幕間6 返り討ちにして差し上げますわ。…………あれ?
暖かい日が東から登る。
……真夜中にも関わらず、敷かれた厳重な警備をかいくぐり、屋敷と敷地から脱出したまではいいが、宿の営業時間を過ぎていたため、結局夜が明けるまで王都をフラフラ彷徨うことになっていた。……寒い。
本格的に冬になろうとしているこの時期に、路上で一夜を明かすのは得策ではない。……とにかく寒かった。
雪降らなくてよかったわ。
朝日と共に、住民のみんなが活動を始め、王都は活力と熱気を取り戻していく。
そんな朝の風景を眺めながら――
「――クシュン」
小さくくしゃみをした。……寒い。
朝食はどうしようかな、とフラフラ歩いていると、鼻をくすぐる香ばしい匂いが漂ってきて、そちらに吸い寄せられてしまう。
匂いをそのままたどっていくと、大通りから少し離れた路地に、奥まったところに食堂らしき建物があった。
中を覗くと、営業は始まっているけれど、まだ来客は誰もいない貸し切り状態。
……もっとも、お客さんどころか、店員もいない。
「……おはようございます?」
恐る恐る入ると、私の声を聞いたのか、奥から――
「はわわ、お待ち下さい~! 行き、行きますからぁ! 今すぐ! あわわ、あぎゃあぁあ!? いったぁ……!、足の小指をぶつけたぁっ! きゃあ!? あ……落ちる! 落ちる! 割れる! きゃあああ!」
悲痛な悲鳴が店内に響き渡る。
……他の店行こうかな。
なんて思った途端、そんな私の思考を読み取ったかの如く――
「行かないでぇ! 行きますからぁ! 行かないでくださいお願いします! 一生のお願いですから!」
また店の奥から、何かが割れた音――何かにぶつけた音――何かが破裂した音――色々の音が奏でる合唱の中に混じり、少女の悲鳴が聞こえてきた。
「大変、お待たせしてしまいました」
ペコリと謝る少女の頭から、割れた皿の破片が雨粒のように落ちる。
「……大、大丈夫?」
少女の安否を気遣う。
小さな体のあちこちに傷を作り、ウェイトレスの服に赤と黄色と、ありとあらゆる色の調味料がついている。
正直、戦争激戦区から生き残った軍人でも、これほどひどくはならない。
「はいっ! ありがとうございます! いつものことですので……」
照れながら笑う少女。
「……っと、お客様を待たせちゃだめですね! ご注文は? 朝食ですよね? 朝食ですよね!?」
「……え、えぇ。朝食ですわ」
「やったあぁ!!!」
全力でガッツポーズをする少女。……朝食にそんな喜ぶ要素があった?
「はい! ではご注文は!?」
「……おすすめはあるのかしら?」
王都で食べたことがないので、聞いてみる。
しかし、少女の口から返ってきた答えは予想を遥かに超えるものだった。
「――全部」
「――ヘ?……カツアゲ? ボッタクリ?」
変な声を漏らし、思わず耳を疑った。
全部と言われて、アコレヤバイミセダって思った。今はドレス着てないから、わからなかったのかな? 公爵令嬢をぼったくろうなんていい度胸ですわ。
「あ、いいえ! 違うんです! 全部というのは――全部美味しいから全部オススメという意味なんです! ぜひ全部試してくださいっ」
慌てて説明するウェイトレスの少女。
……意味は変わってないと思うのは気の所為? 買い占めろと?
これはあれだな、次の瞬間、厨房からコワイ兄さんが出てきて、「お客さん? 座ったなら注文はするんだよな!?」って脅してくるヤツだ、私知ってる。
甘いですね、腕っぷしで私に勝てるとでも? 返り討ちにして差し上げますわ。
さあ、かかってきなさい!
「レイミ、どうしたの? トラブル?」
ほら、出てきた。厨房から――超絶美男子が。…………あれ?




