六話 その理由、その後悔。
続きです。
校舎を出て階段を降りると、目の前にグラウンドが広がっている。そこではサッカー部と陸上部が、各々邪魔にならないように使っていた。グラウンドの横には体育館があり、そこではバレー部や卓球部、バドミントン部などが使っているらしい。
そう言えば、僕らが見学する場所はどこなのだろう。サッカー部や陸上部は沢山の見学者がいるので、グラウンドではないのだろう。じゃあ、体育館かな?
「お待たせ、一年生。じゃあ、行こっか!」
その先輩が遅れて昇降口から出てくる。肩に掛かっているのはラケットケースだった。一年生皆が「まさか…」と言う顔でその先輩を見ている。
「先輩、もしかしてその運動部って…」
鈴木さんが僕らを代表して、その先輩に恐る恐る聞く。
「テニスだよ?ラケット持ってるからね。よし皆、じゃあテニスコート行こう!」
皆が「うわ…」と言う顔をする。何故なら、この学校のテニス部は、毎年全国に出ている、言わば強豪と名高い部活だったからだ。
更にここのテニス部は、練習がハードで上下関係が厳しいと噂されている。そのため去年の先輩方の多くは、テニス部を退部しているらしい。
ただでさえ運動があまり出来ない俺と雅弘がそんな所で見学をしたら、目立つどころか、生きて帰れるかもわからない。雅弘も同じことを思ったのか「マジかよ…」と、小さく呟く。
しかし僕らは、今さら断る事も出来ないため、意気揚々と歩き始めるその先輩に、着いていくしかなかった。
テニスコートは校舎の裏側に設置されていて、一年生にはかなり分かりづらい場所にある。テニスコートの中では、必死にボールを追って、打ち返すという練習が行われていた。しかしそこには、見学らしき一年生が誰一人として居なかった。
「あっ、楓!どこ行ってたの、もう部活始まってるよ?」
「ごめんごめん、今からちょっと準備するわ。」
楓と呼ばれたその先輩は、同級生かと思われる女子に急かされて、僕らの方を振り返る。
「じゃあ改めて、私はここのテニス部の部長の、品村楓です。今日はよろしくね。」
その先輩、品村さんは、ラケットを手に持ったまま、小さくお辞儀をする。僕らもそれに合わせて、軽く自己紹介とお辞儀をした。
「もしかして、見学!?おー、やっと来たのかー!」
さっき品村さんに声を掛けた女子が、嬉しそうに僕らを見る。声が大きかったため、周りにいた何人かのテニス部の部員も、何事かと僕らに注目する。
「まあ、そうなんだけどね。ちょっと事情がありまして…」
誤解を解くために品村さんは、さっきまでの一連の内容をその女子に教えた。その女子は、「確かにね…」と言って、納得する。
「分かったわ。確かに、見に来るけど見学が怖くて帰っちゃう人が結構居るから、それは良い作戦かも。」
「でしょ!?」
その作戦に同意してくれたので、品村さんの声が弾む。そして、一年生担当するから練習してて良いよと言って、その女子を練習に戻した。
よし!と言って、また僕らの方を振り返る。
いよいよ練習が始まるのかと、肩に力が入る。
「よし、それじゃあ…」
僕らは今、テニス部の二年生にボールを投げてもらって、打ち返すという練習をしている。練習メニューは、意外にもハードなものではなく、ランニングだけでへばっている雅弘以外は、楽しくメニューをこなすことが出来た。
それに先輩方も優しくて、上下関係が起こるようには思えない。
「品村先輩。なんで、こんなにも良い雰囲気で楽しい部活なのに、あんな噂が流れてるんでしょうか。」
休憩中、僕らと一緒にベンチでタオルで汗を拭いていた品村さんに、鈴木さんが直球な質問を投げ掛けた。少し離れて座っている僕は、その話題に耳を澄ます。
でも確かに、こんなにも噂と掛け離れた部活の雰囲気だったとは思わなかった。他の一年生も僕らのように、あの噂を信じて入るのを躊躇っているのなら、凄くもったいないし、テニス部も部員が入らなくてとても可哀想だった。
「あー、あの噂?やっぱりその噂のせいで、ちょっと最初怖かった?」
