親戚の集まりと公爵令嬢襲撃事件
中心にある大きなシャンデリアが、室内を明るく照らしている。
そのきらびやかなホールに集まった貴族達は、宮廷演奏隊の音楽に合わせて優雅に踊る。
今日は国王と主要貴族達が共同主催した社交パーティーの日。
この国に所属している貴族であれば、身分関係なく等しく招待される。
当然、公爵令嬢の私も出席しています、が――
「……若い殿方がいませんわ」
ポツリとこぼす。
もっと正確に言うと、未婚の殿方は出席していない。――のが正しい。
考えてみれば当たり前。
この前の私のデビューパーティーで、未婚の殿方はほとんど出席していた。
あの時婚約決まった皆が、この例年開催されるパーティーに出席することは来る前からわかっていたはずだわ。
それでも一縷の望みに賭けて、来てみたんだけれど、案の定というか、予定調和というか。
それにしても――
「おお……! これはこれは……ティエラか? 見ない間大きくなったな」
「あら、メフィスター様、お久しぶりですわ」
「前の時はここまでの身長だったのにな、ハッハッハ」
「メフィスター様、私もう子供ではありませんわ」
「十五、六歳なら六十歳のわしから見りゃ子供だよ、ハッハッハ」
「うふふ、そうですわね」
前世も含めば私余裕で六十歳超えてますが……言わないでおこう。
笑顔で辺境伯のメフィスター様に手を振り、見送る。
その次の瞬間、
「おや? ティエラじゃありませんか。またきれいになったな」
「こんばんは、エメライト様」
「さっきからキョロキョロしているようだが……誰か探しているのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「そうか。……ところでランツェアイル様見かけなかったか?」
「お父様ならあそこですわ」
「ありがとう。んじゃな」
笑顔でエメライト候爵に手を振り、見送る。
その次の瞬間、
「あら、ティエラちゃんではありませんの? こんばんはですわ」
「えぇ、こんばんはですわ」
……この親戚の集まりに放り込まれた感じはどうにかならないのかしら。
「……やっと一息つけますわ」
人が集まっている中央から壁際まで移動し、その様子を遠くから眺める。
「ティエラちゃん、はい」
会場で私を見つけたダリアンは、小走りに近づいてきて、トレイに載せているチキン料理を勧めてくる。
「ありがとう」
礼を言い、渡されてきた料理を受け取る。
「もうティエラちゃんモテモテでなかなか話しかけるタイミング見つからなくて……」
「……どちらかと言うと、親戚の集まりに放り込まれたおもちゃだわ……」
別に嫌いではないけど、私、婚活で忙しいわ。
「あ、あはは……。――そう言えば、怪我はなかったの? 大丈夫? この間、お父様からランツェアイル公爵令嬢襲撃事件って聞かされて……私、聞いた瞬間気絶したわ」
ダリアンは、不安そうな表情で見つめてくる。
「……ああ、大丈夫。心配させてごめんね」
「犯人は、まだ見つからないの?」
「……ファイブライズ様も色々調べているでしょう? すぐに見つかると思うわ」
ダリアンの一族、ファイブライズ家は代々国王に信頼されて、外国勢力によるスパイ活動の調査や取締を任されている。
この分野においてはかなりのスペシャリスト。
更に、その娘であるダリアンと婚約している未来の夫、アルトス家は古来より衛兵の管理を担当している。
両家がタッグを組んで調査している現状では、犯人がこの国の人間なら、隠れようがないわ。
それでも、ダリアンは不安そうに笑い、
「……そうだと、いいですわね」
ポツリと呟いた。
……それより、私、せっかく吐血の披露を盛大に準備していたのに、未婚の殿方がいないと意味ないんだけど……? どうしたらいいのかな……。
「失敗しただと?」
部下の報告を聞いて、ディカルラは怒りで椅子から立ち上がった。
無理もない。
送り出した刺客が勝手に目標の部屋に侵入し、殺そうとして失敗した上に、捕まった。
「何勝手なことを……! あの無能共……ッ!」
どうせ殺すならカタストロフ王子を殺せッ……!
なぜよりによって殺さなくてもいい人に手を出すんだ……!
しかも失敗して捕まるなんて無能にも程がある。
「調べろと言ったが、殺せとは言ってない!」
ディカルラは怒りに任せて政務机を叩いた。
その音と怒鳴り声で、雇われた暗殺者達はビクッと小さく震えた。
チッと舌打ちをし、ディカルラは考える。
――失敗したことはもうどうしようもない。
問題は捕まった無能共が雇い主のことを言うか、言わないか。
今更、口封じの暗殺者を送っても遅い。ただリスクが増えるだけだ。
「……クソ、どのみち、リスクしかない」
方法は、ある。
だがかなりの賭けになる。
「……選べられる立場ではないな」
腹をくくったディカルラの喉から発せられた声はどこまでも暗く、深く闇に溶け込んでいく。




