ドキドキしますわ。
王宮の廊下に、疾走する二つの影があった。
片方は鎧を装備した若い騎士。荒い呼吸を繰り返しながら、必死に前の影についていこうとしている。
一方、先導している影は一人の女性を抱きかかえながらも、軽やかな身のこなしで進んでいく。
――俗に言うお姫様抱っこだ。
「……あ、あの……殿下、そろそろ……ろして……ください」
懐に抱きかかえられている女性は、か細い声を漏らす。
その顔は、恥ずかしいのだろうか、トマトのように赤くなっている。
「何? 風の音で聞き取れないな。もっと大きな声で」
聞こえてはいるはずなのに、聞こえないふりを装う男性。
その顔は、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべていた。
……えぇ、まぁ、言うまでもなく、お姫様抱っこされているのは私、ティエラ・ランツェアイル。
そしてお姫様抱っこしている鬼畜はカタストロフ、第二王子殿下よ。
え? なんで鬼畜って?
それはね……躊躇いもなく乙女をお姫様抱っこするようなヤツは、鬼畜に決まってます。
せめて心の準備をさせてください。そんなお荷物みたいにひょいっと持ち上げるのはやめてー。
普段知恵の神様にも引けを取らないと自負する私の脳は予測不能の奇襲攻撃をされ、真っ白になる。
人生初めての、お姫様抱っこだからね。
(え? お姫様抱っこ? 嘘!? 重くない? 昨夜お風呂に入っててよかった。変な匂いはしてないよね……というか近っ。あ、腕が結構筋肉あるわね。胸板も。……いやいや、違う、それより抵抗するべき? したほうがいい? 女の子こういう場合どうしたらいいの――)
この間、僅か0.1秒。
結論、わからない。
そもそも、初の経験に最適解などわかるわけがない。
抵抗したらしたで、嫌なのかなと思われてしまう。
でも抵抗しなかったら、ちょろい女と思われてしまう。
乙女の皆さん、こういう時、正解はなんですか。教えてください。
「走るぞ、捕まってろ」
「え? キャア――っ」
0.1秒後、私の心の声など当然聞こえるはずもなく、
カタストロフは語りかけるようにぼそっと言い放って、放たれた矢のように――――駆け出した。
言葉を理解するよりも早く――瞬間、体は加速力に引っ張られ、小さく悲鳴を漏らしながら、反射的に言葉通りにカタストロフの服を掴む。
すぐに意識して恥ずかしくなり、慌てて手を放そうとするが、
「振り落とされないように捕まってろ」
更にギュッと抱きしめられた。……近い。
結局、目的地にたどり着くまで、お姫様抱っこ状態から解放してもらえなかった。




