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それは恋なのか、それとも憧れなのか




「先攻を譲る」


 コマを盤上に並べ終え、バルドロは自信満々に言ってきた。


「いいのでしょうか?」

「あぁ。どうせ僕が勝つに決まってる」


 バルドロはすでにうつむいて盤面を凝視し、顔を上げることなく質問に答えた。


 念のために確認したのだが、その様子を見ると私のことはすでにアウトオブ眼中、そんなことより今は一刻も早くフィレを始めたいという気持ちが容易く見て取れる。


 よほど自分に自信があるのか、それとも私が女だから舐めているのか。

 確かに女性でフィレできる人はあまりいなく、未来でも有名な選手は私以外聞いたことがない。


(でも、よほどの自信がないと、自分が勝つなんて言わないわよね)


 そんな私の疑問に答えるかのように、私とバルドロの勝負を観戦している男爵令息エリックは、


「こいつはこういうやつだ、許してやってくれ。ごめんな。だが一つ忠告しとくぜ。本の虫でフィレ大好きの鈍感馬鹿だけど、腕は確かだ」


 と忠告してくれた。また、


「将来の夢はフィレの王者。本気でフィレの世界大会優勝目指してるとか言ってた」


 とも、エリックは呆れながら補足説明した。


 へぇ、それはなかなか将来が楽しみと思わず感心してしまった。

 あの態度に少しイラッときたけど、この年で目標を決めて、本気で目指しているのはなかなかできることではありませんからね。


 ――でも、だからと言って手を緩めたりはしないわ。やはり徹底的にボコりますわ。現実の厳しさを教えて差し上げます。

 フィレの女神と呼ばれているこの私が、本気を出さずに手を抜いて対戦でもしたら、それこそ相手に失礼ですわ。


 私は集中し、盤上に視線を向ける。


 先攻を譲られたので、バルドロは後攻となる。

 盤面上はすでに白と黒のコマが置かれていて、今にも一触即発。


「では、お言葉に甘えて。L2歩1……ですわ」


 まずは、相手の力量を見極めるために小手調べと打って出る。だが自信満々に宣言した私を、バルドロはキョトンとした表情で見つめて、


「L2歩1って、なにそれ」

「あ。――いえいえ、何でもありませんわ。お気になさらず。では、オホン……左2歩前ですわ」


 ニコッと笑顔を一つ浮かべて、誤魔化す。未来ではその呼び方が主流だけど、今の時代はまだだわ。危ない。


「ふーん、左2歩前か、凡庸ね」


 バルドロはそれを見て、鼻で笑い、ご丁寧に凡庸なんてコメントまでしてくれた。余計なお世話ですわ。

 だいたい、序盤はできること殆ど無いでしょう。定石通りに動くしかないのよ。


「んじゃ僕も。右5歩前」


 そう言って、バルドロは盤面の右から5マスの歩兵を、前へと1マス動かした。


 フィレの盤面は左右24と上下24マスで、白と黒の両軍に分かれている。配置するコマの初期位置もルールにより決められていて、変更することはできない。

 また、コマによって動ける範囲も距離も、進行ルートも違ってくる。更にコマ同士の間で相性が存在している。


 今私とバルドロが動かした歩兵はフィレの中で最も下位なコマであり、最も基本なコマである。

 前線にずらりと一列に配置されている歩兵を動かさないと、後ろのコマは前へと移動できないから、最初に動かすコマは必然的歩兵となる。


 だが基本中の基本だと侮ることなかれ、そこにすべての攻撃の起点が存在し、すべての攻撃の終点もそこにある。

 もちろん言うまでもなく、競技化したフィレは定石というものは存在している、そして実力のあるプレイヤーは相手が最初に動かしたコマと位置を見て、そこから力量差を読み取る。


 さっきバルドロが私の一手を凡庸と評したのは、それが原因。

 フィレという遊技をそこそこ知っている人から見れば、確かにあの一手は定石の中の定石、なんの変哲もない普通な一手に違いない。――が、


(前世で世界大会を何度も優勝した私は、その基本オブザ基本の中から無限へとつながる道筋を見出している。その先にあるのは変化自在、縦横無尽の展開)


