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ジークハイル!ジークハイル!




 今後の方針のために、整理してみよう。


 この前のデビューパーティーに出席していた殿方の中に、未来で婚約の話を聞かない殿方はバルドロとエリック二人のみ。


 そしてその中の一人、子爵令息バルドロは私個人的に、一生を共に過ごすには到底無理だった。フィレの最中でも思ったのだが、性格はとても受け入れられなく感じる。

 本好きで、フィレに熱中していて、気遣いはほぼゼロ。いくらこの国は男性優位でも、あのデリカシーの無さは接していくうちに挫けそうだ。


 幸せにはなりたいが、結婚できれば誰でもいいというわけではない。


 パーティーに出席していた十八人の殿方は、すでに未来で他の女性と結ばれている。


 バルドロは接してみると、性格を受け入れられそうにない。


 となると、あのパーティーにいたもうひとりの独身、エリックと接触してみるしかなさそうだ。……それでもうまく行かない場合、他の国の殿方と婚約をするしかありません。


 そもそも私は男爵令息エリックという人間をよく知らない。

 身分制度のせいで、私と彼の間は殆ど接点がない。

 あのパーティーでの言動を鑑みるに、悪い人ではなさそうだけれど。


(――ああぁ、やっぱ緊張するわ)


 しかし、あの夜の出来事を思い返すと、頬がみるみるうちに赤く染まっていく。


 当時は幸せになりたい一心で突撃したけれど、冷静になって考えてみると、人前でかなり恥ずかしい行動してしまったわ。


 しかも今度は、男爵令息を自分から訪ねに行くなんて。無理、絶対無理だから。


「まるで若い男に飢えた出会いのない老婆みたいですわ。ランツェアイルの名を地に落とすようなはしたない真似、絶対できません」


 でも何もしなければ、また生涯独身になる運命だわ。


「よし、なら発想の転換ですわ。外へと飛び立とう。政略結婚と行きましょう」


 国内では期待できない。ならば他の国はどうでしょう。


(問題はどの国、ですわね)


 隣接している国は二つ――ヤライル王国とゲイルリア帝国。両方とも我が国と同盟を組んでいる。

 最近数十年は特に目立った問題はなく、関係は概ね良好と言える。


 更に遠くへ目を向けると、直接に隣接してはいないが、ヤライルと国土を接しているポルソ帝国はたまに周辺各国と戦争状態になっている。


(……嫁いでも、大きなメリットは見込めなさそうな隣国か……それとも、戦争中の敵国か……)


 ポルソと戦争中のはあくまでヤライル王国だ。私の国は直接関与していない。なのでそこはあまり問題にはならなく、むしろ私がポルソの貴族令息と婚約したら、相手も配慮して矛を収めてくれる可能性はあるはず。


(まあ、一人で悩んでもしょうがありませんものね。お父様に聞いてみよう)


 私は苦笑を浮かべ、部屋から出て、お父様の公務室へと向かう。





「お父様、失礼いたしますわ」


 数度ノックの後に、私は政務室の扉を開けた。


「……ティエラか。今忙しいのだが」


 入室した私に父様は顔を上げることなく、机の前で公文書を読みながら返事した。


「お尋ねしたいことがございまして」

「……言ってみろ」


 視線は公文書へと注がれているまま、父様は許可してくれた。

 用事を手短に済まそうと、私はさっそく本題を切り出した。


「ポルソに嫁いだら、同盟国ヤライルと我が国は具体的にどのようなメリット――」

「――待て。何の話だ?」


 私の言葉に、父様はすごい勢いで顔を上げ、聞き間違い? と疑う表情を浮かべて、眉を顰めながら尋ねた。


「ですから、嫁ぎ先の話でして――」

「なんでポルソが出てくる?」

「――ポルソに運命の婚約相手がいるかもしれませんから」


 それを聞いて、父様は難しい顔でこめかみを揉み解しながら、確かめるように聞いた。


「……あのパーティーにポルソの令息が来てた?」

「いえ」

「……話が読めないんだが」


 説明してほしそうな表情で私を見つめている父様。


 説明……ね。どうやって?


 実は私、今絶賛人生やり直しの最中で、不幸な未来を回避するために婚約相手を探している。――なんて言ったら、信じる?


 無理ね。


 この前侍女長のダニエラに試しに言ってみたら、『あら、お嬢様、冗談がお上手ですわね。うふふ』と返されたわ。

 信じてもらえない上に、子供の戯言だと思われている。 私は悲しい、それにあの表情は見ていてムカつく。


 考えている私に、父様は、


「そもそも、あのパーティーでいい感じだと聞いていたが」


 と、尋ねる


 あの夜の顛末は、同行していた侍女長のダニエラが報告した。

 それを聞いた父様は順調だと思っているけど、実際のところ状況は想像以上に深刻。


 何せ前世の時とさほど変わっていないからだ。


 唯一違う点と言えば、バルドロをみんなの前で負かしたことと、エリックと接点を持ったこと。


「お父様、確かに我が国は周辺諸国より平和で豊かではありますが、それで満足してはいけません。世界は広い。地平線の向こうにはまだ見ぬ未知の景色が広がっております。人は皆、その壮大な光景に目を奪われ、心を奪われます。転ばぬ先の杖とは言いますし、私は見聞を広めたいと考えております故に、どうか許してくださいまし」

