親睦宴会中編
ここまで来れば大丈夫だろう。
と私はパーティー会場から少し離れた庭園で足を止め、周りをキョロキョロ見て安心し、疲れを息と一緒に吐き出した。
ビックリしたわ。まさかエリックも招待されていたなんて。
もっとビックリなのは、まさか彼があんな性格だったなんて。
デビューパーティーの時とは印象が違いすぎて、どう反応していいのか正解がわからず、思わず人前で醜態を晒してしまった。
それにしても、あの態度は馴れ馴れしすぎるんじゃない? 公の場なのに、身分を気にした様子もない。
(……男爵令息エリック・カイザー……思えば私、彼がどういう人物なのかもよくわからないのね)
前世でも接点がないから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
しかしあの態度、言動、振る舞い。冷静になった今は、逆に少し興味を抱いた。
もちろん恋愛感情とかそういう意味ではなく、純粋に彼はどういう人物なのかについてだけど。
(まあその彼のせいで、今回の婚活――コホン、親睦宴会が無駄になりましたけれど)
せっかくお父様と国王様を説得したのに、みんなの前で夫婦漫才を演出したせいで全部台無し。
「……はぁあ。……うん、ドンマイ。切り替えていきましょう、ティエラちゃん。今回がだめでも、親睦を深めてコネを作っていけば、きっと次に繋が――あら?」
拳を握り、ファイトと自分を鼓舞していたら、視界の隅に誰かがいることに気が付き、そちらに視線を向ける。
私の視線の先に――その人は、庭園の花を愛おしそうに愛でていた。
遠くからでも一目で分かるスラリとした長身が印象的で、時折淡い金色の髪が風と戯れるように揺らいでいる。
見つめている私の視線に気づいたのか、その人は顔を上げ、視線を花から私に向ける。
そして、
「やぁ、はじめまして、花の妖精さん」
と、柔らかな微笑みをその整った顔に湛えながら、ゆっくりと口を開いた。
――花の妖精さん。
普通の人ならば、聞いた瞬間思わず失笑するセリフかもしれないが、乙女歴イコール年齢の私には刺激が強すぎた。
「あ、あわわ……」
私の顔は一瞬で熟れたトマトのように赤くなり、赤面しながらよろよろと後ずさる。
人生初めて、推定顔面偏差値80のいけてるメンからの甘い言葉に、脳の中のコスモはさながらビッグバンを起こしているかのように次々と連続爆発している。
わかりやすく一言で言うとパニック状態。
(おおおお、落ち着けけけけ……! 深呼吸……すー、はー。すー、はー。……って、顔面動かせ私ッッッ!!! 心の中で深呼吸しても意味がないわッ、バカ)
「さあ、美しい姫君よ、どうぞこちらへ」
私が固まっているのを見て、その人は上品な仕草で一礼し、手でどうぞこちらへと示した。が――ばっちゃけ私はそれどころではなかった。
今、パニックになった脳を落ち着かせようと、心の中で複数の私は話し合い、会議を開いている。
(はわわ、美しいとか姫君とか、こちらへとか、破廉恥ですっっ! これ絶対誘ってますッ! 今殺して証拠隠滅してしまえば、誰にも気づかれずに済むわ、さあ、殺りましょう――ッ! 私にはわかるの、こいつ絶対ヤリ○ンですぅッッ! 懐に誘い込んであんなことやこんなことする気でしょー!? このいかにもヤり慣れてる感じ見ればわかるのー!)
と、純真無垢な少女の私が提案。が、冷静な私は即座に否定する。
(だめよ。冷静な私にはそれを賛同できません。どんなときでも状況を見極め、常に最善の手を打つ。それがベストだわ、だから情報が出揃っていないこういう時はまずれれれれいい……ッ、冷静にににおお落ち着いてて……ッ)
あわあわしながら挙動不審な冷静な私、その様子を見かねた上品な私は、
(何よ、それが好都合じゃねぇの? 大体○十歳にもなって処女とか、やってらんねぇよ。一発ぶちかましてやろうぜ。男なんて股を開けば勝手に寄ってくるに決まってんだろ――)
上品な私にこれ以上喋らせてはいけないと、純真無垢な私が慌てて止める。
(ストップぅっ! 下品ワード連発なんて、破廉恥ですッ! 清らかなうら若き乙女は、そういう汚れた世界とは無縁なのです! 私、清き付き合いを所望します。優しくリードされ、純潔を捧げ永遠の愛を共に誓う。そういうのがいいのです! というかあなた、その知識は一体どこから――)
純真無垢な私が呈した疑問に、上品な私は、
(あぁん? カマトトぶってんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞこのあまぁ。健全とか汚れた世界とか、清い付き合いとか永遠の愛とか抜かしてんじゃねぇよてめぇ。○十歳にもなって未経験とか、その方が笑えるぜ)
と凄むが、純真無垢な私も負けじと睨み返し、両者一触即発。止めるべく冷静な私が間に入り、
(お、落ち着きなさい二人とも! 冷静さを失ってはいけません。我々はホモサピエンス、類人猿とはわけが違うのですから、人間は話し合えばわかり合えると、偉い類人猿は言いました。つまりどういうことかというと……えーと、えーと、あわわわ……)
なだめようとするが、両者は一歩も引かない構えを見せている――そんな中、
(取り込み中すまんが、鮮明な敵影を補足しました! 内ゲバ、仲間割れやっていい場合ではありません!
目標のイケメンはこちらへと歩いてきています。
顔面偏差値は優に80を超え、仕草までもがイケメンであります。
推定イケメン力はこれまで見てきたどのイケメンよりも高く――。クッ、心拍数は120に達しています! ドキドキが……止まりません……ッ! このままでは体が……ッ。
もはや一刻の猶予もなく、接敵まで後三秒であります。すでに射程圏内です!!! 撃破か離脱か、閣下、ご英断をッ)
ミリタリな私が緊迫した声で知らせた。
(――全員、耐衝撃体勢。備えよ、未確認イケメンとの接触を)
すると、これまで一言も発さなかった最終決断を司る閣下な私が、簡潔に決断を述べた。
今回のサブタイはつけたいのが多すぎて悩みました。
悩んだ結果一貫性を重視し、変更することなく一番地味なサブタイにしました。
また、長くなりそうなので分割しました。他の連載と並行中なので、後編はなるべく早めに投稿できたらいいなと。
なぜ上品な脳内ティエラはそんな知識を持っているのかというと、耳年増なだけです。パニクっているせいで色々おかしくなっていますけど。
このおそらくは伏線と気づかれない複数のティエラちゃんについては序盤の終わり付近でちゃんと説明されます。




