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親睦宴会前編




「お嬢様、大丈夫でしょうか」


 馬車の中、対面に座っているダニエラが尋ねる。


「大丈夫ですわ。今日のために私が選んだドレス、きっと――」

「――そうじゃなく、なぜ急にポルソとヤライルとゲイルリアなどと宴会を、のことです。罠では? と勘ぐってしまいます」


 あら、てっきりドレスのダメ出しかと思ったら、そのことね。


「親睦を深めるのも一興、ですわ」

「……敵国ですよ? お嬢様。親睦を深めると言われましても」

「平和の手を差し伸べるのも、ランツェアイルの役目だと思いますの」


 今日の宴会場に向かう馬車に乗り、心地良い揺れを感じながら、私はダニエラと雑談する。

 というのも、本当のことを言ってもどうせ信じてもらえない、だから適当にごまかすしかない。


「……お嬢様が立派になられて、ダニエラは感慨深いです」


 ダニエラは涙をハンカチで拭いながら、感極まる様子を見せる。

 ディスられている気がするけど、まあいいでしょう。


 正直ダニエラの言いたいこともわからなくもない。

 本来、ほとんど関係ない我が国が口を出すべきことではないからだ。余計な横槍を入れられると、下手したら関係がこれ以上こじれる可能性がある。


 だけれど私はその先の未来を知っている――。

 何もしなければ、七十年経っても戦争は終わらない。


 目を外に向ければ、宴会の会場は外観がはっきりと分かるほど近くなっている。





 予想していたとはいえ、やはり自国の宴会と比べると違和感を感じてしまう。


 我が国の国王様の話が終わり、席に座った瞬間、私を含めた来賓たちはようやく長い演説から解放された。


 この宴会は名目上、国同士の親睦と友好を深め、互いのことをよく知るために開かれた。立案者及び提案者、主催者と実行者はもちろん、我が国の国王様と父のランツェアイル公爵。


 戦争している当事者の国とは極めて無関係の第三国が主催した宴会ならば、そこまで拒否することも無下もできないだろう。現に、ボルソとヤライルの両国王はすでにこの場を利用し、国の未来について話を交わし始めている。


 とまあ、そんなことより将来の旦那様のことが気になる。

 前世の記憶と事前に情報収集したリストと照らし合わせ、旦那候補を確認する。


 デビューパーティーの過ちは犯さない。


 ちなみに、デビューパーティーで婚約者を見つけた令嬢令息たちには、今日の宴会は来ないように国王様に伝えてある。


 この宴会は、もともとの歴史にはない宴会だから。

 そこに本来その場にいないはずの人物を参加させると、どう影響するかわからない。


 考えてみれば――人生をやり直している、なのに未来を大きく変えることを恐れて心配するのも変な話だ。


「初めまして」

「えぇ、初めまして」


 この人もだめか、次。

 リストの人名に線を引いて、候補から消去。


 目ぼしい殿方を見つけては、意中の人はすでにいるのかを探る。しかし悲しいことに、今の所は全戦全敗。みんな、将来を決めた人がいる状態なんだ。


「今の人もだめか、残りは――」


 ため息を一つ。

 諦めてはだめよ、ティエラちゃん。さあ、次頑張ろう、次!