鈴木さんは、タオルで口を隠したまま、こくんと、頷く。
「やっぱりかー。」
品村さんは、ゆっくりと汗を拭き取る動作を止めて、話始める。
「実は今の三年生が、結構上下関係が厳しかったの。でも、その代はなかなかテニス部が活躍できなくて、余計に練習がきつくなって、辞めちゃう人が増えたの。だからその噂は、本当よ。でも、今度は私達の代。部長になったからには、良い雰囲気で練習したいじゃない?だから、新しい練習メニューにして、後輩に優しくするように皆に呼びかけたの。でもやっぱりその噂が大きくて、なかなか一年生来ないみたい…」
品村さんは、悲しそうに二年生の練習風景を見ながら言った。
「大丈夫ですよ。絶対、一年生達は良い部活だって分かってくれますから。」
鈴木さんが、品村さんを励ますように呟く。
品村さんが「そうだね…」と、静かに返す。その悲しい顔と、嬉しい顔が混ざったような笑みにはきっと、今までの練習や先輩方の上下関係の過酷さを、後輩達に受け継ぐのではなく、本気で部活を変えようとしている決意がみなぎっているような気がした。
そのまま二人は、お互いに何も言わないまま、でも決して気まずい訳ではなく、自然に練習風景を見ていた。とても、良い雰囲気だった。凄く時間の流れがゆっくりなような気がした。
「次のメニューが二人でラリーを続ける練習なんだけど、鈴木さん才能あるし、私と一緒に一回やってみない?」
「ぜひ、私でよければ。」
品村さんの提案に、鈴木さんはなんとなくしんみりした雰囲気で承諾する。品村さんは、にこっと笑って勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、橋本さんに許可とってくるね。」
「あ…すいません、ありがとうございます。」
鈴木さんはまだ感傷に浸りたかったのか、ベンチに座ったまま、ぼーっと橋本さんのところへ行く品村さんを目で追いかけている。
「橋本さん。次のメニュー、二人でラリーなんだけど、もしよかったら品村さんと私がやりたいから、交換してくれない?」
「分かりました。けど、わたしは誰とやればいいですか?」
僕のところからでは、ボールが地面に跳ねる音と、練習している人達の声で会話が聞こえない。テニスコートに目をやると、へとへとになりながら優しい先輩によって弱めに放たれたボールを追っている雅弘の姿があった。追っているだけで、全然打ち返せていない。
「えっ!?」
鈴木さんが、急に大きな声で僕の方を見る。それが分かった僕は、あえて目線は雅弘の練習風景まま、ちらっと意識だけそっちの方に向ける。
すると、品村さんがこちらに向かってくるのが分かった。「何だろう?」と思い、品村さんの方に目を向ける。鈴木さんは、完全に僕を睨み付けていたので、目を合わすのが怖い。知らない間に僕、鈴木さんに変な事したのか?
「小林くん!」
僕は冷静に「どうしたんですか?」と聞く。女子が相手だとしても、それなりの覚悟があれば、僕だって普通に話せる。
「鈴木さんと私が、一緒に次のメニューやるから…」
「はい」
「小林くんは、橋本さんと組んでくれない?」
「は?……い。」
驚きを隠せなくて、思わず声が出てしまう。それを誤魔化すように、返事をする。品村さんは「ありがとう!」と言って、さっきのベンチに戻っていく。
鈴木さんが睨み付ける理由が、分かったような気がした。たまたま橋本さんと目が合ってしまった時、そして今のような状況の時に、僕に睨み付けている事から、鈴木さんは、橋本さんを大切に思っていて、橋本さんを僕から守ろうとしているのかも知れない。
僕は、怖いもの見たさで、ちらっと鈴木さんの方を見る。しかし、橋本さんの時とは違って、目が合ってすぐに下を向く。そして、凄く後悔した。見なければ良かった。
その目は殺意に満ちていて、ちっとも笑っていなかった。
次回、橋本さんワールド全開。
話が短いかな?って思ってどんどん書いちゃう。
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