こんなこともあろうかと
やってしまった。というのが、ティエラの最初の感想。
黒ずくめ男達の動きと僅かな殺気に体が反射的に反応し、残影すら視認させない速さで手を逆にひねり上げていた。
その結果、三人の男は固まってしまい、どう反応すればいいのかわからない状態に陥っている。目の前の光景が、あまり予想とかけ離れていたからだ。
かつてない経験に違いない。
自分達はいつだって優位で、獲物を刈り取る側だと彼らは考えていた。
獲物の反撃は過去にも何度かあったが、ひっかく程度の傷にしかならなかった。
まあ、要するに――こんな訳もわからずねじ伏せられたことがないからだ。
困惑。憤怒。恐怖。様々な感情が男達の中で渦巻き、ごちゃまぜになっている。
一方、男爵令息エリックもどうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。
木を登ったはいいが、まさか本当に知らない男達がティエラの部屋にいる光景を目撃するとは思わなかった。
次に、瞬時の怒りに任せて部屋の中に飛び込んで、彼女の危機に颯爽とヒーロー登場! はいいが、まさか先にティエラが男達を圧倒し、制圧してしまうとは。
ヒーローとしての大義名分と必要性を失い、エリックはと呆然と眺めることしかできずにいた。
俺、いらなくね?
同様に、ティエラもどうしたらいいか、と反応に困っていた。
体が自動迎撃したおかげで、これ以上ない位困る。
まず、これまで極力前世と同じ轍を踏まないように気をつけてきたが、男達のせいで人類最強令嬢の片鱗を見せてしまった。
残影すら残らないほど早くて鋭いひねり上げを繰り出せる女の子ってなんやねん。もう可愛さのかけらもないわ。
更に大人の男を――それも同時に二人を圧倒してしまうとは、メスゴリラと罵られても仕方ない。
最後に、トドメとだば言わんかりに、あまり考えたくはないが、この三人の男はおそらく相当な者。
なのに十代のか弱い女の子に手も足も出ない。誰が見ても異常でしょうコレ。
……今ならまだなんとかなる?
一生懸命に言い訳を考えているが、いいのを思いつかない。
それぐらい犯行現場は絶望的だ。
『実は私、火事場の馬鹿力を発揮しましてよ』……うーん、だめっぽい。
『こう見えてこっそり筋トレをしていましたわ!』……結局ゴリラということは変わりないし、自白しているようなもの。
『跪きなさい、私、天の導きを聞きましてよ。この角度でこうひねり上げれば、と』……危ない人にしか聞こえない。
どうしたものか、いよいよ本気で困る。
一縷の望みに、と、そこに呆然と立ち尽くしているエリックに、目をパチパチさせてアイコンタクトで訴える。
『助けて。なんかしなさい』
が、何を思ったのか、彼はしばらくポカーンと見つめた後に、嬉しそうに目をパチパチさせてアイコンタクトを返してきた。
……あなたね、これは遊びじゃないわ……!
何よ、『ティエラちゃん俺のこと好きなの?』ってそんなこと聞いてない! 真面目にやりなさいよもう! この危機的状況理解してないの!? 主に私が危機的なの! というか伝われ私の心のメッセージ!
……だめだこの猿。一時でもこの猿のことを真面目に名前で呼んだことを後悔する。
となると、やはり自力でなんとかしなければいけない。
……だけど、どうしたら……?
困っていると、その時だった。
「てめぇ……そいつらを放せッ!」
残りの一人――リーダーが二人を助けるために拳を握り、私へ踏み込んでくる。
――素晴らしいッ! 救世主現るとはまさにこのことよ!
瞬間、私の全身の細胞は稼働する。
脳髄に電撃が走り、人類最高とまで謳われる脳が一つのプランを導き出した。
「放、せ……ッ!」
男の拳が顔面に迫る。
怒りと恐怖のせいか、繰り出した拳はヘロヘロになっていて、およそ実力の半分も出てないのが簡単に見て取れる。
だが例え男が全力の一撃を出したとしても、私には届くまい。それぐらい男と私の間で実力の差がある。
恐怖に駆られ、怒りに震えて、あまりに遅く、止まっているかのように見えるソレを、私は――
私は――あえてかわさなかった。
「キャアァッ!」
「……えっ?」
夜の帳と絹を裂くような悲鳴を上げ、私は十メートル以上後ろへ大きく吹っ飛んだ。
壁際まで吹っ飛ばされた体は、ドン!!! と屋敷全体を眠りから覚ますような大きな音を轟かせて、力なくぐったりと倒れる。
男は困惑した声を発し、その一部始終を呆然と見つめる
衝突の瞬間解放された仲間の二人も、何が起きたんだという顔で吹っ飛んだ私を見る。
猿も目を大きく見開いて、立ち尽くす。
当然だ。
どう考えたって、彼の拳にそこまでの威力はない。
撃った本人が一番よくわかっている。
だけど私の名誉のために、利用させてもらうわ……!
壁と激突した私は、死にそうな感じでゆっくりと上半身を起こした。
手で口元をかばうように、男を見つめながら、
「……すごい、一撃でしたわ。あなた、さぞ有名な英雄ですね。……う、うぐっ……ゲホ! ガハッ」
盛大に吐血した。
口からは真っ赤な血が堰を切ったように吹き出て、床を赤く染め上げていく。ポタポタと。
そんな私の吐血姿を見て、この場にいる四人の男達はまた一同に、
「「「「えっ?」」」」
と、引いているのか驚いているのか、はたまた両方なのか、よくわからない反応で固まっていた。
――締めた。有無を言わさず、とりあえず煙に巻いとこう。
私の迫真の演技を見て、固まる男四人。
それも当然といえば当然。だって本物の血を吐いているんだもの。
前世で未来の旦那って病弱な子が好きかな? 女優好きかな? と思い、いつでもどこでもどんな状況でも吐血できるように猛特訓した。
見破られない気づかれないように内蔵をちょこっと破裂させて純度100%の鮮血を吐き出すなんて造作もないわ。更に好きなタイミングで内蔵を元の状態に戻すこともお手の物よ。
さあ、これで――形勢逆転よ。
「お嬢様!? すごい音しましたが大丈夫でしょうか? 一体何が……? あっ」
……あっ。
「……すごい、一撃でしたわ。あなた、さぞ有名な英雄ですね。……う、うぐっ……ゲホ! ガハッ」(棒読みに感じさせない高度な棒読み)