 競技化したフィレは、大会で優勝するため何百手、何千手先まで読み取る必要がある。故に現在行われる行動はさほど意味はなく、問題はその後だ。


 私は、ちらっとバルドロのコマを確認する。


 彼が私に対抗し、動かしたのは右5の歩兵。私の一手を『凡庸』と評する彼の最初の一手は、定石の中ではかなりいい選択だ。


(十五歳にしては、結構な実力者だわ)


 さすが大会制覇を本気で目指しているだけあって、同年代の相手よりずば抜けている。

 ――まあ、それでも私には遠く及ばないけれど。


「右1歩前」


 私はあえて凡庸な手を打っていく。


「右12歩前」


 彼は私の動きに対応しようと、コマを動かす。


「左2チャリオット3」


 やがて道を阻む歩兵は全員前線へと赴いたところ、私はチャリオット――戦車を動かした。

 当然バルドロは警戒をしていた、彼は素早く反応し、


「左4騎兵2」


 と対応してくる。


 盤面をじっと見つめる彼の表情はうつむいてて、読み取れない。しかし集中しているその様子からフィレに対する真剣さと本気度が伝わってきて、私は少し見直した。


(とはいえ、まだまだ甘いわね)


 ここからだ。

 歩兵を大方出し尽くしたここから、私は彼を死の深淵へといざなう。盤上の戦場で、彼の兵を虐殺する。


 いつの間にか私達の周囲には観戦する人集りが出来上がっていた。

 デビューパーティーを参加しに来たはずの令息令嬢たちは、突然始まったフィレのバトルに興味を抱き、勝負の行方を見守っている。


 ちらっと確認すると、ダリアンの隣はアルトスが寄り添うように立っていて、二人は私とバルドロの勝負を見ながら、話をしている。

 ダリアンと目が合うと、彼女はニコッと笑みを見せ、小さく握りこぶしを作りぐっと掲げて、小声で『ファイト、ティエラちゃん』と応援してくれている。


 えぇ、任せなさい。貴女とバルドロにこの勝利を差し上げますわ。


「……右8司教、1」


 本番の衝突以降、バルドロの声から余裕が少しずつ消えていく。


 フィレという競技の特性上、ここからどうしても定石では対応しきれない場面が頻繁に出てくる。

 なぜなら歩兵をすべて解き放ったここからは、選択肢の数は膨大に膨れ上がっていく。そして序盤ではいかに歩兵を動かしたのもかなり影響してくる。


 防衛と攻撃、両方の行動に思考能力を奪われ、バルドロは未だに気付かない。

 私は一見緩慢に、ただ定石通りに攻撃しているように見えるが、実はその背後に無限の罠が潜んでいる。


 そして、ある時を境に本性を現し、一気に牙を剥いた。


「――な」


 子爵令息のバルドロが、驚愕の声を漏らす。

 どうやら気づいたようね。少々遅いですが、まぁ及第点としましょう。うふふ。


「どうしました?」

「……っく、少し、考える時間をくれ」

「えぇ、構いませんわ。どうぞ気が済むまで、ゆっくり考えてくださいまし」

「……ぅ……」


 自分の不利に気づいたバルドロは更に集中し、盤上を見つめる。だがいくら見つめても、そこに逆転の道は存在しませんことよ?


 彼がそこそこの実力者ということが、仇になったようね。本当の初心者ならば、そもそも気づきすらしないでしょう。――数手後の自軍の王様の死を、ね。


 観戦しているギャラリーも、状況の変化に気づいたようで、ざわつき始める。


 序盤では定石通りに打っていく――のように見せかけ、私がバルドロに仕掛けた戦術は、ある意味とても単純なもの。彼が定石通りに動けば動くほど、ハマっていく罠。


 バルドロは良くも悪くも、定石から完全に抜け出せていない。彼の動きを見れば、そんなことは一目瞭然だわ。


 基本に忠実なのは悪いことではないのだけれど、基本をマスターしていない人間が基本通りに動いて、それで勝てるほど甘くないわよ。

 同時に、気持ちもわかる。むしろ私はバルドロの向上心を評価して、あえてこの戦術を取った。


 根気よく基本をマスターする、ほとんどの人はそれができない。なのに十五歳で基本を熟知し、そこから脱却しようとしているバルドロは、かなり将来有望である。


(前世の大会で彼の名を聞かなかったわね。こんなに強いのに)


