幕間5 プリズン・ブレイク!
――脱獄しよう。
突然なんのこと? って思う人もいると思いますが、切実な問題ですわ。
というのは、あの夜這――ではなくて、巷を密かに騒がせている公爵令嬢襲撃事件以降、お父様に外出を固く禁じられておりましてよ。
か弱い娘を、守りたい気持ちは十分にわかりますけれども。
私としましては、思わずS〇ITと言い放たざるを得ませんでしたわ。
このままでは、手遅れになります。
私の、婚期が。
ただでさえ前世で幸せを掴むことはできなかったのに。
だから、破ろう。この人生という名の牢獄を。プリズンを! 幸せを掴むために!
――高跳びしよう。この大空へと、飛び立とう。
「俺と駆け落ちということ!?」
「なぜそうなりますの?」
興奮して鉄格子をガシッと掴むお猿さんに、呆れと憐れみの視線を送る。
一度は彼の頭を切り開いて中身を覗いてみたいですわ。どういう変換の仕方をしてますの?
「だってそうとしか聞こえなかった」
「一言も言ってません」
そもそもこのお猿さん、もうだいぶ前に解放されているはずなのに、なぜか頑なに牢から出ようとしません。
『嫌だ、外は寒い。ここ温かいし、三食寝所付きな上にティエラちゃんと同じ屋根の下で暮らせるなんて天国だ』――なんて言っていましたから、いつの間にかすっかり半ば居候状態。
それに同じ屋根の下ですって?
いいこと? 私は部屋、あなたは牢屋。天と地の隔たりがありますの。それを同じ屋根の下に訳せるなんてある意味すごいわ。
やはりお猿、人間の常識とかけ離れてますのね。
「だから、外に行く気はありません? と言ってますの」
「なんで? ティエラちゃん、この季節に外は寒いぞ? ろくな食べ物も見つからないし、雪でも降ってきたら火を起こさないと死ぬ」
「……あなたね、家に帰らなくていいですの?」
「……いいよ、俺が帰らなくても」
そっけなくそう答えるお猿の顔に、一抹の陰りがよぎる。
この反応、家と何かありましたの?
まあ、いいわ。お猿さんの家庭事情に興味はない。
一緒に脱獄と誘いに来たわけだけれど、彼が乗り気ではないというのなら、無理強いすることもないわ。
「ではおやすみ、私もう行くから」
「どこへ?」
「外ですわ」
「……いま真夜中だけど?」
「えぇ、プチ家出しようと思ってますの」
あ、でも明日の夕方には戻る予定ですわ。
じゃあね、と彼に手を振り離れると、突然お猿さんがガシッと鉄格子を掴んで、
「待て、ティエラちゃん、俺も連れて行ってくれ」
「あら? あれだけ嫌がってましたのに?」
「この時間は危ない。守るから」
どういう風の吹き回しかと思いきや、なるほど。却下。
正直なところ、もともと一緒に脱獄と彼を誘ったのは、家に帰るよう促したいだけですわ。その気がないとわかった今では、お荷物を連れて行くつもりはありません。
というわけで――
「却下しますわ」
「えッ!? ティ、ティエラちゃん? 待って、待ってくれ」
ガシッと掴んだ鉄格子を思い切りこじ開けようと力を加え、行かないでと大声を上げるお猿さん。
もちろん、それで牢屋の鉄格子を破れるわけがないのだが――
「――あなた、やめなさい」
このお猿さん、私のプリズン・ブレイク計画を台無しにする気なの!? 大声を上げるの即座にやめなさい!
「ティエラちゃん! ティエラちゃん!! ティエラちゃん!!!」
「――っく!」
やむを得ませんわ。
実力行使します!
「ティエラちゃん――え?――ガッ!?」
シュッと、私は瞬歩を使い、一瞬で姿は彼の視界から消え、彼が意識するよりも早く、牢屋のところまで迫る。
そのまま――彼の首筋に手刀。
「……うっ……」
意識を刈り取られたお猿さんは、無自覚の呻き声を漏らしながら、床に倒れた。
お・や・す・み。
「誰も見ていなければ、こんなもんですわ」
恐れているのは目撃者。それがいなければ、遠慮なく実力発揮できますわ。
では、夜の闇に紛れて、いざ、プリズン・ブレイク!




