七話 大胆なボディータッチ。
続きです。
「じゃあ、始めよっか!」
品村さんの目は、相談に来ていた時より輝いていた。この人が部長なら良い部活になると思わせるような、迫力がその目と表情に宿っている。そして、鈴木さんも迫力のある目をして、僕を睨み付けていた。次のメニューで、鈴木さんの友達である橋本さんが、僕と一緒に練習をする。これがきっと僕を睨み付けている理由だと思う。たかが一緒に練習をするだけでしょう?と言いたい気持ちを押さえる。
それにしても何故、こんな時に限って雅弘が居ないのだろうか。そう思って、ベンチに居る雅弘に目を向ける。雅弘はやっとさっきのメニューが終わったので、後30分はあそこで休憩をするだろう。だから、ここに合流するのは絶対無理だ。僕は雅弘の、顔に似合わない残念な姿に、がくっとうなだれる。
雅弘の様子を見ていると、突然僕の肩と誰かの肩がぶつかった。故意ではないだろうなと思い、僕も謝る準備をして、振り返る。ぶつかって来たのは、鈴木さんだった。故意だった。そのまま、乱暴に僕の肩に手を回す。そして、今にも崩れ落ちそうな僕に、鈴木さんは声にドスを利かして、小声で言う。
「ちゃんと、前見て歩け。小林。お前、静香に何かしたら、どーなるか分かってんだろうな…」
怖い。僕は何も言えないまま首を縦に振る。逆らったら殺される。そんな予感がして、僕の鼓動が激しくなる。すると、鈴木さんの隣にいた橋本さんが、不思議そうに僕らを見て言った。
「え?二人ってそう言う関係?」
「「え?」」
「だって、肩組んでるし…」
鈴木さんは、乱暴に僕を突き飛ばした。
「違うよ、静香。ただ小林君がよそ見してたから、注意してただけ。」
「ふーん、良かった。」
何が良かったのだろうか。僕なんか、突き飛ばされてよろけた拍子に、しりもちついたんだぞ?
僕は、仕方がないのでその場で立ち上がろうとする。すると、頭上から小さい手が、僕の顔の近くに現れた。
「静香?な…にしてんの?」
鈴木さんは、顔を歪ませて橋本さんに質問した。橋本さんは、何でもないように答える。
「だって、小林くんが転んでるんだもん。手を貸してあげるくらい良いでしょ?」
「でも…」
僕は、なんとなく橋本さんの手を借りる。正直、力が弱くてあまり意味がなかったが、離す訳にもいかないので、その冷たくて小さい手を握ったまま自力で立つ。「ありがとう」と僕が言うと橋本さんは、首をかしげて、にこにこしながら歩き始めた。僕も後に付いていこうとすると、僕に向けられた舌打ちが、隣から聞こえてきたので、僕は身震いをしてしまった。
少しだけ、橋本さんと練習するのに不安を感じていたが、それは杞憂に終わった。どちらも真剣に練習に取り組んでいたので、先輩達に誉められてどんどん次のメニューを、二人でこなすことになった。鈴木さんは「何で…」と何故かショックを受けていたが、品村さんに気に入られてしまっていたので、二人で練習を続ける事が出来た。
だから、何も起こるはずがないと思っていた。
しかし、基礎練習が終わって、二回目の休憩に入ろうとした時に事件は起こった。橋本さんの足元が練習で疲れたせいか、ふらふらになっていたので、心配になって声を掛ける。
「だ、大丈夫ですか?」
「…う…ん。」
全然大丈夫そうではない。しかし、もう声を掛ける勇気がなくなってしまったので、ぎこちなく前を向く。それにしても、橋本さんの歩くスピードに合わせているせいか、凄くベンチまでが遠く感じる。
不意に、腕に何かがしがみついてきたので、ビックリして腕を見ると、橋本さんがつらそうに肩で息をしながらしがみついていた。
「やっぱり、大丈夫じゃないかも…ちょっと腕貸してくれない?」
橋本さんは、僕の腕でバランスをとりながら、僕を見上げて言った。
「い…いですよ…」
「…ありがとっ」
「…!?」
僕が、曖昧な声で承諾すると、橋本さんは嬉しそうに腕に絡み付いてきた。彼女から趣味の良い、ふんわりした匂いがする。僕は、あまりにもビックリしすぎて、とっさに声が出なくなってしまう。他に方法はないのかと聞きたかったが、それよりも恐ろしいものが起こったような気がして、あわてて後ろを振り向く。
その予感は的中した。呆然とした様子でその子は、手からラケットを落とす。後ろの品村さんも、先輩方の何人かも、驚いた顔でこちらを見ていた。鈴木さんは肩を震わせて、人を…僕を眼力だけで殺すような勢いで、僕を睨んでいたが、幸い品村さんとの練習の途中だったようで、こちらには来なかった。
僕は、あまりにも恥ずかしかったが、橋本さんを振りほどく事も出来なかった。こんな時に弱い僕を叱咤する。さっきより、ベンチまでの距離が長く感じる…
やっとの思いでベンチまでつくと、橋本さんは僕の腕から離れて、水分を補給した後、ベンチに横たわった。僕は、これから起こりそうなことを、深く考えないようにするので精一杯だったので、愛想笑いで対応した後、ふらふらと違うベンチに行こうとする。
「小林くん、待って…」
橋本さんはそう言って、仰向けの状態で頭を浮かして、自分の後頭部をポンポンと叩くジェスチャーをして見せた。僕は、何の事か分からなくて、首をかしげる。
「膝枕…」
はい?
僕は、橋本さんの発言に驚く。まだ出会って二日目なのに、大胆すぎるボディータッチが多すぎるので、流石にからかわれているのでは、と疑う。しかし、橋本さんの目は、しっかりとつらそうで、助けを求めていた。今さら歯向かっていても仕方がないので、諦めたようにベンチに座って、橋本さんの頭を僕の膝に置く。
橋本さんが、にこっと笑って目を瞑る。何て、周りの事を気にしない人なんだろう。僕はその立ち振舞いに呆れつつ、少しだけ尊敬した。僕もこのくらい周りの事を気にしなければ…
前を向くと、雅弘と品村さん、そして鈴木さんが練習に取り組んでいた。誰も、こちらを見ないで欲しい。僕はテニス部の先輩達に見られながら、強くそう願った。
やばい、この先の内容をまだ考えてない...
気分で投稿ペースが変わったり、本文が多かったり少なかったりしますが、暖かい目で見ていただけると幸いです。