〇〇すぎて逆に全然〇〇いように見えないアレ
「今日は楽しく過ごせました。本当にありがとう」
「ああ、また招待するよ。帰り気をつけてね」
カタストロフに見送られ、私とダリアンは馬車に乗り込んだ。
その後は騒いでいる内にダリアンの機嫌も直り、みんな楽しく談笑できた。
問題のカタストロフの侍女服だけど、途中で――おそらく事前にカタストロフの指示を受けた使用人――が着替えを持ってきたので、すねていたファライも納得し、会話に参加してきた。
……楽しかった。
振り返って、率直にそう思った。
帰り際にカタストロフとエルミナファは、今度は折を見て私の国を訪問すると、約束を交わす。
思いの外楽しい一時を過ごせた私は、二人の来訪を待ち遠しく感じる。
「みんないい人で良かったわ」
帰りの馬車の中で、笑顔でそうつぶやく。
「……ティエラちゃん、本当は言いたくない、けど、あの男に騙されては――」
「ううん、いいの。ありがとうね、ダリアン。でも、いいの」
親友の言葉を遮り、微笑む。
ダリアンの言いたいことはわかる。
きっと私のことを心配し、相手のこと調べてくれたんでしょう。
だってダニエラも同じことをしたから。
そして調べた後、言いにくそうに私を見つめるダニエラ。
――それで確信した。カタストロフは何か裏がある、と。
だからこそ、自分で確かめたかった。
何の先入観も持たずに自分の目で見て、肌で感じて、言葉を交わして――彼がどういう人物かを知りたい。
決めるのは、それからでも遅くはない。
親友を安心させるために、彼女の頭を撫でつつ、馬車に揺られながら色々思案する。
「殿下、おフザケが過ぎたと思わないか」
友人の彼女たちを載せた馬車が、遠く向こうに消えて見えなくなった。
タイミングを見計らったかのように、隣のファライが話しかけてくる。
「なんのことかな」
「……全く、陛下の不興をこれ以上買わないでください。私一人では限界があります」
「なぁに、他国の客人がいる前、流石にクソジジイも貴族共も手出してこないだろう」
「ランツェアイル様とファイブライズ様を盾に使いました……か?」
「俺がそんなゲスいこと考えるバカに見えるか? 襲ってこない様子見しか能がない貴族共は自業自得だろう。まぁ襲われたって全員返り討ちだがな」
「侍女服なのも、挑発ですか」
「半分はな。言っただろう。それに、ファライも俺という人物をよく知ってるはずだが」
「ああ、殿下は性格が悪い」
「クックック……よくわかってるじゃねぇか。あれが一番楽しい選択だよ」
「刺客達も呆れて固まってたな」
ファライはため息をつく。
何ということでしょう、貴族達が派遣した、第二王子を殺すために潜入し、隙あらば行動する選りすぐりの暗殺者の精鋭達が――女装した標的を見て困惑するなんて。
だがそれもそのはず。
女装し、化粧までして、完璧に美人としか見えない姿で友人を招待するヤツは――どう見ても正気を疑う。
果たして自分達はターゲットの前に出ていくべきなのか――そう躊躇させるほど、あの姿は効果覿面だった。
「庭の影に四人。廊下の柱の影に二人。全く、王子は大変なんだな」
「それは殿下だけかと。――あれだけ殺意を抱かれる王子もなかなかいませんよ」
「なぁに、いざという時最高に頼もしい騎士団長がそばにいるから問題ないよ」
「わざと自分より弱い部下に助けを求める王子もなかなかいませんね……頭が痛い。まさか全員を私に押し付ける気?」
「お前の仕事だろ。騎士団長」
「ストライキ起こしていいっすか」
「困るなそれは。まさか俺を監視するために、クソジジイに派遣されたヤツが匙を投げたいと言い出すなんて、許さん」
「今、殿下と友人であることを激しく後悔してます」
「しかし襲ってこなかったな。能無し貴族が雇った奴らも臆病なのか」
「……殿下に恐れをなしたかと」
主にその女装姿に。とファライは思う。
「襲われたほうが都合いいのにな」
「……なんで?」
「ほら、親睦宴会のときに言ったろう。ティエラは何か秘密を抱えていると」
「襲われた――ではなく、まさかあえて”襲わせた”ことにより……」
「ああ、実力を見せてくれるかなって」
「……殿下はあれだな。頭良すぎて一周回って理解不能なあれ」
普通、女装の目的は刺客達に手を出させないのが目的なんじゃないの?
あえて侍女姿でわざと挑発し、判断を誤らせるつもりかと思いきや、更に斜め上の発想だったとはな。
「俺がそんな目的で着替えたわけないだろう! この姿は全部、友人の彼女を楽しませるためだぞ」
「え――?」
ファライは言葉をしばらく失う。
暗殺者への対策かと考えたが、実際はそんなことなど微塵も考えず、素でアレをやっていた。
だから――わざと挑発するように振る舞い、襲われないための行動かと見せかけて、実は襲わせ(たい)るための行動で――
しかもメインな目的は暗殺ではなく、友人のランツェアイル様にあり――
……こんなの、読めるかっ。
「殿下はアレですね、すごすぎて逆に全然すごいように見えないアレ」




