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二匹の獅子、後編




 ティエラちゃん、彼氏いない歴イコール年齢。純真無垢の乙女である。ここ重要。


 人生、生まれてから彼氏という言葉は耳にすれど、手に入れたことは一度もありませぬ。





 欲はありません。


 フィアンセがほしいなんて言いません。結婚はしたいですが。

 優しい夫なんて要求しません。でも最低限の気遣いはほしい。

 顔はさほど気にしません。できれば整ってほしいですけれども。

 身長も大して気になりません。他の男性より高ければ。

 財力も文句言いません。公爵令嬢の私と釣り合える程度でいいんです。


 欲はないと言っておきながらめちゃくちゃ注文多いですね、わかります。





 おめでとう、エンディングです。


 え、何の話?


 どうやら私、彼氏というものを手に入れてしまったようですわ。

 当事者の私が初耳ですわ、驚きの事実。


 ……どういう状況だってばよ。





「私が、いつ!? どこで!? 貴方の事を彼氏と認めたんでしょうか――!?」

「やだなティエラ、俺達の仲じゃないか、照れるなよ」


 私、彼氏(自称)とラブコメを始める気はありませんわよ。

 エリックの懐から脱出しようとぐぐぐっと彼の体を押しのける。というか、近い。


「彼女が嫌がっているじゃないか」


 エリックの手を名も知らぬイケメンが掴み、力を加えたのか、エリックの顔は一瞬歪む。その緩んだ隙にイケメンは私を自分の懐へと引き寄せた。はわわわわ……!?


「俺の彼女に何すんだよ、このセクハラ野郎」

「セクハラとは心外ですね。可憐な淑女を下賤な乱暴者から守ってあげただけなのに」

「ハッ、言ってろ……!」


 エリックは私が奪われたことに不満なのか、さっきの腕の一件もあり、今にも掴みかかる勢いだ。

 お忙しい中とても申し訳ございませんが、一つ申し上げさせていただきます。――誰が貴方の彼女だ。誰が。


「――む?」


 奪い返そうとエリックは手を伸ばすが、軽々とイケメンに払いのけられていた。


「野郎……!」


 不敵な笑みを浮かべていたイケメンがとことん気に入らないのか、エリックは再び手を伸ばし、今度こそイケメンへと掴みかかる。


 相対するイケメンも待ってましたと言わんばかりの速さで私を放り出し、次の一撃をまたもや弾き、挑発するようにエリックに向かって笑っている。


 あわわ、修羅場? 修羅場なの?


「逆上した割に弱いな」

「うるせぇ、てめえを叩きのめすには十分だ……!」

「期待しておりますよ? 楽しみですね。現状見ると期待するだけ時間の無駄だと思いますが」

「減らず口を……ッ!」


 エリックは拳を何度も繰り出すが、全ては空を切るに終わっていた。イケメンは見た目通りの優雅なステップで躱していく。


「ほら、どうした? 息が上がってますよ? ちんたら歩いては私を捉えられません」

「クソガ……! 逃げてないで反撃したらどうだ……!?」

「そうですね。手心を加えると全力の相手に失礼です。――ほら、上半身ばかり見てないで、足元がお留守ですよ?」

「え?――うわあ!?」


 ここぞとばかりに、イケメンはエリックの足元を足で引っ掛けて、足払いを食らわせる。

 モロに食らったエリックはバランスを崩し、転びそうになるが、そこへ――


「頭を打ったら大変なので、助けますね」


 イケメンがすかさずエリックの体を支え、転ばないようにキャッチする。


「大丈夫ですか?」


 ニコニコ笑顔でエリックに尋ねるイケメン。


「っく、人をおちょくりやがって……ッ!」


 自分の顔を覗き込むイケメンの笑顔が頭に来たのだろう、エリックは奴の顔面へと拳を繰り出す。


「大丈夫そうなので手を放しますね」

「――うお!?」


 しかし、拳が届く前に、イケメンは支えていたエリックの体を放す。

 再びバランスを失い、エリックはたたらを踏むように自分の体勢の制御に集中する。


「さて、まだやります?」


 必死に転ばないよう踏ん張っているエリックにイケメンが問いかける。


「こ……の……ッ!!!」


 それが最高に頭に来たらしく、エリックは拳を握りしめ、間合いへ踏み込もうと足に力を込める。

 イケメンも引き下がる気のないエリックを見て、好戦的な笑みを浮かべ、迎え撃つ構えを取っている。


 両者、一触即発。

 ――次の瞬間。


「ここにいたのか――殿……コホン!」

「バカ、やめなさい!」


 私ともう一人の制止する声が張り詰めていた空気を切り裂いた。





「……うちの馬鹿がやりすぎました。この度、誠に申し訳ございません」


 突如現れた重装備の騎士が、深々と頭を下げてる。


「いえいえこちらこそ」


 私も深々と一礼を返す。

 ……喧嘩両成敗というか、先までは殺し合いになりそうな勢いの両者が、今は距離を取って離れている。


「申し遅れました。私、ポルソ第一騎士団、団長のファライ・ケイス――今後お見知りおきを」

「ティエラ・ド・ランツェアイルです」


 屈強な肉体の持ち主――騎士団長ファライは後ろにいるイケメンを一瞥してから私へと向き直り、人懐っこい笑顔を浮かべる。


「あの馬鹿にはきつく言っておきます。だからこのことは――」

「えぇ、わかります。喋りません」


 それで安心したのか、ファライはホッと胸を撫で下ろす。


「そこで拗ねてないで、行くわよ」


 これ以上用はないと、私は強引にエリックの手を引っ張って、ここから離れた。

 イケメンの名前は聞けずじまいだったが、まあ仕方ない。もう二度と会うこともないだろう。――と高を括っていたが、まさか後日に予想だにしなかった展開になるとは。





「ファライ、私の邪魔をして楽しいか」

「まさか。それと訂正一つ。殿下、邪魔ではなく尻拭いでございます。外交問題を親睦宴会の場で起こさないでください」


「先に手を出したのが向こうでも?」

「それでもだ」


「……まぁいいか。それよりファライ、あの女……どう思う?」

「なんです、いきなり」


「騎士団長のお前に聞いてる。どう?」

「……何も感じませんでした」


「よほどの実力者……か」

「……とてもそうは見えませんでしたが……」


「兜かぶってないで脱げ。私はバッチリ見えていた――あの初動のヤバさを」

「……殿下、また何か良からぬことを考えております?」


「察しがいいな。長い付き合いだけあって」

「彼女の名前聞こえませんでした?」


「ドがついてる。それがどうした?」

「……『ドがついてる。それがどうした?』、じゃない。公爵ですよ、公爵。頼みますから、ちょっかいを――あっ」


 しまった。とファライは自分の迂闊さを呪った。

 この人は性格が悪い。

 だめだと禁止された方が、逆に燃えるタイプだ。


 案の定。


「外交訪問外交訪問っと」


 カタストロフは楽しそうに笑っていた。




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