 その時だった。


「何がだめなの? ティエラちゃん?」

「みんな、すでに運命の相手がいますわ」


 背後の声にそう答え、ポケットにしまい込んでいたリストを取り出し、次の候補を確認する。


「運命の人いたらまずいの?」

「もちろんですわ、なぜなら未来の夫トォオオオオォオオッ――!?」


 尋ねる声にそう答えながら、なにかおかしいと気づいた瞬間、全力で振り向いた。

 そこで私を出迎えるのは、前に一度会ったことがある笑顔だった。


「やぁ、ティエラちゃん」


 男爵令息エリック・カイザーが爽やかに笑いながら、片手を上げて挨拶していた。


「エリッククック……!? な、なぜここここここににににに……!?」

「驚きすぎ。俺がここにいること、そんなに不思議か? そもそも招待したのが、カルトス国王様とランツェアイル公爵様だろう」

「そそそそそ、そうですわ、ね。……あー、ビックリしましたわ」


 突然現れた予想外の人物を見て、私は慌てて冷静さを取り戻そうと努める、


「ところで、ティエラちゃん、先の話だが」

「はいぃ!? な、な、何の話でしょうか?」


 が、頑張ってようやく自身を落ち着かせたところ、エリックが思い出したかのように話を蒸し返す。


「未来の夫とかなんとか聞こえてたんだが、あれ何?」


 面白そうなおもちゃ見つけたかのような顔で、エリックが興味津々に尋ねる。


「いえいえ、何でもありませんわ。ちょっと、ポルソとヤライルの令息たちの婚約事情に興味がありまして――」

「ふーん、面白そうじゃん。じゃあ俺も一緒にやろう」

「え?」

「ほら、アイツはどうかな?」


 誤魔化そうとしていたら、これはまた予想外の展開になった。

 指差しているエリックに、私は落ち着いた声で、


「エリック様。これは遊びではありませんわ。こうは考えられませんこと?――『公爵令嬢ティエラ・ド・ランツェアイルは極秘の任務で、この宴会に来ております』、その任務の妨げになるような行為は――」

「任務なら味方は多いほうがいいに決まってんだろ」


「……失礼を承知の上で、述べさせていただきます。事前に任務のメンバーに加わっていないことは、その任務に不必要と判断されまして、状況によっては邪魔にしかならない場合もございます。我が国――カルトス王国の貴族としてはあるまじき振る舞いでしてよ」

「……」


 私の言葉を聞いて、エリックは突然真剣な表情になり、黙って私の顔を見つめていた。


「ごめんなさい、少し言い過ぎたかもしれません。ですが、あなたのためと思って――」

「ティエラちゃんってさ……」


 長い沈黙の後に、ようやくエリックは重い口を開いた。


「はい?」

「めっちゃかわいいんだけど。俺好みだ」


 私の顔に熱視線を送りながら、真顔でそう言った。

 ――真顔で何さらっと告白しているんですかこの人。落ち着け私、ちょっとドキッとしたけど今のはノーカンだからねっ!


「はいぃいぃ??? あ、あなたっ、な、何を、言っていますの? 私がかわいいだなんて、からかってますの!?――って違いますわッ! 年上をからかうのやめなさい」

「同い年のはずだが?」


「こ、これは深い事情がありましてッ……!――そう! 精神! 精神はあなたより遥かに年上ですわ。敬いなさい――」

「つまり中身が老けてるってこと?」


「――老けてませんわ! 心はいつだってヴァージン――ではなくてぇ!……乙女ですわッ!」

「乙女、イコール小娘」


「それを言うなら生娘ですわ。ってツッコミはそこではありませんの! というか、なんで私、あなたとこんな夫婦漫才みたいなことしてなければなりませんのッ!? すごくむかつきましたので、失礼させていただきますわッ」

「実家に帰るのか、俺寂しくなるな」


「私がいつ、嫁に――ぐ……ッ」


 さっきから周りの視線が痛い。

 エリックに反論すればするほど、いらない注目を集めてしまう。


 一刻も早くエリックの傍から立ち去りたいが、いつの間にか攻撃の主導権は彼に握られていた。かくなる上は、無言で立ち去るしかない。

 無視。無視するんだ。


「おーい、ティエラちゃん」


 無視。

 一旦戦略的撤退し、体勢を立て直そう。





 アララ、行っちゃった。

 遠くへと去ってしまったティエラを見て、エリックは苦笑を漏らす。


 ――面白ぇな。


 彼女の背中を見送りながら、素直な感想を心の中に吐き出す。

 やっぱ、こいつは面白い。来て正解だった。とエリックは思う。


 今まで接してきた高位貴族の女は皆、高慢ちきな奴ばかりだったから、余計新鮮に感じる。


 同時に、エリックは苦笑する。

 最初は普通に話しかけるつもりだったが、いつの間にか、からかわずにはいられなくなっている。


 面白い反応をするからだ。お前が悪いんだぞ、ティエラちゃん。


 俺に貴族としての振る舞いを期待されてもな、たかが男爵令息に、そんなものを期待するヤツのほうがおかしいぜ。


 男爵なんて、貴族とは呼べない名ばかりの存在じゃねぇか。

 なら好き勝手やらせてもらうぜ。


 本来ならこういう公の場で、公爵令嬢にあんな態度は取れない。だからこそ、面白いんだ。

 価値のない人間、ゴミと罵られてきた男爵令息――奴らは決まってこう言う、『たかが男爵ごときが思い上がるな』、『ふん、貴族と名ばかりの存在が私を直視するか、忌々しい』、『せいぜい隅で縮こまっているが良い。人前に出るな』――と。


 あーあ、余計なことを思い出すんじゃなかった。せっかくの楽しい気分が台無しだ。


 ……さて、おもちゃが心配だ、追いかけよう。




お前、ドSかよ。

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