「お、おう……?」


 まくしたてるように一気に言葉を並べていくと、父様はたじろいだ。説明しても信じてもらえないならば、煙に巻いたほうが早い。


「し、しかしな、敵国に嫁ぐなど……」

「永遠の敵はいませんと言いますし、人間は皆、赤の他人から関係を始めます。友好を深め、絆を築いていきますわ。相手のことをよく理解せずに決めつけるのは愚の骨頂。敵とみなすのは、知ってからでも遅くありません。こんなことわざがありますわ――彼を知り己を知れば百戦殆うからず――故に、私はそれを実践すべく――」


「――待、待て待て、わかった。わかったからっ。とりあえず、国王様にさり気なく聞いてみる…」


「ヤライルとゲイルリアの皆様も招いてはどうでしょう。ポルソを招待するならば。婚姻関係になれれば、相手も配慮してくれますわ。それに間接な第三国からの申し出、拒むにはなかなか難しいのですわ。これを機に勢力図を塗り替えて、大陸に新しい風を吹かせましょう。国王様は後世に名を残す名君となりましょう。やがて我が国は、この世界の歴史に――」

「名君になるのかな……」


 疑問を口にした父様に、私はコクリと頷き、


「平和をもたらした名君として崇められるでしょう」


 と肯定口調で答える。


「そう、かな。うむ、では近日中、国王様に……」


「光陰矢の如しとは言います。戦況は刻一刻と変化しています。今このときも、無数の罪なき兵士が命を落としていきます。帰らぬ人となる前に、代わりに声を上げられるのは我が国の国王様に他なりません――」

「……明日。明日聞いてみる」


 狐につままれたような表情を浮かべた父様の返事を聞いて、私は心の中でガッツポーズをした。

 運命には、負けない。幸せを手に入れるまで、私は戦うわ。


 ――お待ちしておりますわ、未来の素敵な旦那様。





 数日後、国王からの招待状が貴族たちに届いた。当然、名ばかりとはいえ、男爵令息エリックのところにも招待状が届いた。


「……へぇ……国王陛下とランツェアイル公爵主催の、ポルソ親睦宴会、か」


 エリックは届いた招待状を手に持ち、興味深そうに眺めている。

 そして、ニヤリと笑みを浮かべて、思った。


 ――面白い状況になってんな。と。


「お前は行かないのか。届いてるんだろう、招待状」


 エリックは、部屋の中で本に没頭している友人に尋ねる。


「……行かない、僕は忙しいんだ。この前コテンパンにされたからね。今度こそ、今度こそ勝つ。フィレで負けるなんて、僕のプライドが許さない」


 友人――バルドロは相変わらず無愛想な声で、本に視線を向けたまま答えた。

 その様子に、エリックはやれやれと肩を竦め、ため息と苦笑を漏らす。


 あの日から、バルドロは一層フィレに打ち込んだ。

 ご飯食べるときも、寝る前のときも、風呂に入っているときも、よほど負けたのが悔しかったのだろう。

 唇を噛みしめて悔しがる友人の様子は、正直見ていて飽きない。


 視線を友人から手中にある招待状に戻し――エリックは思った。

 貴族なんてクソだ、と。


 階級制度、身分制度なんて、上の奴らが得するだけのシステムと彼は常常思う。

 自分のような男爵と名ばかりの貴族は、見下されるだけだ。


 だから奴らはクソだ。


 友人のバルドロだって、自分と似たような境遇じゃなければ、友達にはなっていなかった。

 同じく下級貴族で、同じくはみ出る者同士じゃなければ。


 男爵と子爵、似たようなもんさ。それにコイツ、変なやつだしな。と、エリックは思わずクックックと笑い声を漏らす。


 でもそれ以外の貴族は皆、つまらん奴。

 と彼は心の中でそう思う。


 ――あのパーティーで、ティエラを見かけなければ、全員ひと括りにしていたんだろう。


 バルドロの注意を必死に引こうとする様子は正直見ていて、滑稽だと感じる。


 あの時、俺の行動は気遣いと思われていたんだろう、でも俺は内心そんなことどうでも良かった。

 表面上親切にしとけば、将来おこぼれをもらえるかもしれない。それだけだ。――相手は、公爵令嬢だしな。


 でも、その後の彼女の行動に興味を惹かれたのは、事実だ。


 変なやつ。バルドロと同じ、変なやつ。

 エリックは、また愉快そうにクックックと笑いを漏らす。


 手中にある招待状をちらっと一瞥し、エリックは思う。


 ――暇潰しにはなるだろう。




この作品は、恋愛がおまけの頭脳戦と心理戦がメインの、ギャグとコメディとシリアスの作品です。

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