 まだ盤面とにらめっこしているバルドロを見つめながら、昔を思い出す。

 私が大会に参加し始めたのは、前世の六十歳以降。その時は、別の人がチャンピオンだった。


「っぷぅ。いやぁ、すげぇな。ティエラ様」


 突然観客の中から、吹き出した笑い声が聞こえてきて、目を向けるとエリックが腹を抱えて笑っていた。

 私がキョトンとした表情で彼を見ていると、エリックは涙を手で拭い、


「あのバルドロをここまで追い詰めるなんて、ティエラ様、すごいな。俺初めて見ましたよ? バルドロがフィレでこんなに長考してるなんて」

「はぁ……?」


 最初こそ周囲のみんなも、何だこいつ? の目でエリックを見ているが、彼は気にした様子もなく、無邪気な笑みを浮かべ続ける。

 すると、それを聞いた観戦者のみんなは――。


『……言われてみれば、確かに』

『ティエラ様、すごいですわ』

『フィレなんて興味ないけど、ひょっとして面白いのかな』

『おーい、バルドロ、負けんなよ』


 と、ヒートアップしていき、場をさらに盛り上げていた。


 あら、これは予想外の展開ですわ。


 しかし、当の本人は声援に気付かないほど集中していて、盤面を食い入るように見つめている。


「……左9……砲兵……前」


 長考の末にバルドロが苦し紛れに打ったその手は、当然逆転の一手にはならない。えぇ、まぁ、寿命が少し伸びたかもしれませんわね。私次第ですが。


「右1要塞2」


 ほぼノータイムに次の一手を彼に合わせて打っていく。


「……っく」


 バルドロが、苦しそうに呻き声を漏らした。


 もはや力量差は歴然。もっとも、私はバルドロが降参するか、もしくは彼の王様を殺すまで付き合ってあげるつもりだわ。


 そして私の予想通りに、彼はどうやら諦めがいい人ではなくて、試合は延々と一時間以上も続いた。

 最後、精魂燃え尽き果てたバルドロは、絞り出すようにか細い声で、


「……僕の、負けだ」


 そう宣言すると同時に、ガクッと項垂れる。


 一時間以上の死闘――そう見えただけの勝負を見守っていたギャラリーのみんなは、思わず歓声を上げる。


 令息のみんなはバルドロの健闘と根性を称え、今夜の予想外のサプライズについて語り合っている。

 令嬢のみんなは勝負の内容について花を咲かせ、興奮冷めやまぬ中、敗北のバルドロに話しかける令嬢も何人かいた。


 私はというと、バルドロが勝負の内容と結果を受け入れるまでは少し時間かかるだろうと思い、誰にも気付かれることなく会場を抜け出し、中庭で月を眺める。





 ――やってしまった。


 終わって冷静に考えてみると、これでは前と変わらないじゃないか。と気づく。

 殿方は自分より強い女性を好まない。そのことを知っておきながら、衆目の前でバルドロをボコってしまいました。


(えぇ、まぁ。やってしまったことは仕方ありませんわ。幸い、と言ってはなんですが、あの会場にいるみんなはすでに前世では結ばれている。残りの二人、バルドロは……仕方ないとして、エリックは好感触ですわ)


 ギリギリセーフと信じて、エリックの姿を探しているけれど、見つからない。


 どこに行ってしまったんでしょう。と思い、中庭を探し、会場に戻ってまた探したが、どこにもいなかった。

 結局、その日はなんの成果もないまま、パーティーは終わった。


 でも、前の時と違い、変化はあった。

 手応えを得て、私は次の作戦について考える。





 このときの私は、まだ知らない。

 後に、フィレ世界王者の座を手に入れるバルドロ子爵は、優勝の大会で彼はこう語っていた。


『――今の僕があるのは、とある素敵な女性のおかげです。あのとき、彼女に負けてなかったら、この高みに至れなかったのでしょう。とても感謝しています。同時にリベンジもしたいと思っています。


ええ、そうです、今度こそ勝ちたいと思っています。そんなに驚くことでしょうか、僕だって、勝てない人いますよ。


本当のことを告白すると、彼女にはどうやっても勝てる気がしません。困ったな。あはは――ですが、彼女に届くまでは、努力します』


 世界王者になったバルドロは、あの日の事を思い出しながら、目を細める。


 彼自身もわからない。これは恋心なのか、それともただの憧れなのか。

 どちらにせよ、彼は記憶の中に佇んでいるあの強い彼女を目指して――いつか追いついてみせますよ、待っててください、ティエラ様。と、微笑みながら強く、強く誓った




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