幕間4 森の中の男達
夜の闇に紛れて、男達は走る。
黒いローブが体を覆っており、顔の下半分も黒い布で隠されている。
その足音は極小で、身のこなしは素早くてしなやか――。
ディカルラ公爵に雇われた彼達は――新しい命令を受け、この国に一週間前から潜入し、色々調べていた。――が、大した情報は得られず、より多くの情報を探るため、協議の末に標的の屋敷へと向かった。
……ピタッと、森を抜けた男達の足が止まる。
その先にある建物――蝋燭の光が窓から漏れ、闇の中に浮かび上がるシルエットは――ランツェアイル公爵邸。
ここから更に慎重に動く。
ディカルラ様の命令は調査だが、暗殺専門の自分達を派遣したことはつまり――必要とあらば殺してよしということだ。
今夜の獲物を前に、血に飢えた獣達が思わず舌なめずりする。
興奮を抑えながら、男達は足音を殺し、屋敷の塀を飛び越えた。
10月になると、流石に少し寒い。
「ふー……」
若干白い息を吐き出し、エリックは熱々のコーヒーを口へと運び、一口すする。
大人のほろ苦い味を楽しみながら、彼は背後にある野営用のテントと、干してある洗濯済みの服に目を向けた。
今日は風が強い。これならすぐ乾くだろう。
と、彼は月を見上げる。
――そろそろ一ヶ月になるな。
テントの場所は言うまでもなく、ランツェアイル公爵邸の外。
一ヶ月前から、ティエラから出入り禁止されたエリックは諦めることなく、毎日来ていた。
もちろんすべては門前払い、徒労に終わったが、それでも諦めないエリックは――いつの間にか、気づいた時はランツェアイル屋敷外の森でテントを張り、野営し始めた。
通りかかる住人にヒソヒソされるが、気にしない。というか慣れた。
衛兵を呼ばれたこともあるが、騒ぎになって屋敷の使用人が慌てて止めに入り、事情を説明してくれた。
たまに散歩に出かけるランツェアイル公爵と顔を合わせることもあり、すっかり親しくなった。
ここでの生活もだいぶなれた。
腹が減ったら森でどんぐりや果実を集め、近所に住んでいた猟師と肉を交換していた。王都とはいえ、屋敷周辺の森は公爵領とみなされているので、狩猟許可ない人間が取っては窃盗になる。いくら俺でもそれくらいの常識はある。
天気がいい日は森の川で洗濯し、テントに持ち帰って干している。
ティエラに会えない日はもうすぐ30日になるんだけど、きっと諦めなければ最後に愛は勝つ。
それにしても――
月を見上げるエリックは、再び視線を屋敷に戻す。
「――今日は虫達が騒がしいな」
一ヶ月も暮らしていれば、森の表情がわかるようになってくる。
普段楽しく合唱をする虫達は今日、何かから逃げるように声を上げていた。
それに、さり気なくティエラちゃんの部屋の明かりを確認した時、塀の上に飛び越える鳥のような影が見えた。
――いやな予感がする。
もし万が一ティエラちゃんの身に何かあったら……!
「行かねば……!」
思い立ったが吉日。ティエラに会いたいウキウキの気持ちを抑えつつ、男爵令息エリックは塀を飛び越えていく。――不法侵入していることすら気づかずに。
そろそろ逮捕されそうですね……




