。無理しなくても良いのにと思ったが、せっかく話しかけてくれたので聞くことにする。僕は「何?」と、そっけなく対応した。
「結局、椎名さんに連絡先聞けなかったわ。」
「……今更かよw」
「今更とか言うなよー。気づいたら、なんかテニスしてたし、今日は、散々だよー。」
雅弘は、あまり気にしてないかのように、愚痴った。そこに、精神的な辛さを感じはしない。それどころか、楽しい思いでのように今日の出来事を、雅弘は話し始めた。
あまりにも僕は、悲観的に考えすぎていたようだった。
「…明日は、椎名先輩に連絡先聞くからな!」
「そっかw」
「………なんか斗真、いつもと違ってめちゃめちゃ優しい…怖いんだけど、どうした?」
「いや、今日は楽しかったなって。」
「……本当に斗真?」
雅弘が、本気で僕がおかしくなったと思っているので、思わず笑ってしまう。
品村さん、鈴木さん、雅弘は、僕が思っていたより前向きだった。それだけで、僕は何かが心に溶け込んで、消えてしまうような、感覚に襲われるのだ。そして橋本さんにもきっと、鈴木さんが話してたように男子が苦手でも、それほど気にせず、前向きに生きているに違いない。
僕は少しでも、周りの事、そして、自分の事を信じられるようにと、前向きに考えるようになっていければ良いなと、困惑している雅弘の顔を見ながら思った。
書きすぎてしまいました。
今回でこの話はおしまいです。次回は、先輩方のお話になるかなと思います。(まだ決まっていません。)
今月は少し投稿が遅くなる可能性があります。申し訳ございません。
大幅修正しましたが、ご了承下さい。