橋の下の
「マル~、散歩に行くわよ」
待っていましたとばかりに、愛犬マルは散歩用のリードに繋がるやいなや、めぐみを何度も振り返りながら早足で歩く。
「マル、そっちに行きたいの?」
マルが行こうとしているのは、S川の河川敷にある公園。その場所はめぐみの足でも十分もかからないけれど、学区外で、しかも市外。だけど、マルがそこに行きたいのなら仕方ないよね。
ちょっぴりどきどきしながら、めぐみはS川に架かる橋を渡る。いつもなら川の水に浸かっている橋桁の足場の姿を見せていて、そこに何人かの子どもが集まっていた。
「ねぇ、なにしているの?」
公園で遊ぶだけなら、大人に見られても大目に見てもらえるけれど、川遊びはそうはいかない。
「なんだ、めぐみか。こっちに来たらわかる」
そう答えたのは、川を挟んだ向こう側の小学校に通う、同い年の翔くん。
めぐみは橋を渡り、河川敷の公園を横切り、子ども達が集まる橋桁へと向かおうとすると、マルが耳をピンとたて、一直線に子ども達が集まる輪の中心に向かって駆け出した。
「マル!」
子ども達が作る輪が溶け、マルはその中心にある、ぼろぼろの段ボールの中に顔を突っ込んだ途端、甘えるような鳴き声がしだした。
「捨て犬?」
マルの大きな舌で舐められるそれは、なんだろう、あれ。
「多分猫だと思う。でも、ここに捨てるなんてさぁ、ひどいよな」
翔くんの言葉にめぐみはうなずく。この河川敷には、犬や猫が捨てられていることがよくある。かくゆうマルも、この河川敷で拾ったこだ。
「でも、これどうしよう」
翔くんを始め、何人か家で動物を飼えないと言う。めぐみも既にマルがいるから難しいと答える。話し合う子ども達をよそに、すっかり母犬モードになったマルの腹に、その生き物がへばりついている。
どれだけそうしていたのだろう。空からぽつぽつとと雨が落ち、ゴロゴロと雷が遠くから迫ってきた。
「やばっ」
「だめよ。この子、このままここにいたら、川に流れちゃうよ!」
そう、ここは普段だったら川の中に立つ橋脚の下。どんぶらこと流れ、泥の船のように沈んでしまうのは、目に見えている。
「そうだね」
翔くんが段ボールごと持ち上げ、河川敷の公園の橋の下の、一番高い場所へと段ボールを移動させた。
めぐみはマルを無理やりその生き物から引き剥がし、家に向かって走り出した。だんだん激しくなる雨の向こうから聞こえる、哀しげな声に耳を背けながら。
「めぐみ、どうしたの。ぜんぜん宿題がはかどっていないわね」
リズミカルな包丁の音が止まり、お母さんがめぐみの顔を覗き込む。めぐみの耳には、哀しげに鳴く、あの生き物の鳴き声が張り付いたまま。
「学校で何かあったの?」
「何も。学校では」
どうしよう、お母さんに話す? 河川敷の公園に置き去りにしてきてしまった、あの生き物のこと。
「学校では、ね。じゃあ、学校から帰ってきてから、何かあったのかしら」
「お母さん、あのね……」
めぐみは意を決して、話すことにした。
翌朝の土曜日。いつもならまだ眠っている時間にめぐみは目覚めた。
「マルの姿が見えないの」と言うお母さんの横で朝ご飯を食べ、「じゃあ、マルがいないか河川敷公園見てくる」と告げ、急いで河川敷の公園へとやって来た。が、
「いない、いない、いない!」
すっかり崩れてしまった段ボールの中は空っぽで、その周りに犬の足跡がついていた。
ああ、あの時、家に連れ帰ったら!
「あ、めぐみ、ここにいたのか」
橋の上から声をかけたのは、翔くんだ。
「お前んちのマル、こっちの小学校近くで、こいつを咥えてうろうろしていたぞ」
欄干の隙間から、首輪抜けしたマルと、 置き去りにしてしまったあの生き物の姿を見せてくれた。