カタストロフの提案
「僕とフィレをしよう。そうすればすべて解決さ」
「……却下」
解決するわけ無いでしょー!
この人、ただフィレがしたいだけなのでは?
フィレのことしか頭にないバルドロは放っといて、私は三人にペコリと一礼し――
「申し訳ございません、せっかくの申し出なのですが……」
「どうやら姫君を知らず知らずのうちに困らせてしまいましたね。私のミスです。謝らないでください、それはこちらの言葉です。申し訳ありません」
謝ろうとする私をカタストロフが手で制し、丁重に頭を下げて謝った。
(え? あ、あの……そんな、謝ることでは――)
と、謝られた私は慌てて口を開こうとする、が
「そうだティエラちゃん、こんな奴はほっといて俺と一緒仁王都を回ろうぜ」
横からいきなりお猿さんが馴れ馴れしく肩に触れ、私を抱き寄せる。
あらあらまぁ、この情熱的なお猿さん、人生において一番重要な学習能力を幼少期のどこかに置き去りにしてきましたわね。
代わりに図太さを手に入れたようですが、今のところそれがプラスに働いておりませんわ。そろそろブチ切れてもよろしくて?
もはや何度目かもわからず、すっかりいつもの光景になってしまった。私は馴れ馴れしく抱き寄せるエリックを押しのけようと試みる。
そこで――
「私のティエラちゃんに馴れ馴れしく触らないでくださいッ」
当然のごとくダリアンが割って入り、強引に私をエリックから引っ剥がす。
……何なんだろう。このやり取り、昨日が最初のはずなんだけど、すっかりいつもの光景に感じる既視感を覚えてしまっている自分がいる。
それと、さり気なく”私の”って強調しているところも、私、聞き逃さないからね。
この子ってこんな自己主張激しかった子だっけ?
私のダリアンについての印象をと言えば、初めて出会ったのは七歳の頃。
お父様と共にとある貴族の誕生日パーティーに出席していた時、同じくそのパーティーに出席していたダリアンは他の貴族の娘にいじめられていた。通りかかった私は見過ごせなくて、軽くその娘たちを蹴散らして以来、ダリアンに懐かれてしまった。
これまでの記憶では、彼女はいつも私の後ろについてくる気弱な娘で、あまり自分の意見を主張することなく、物静かな娘で――
「ティエラちゃんにはそういう軽薄な殿方、嫌いですわッ!」
――決してこんな男性に真っ向から勝負仕掛けるような、自己主張が激しい子ではなかった。
「それはティエラちゃんが決めることだろ? ファイブライズ様には関係のないことです」
挑んでくるダリアンに対し、エリックは一歩も引かない構えを見せる、……そういえばこのお猿さん、何故かダリアンには刺々しい態度を取っている。
これでは埒が明かない。また昨日の繰り返しになる。
そ、そうだ……アルトスがいる。この中で、唯一まともそうな彼ならば。
と、私は傍観していたアルトスに助けを求める視線を送る。が――
「お二人の仲が良くて、実に羨ましいです」
私に抱きつき、男から守ろうとしているダリアンと私を見て、アルトスはニコッと柔らかい笑みを浮かべるだけだった。
……忘れていたわ、この男、ダリアンにめちゃくちゃ甘い男だったわ。
「そうですわ、アルトス様もティエラちゃんの相手にふさわしい殿方はもっと高潔で誠実で真面目で優しくて家柄もティエラちゃんに釣り合うような――」
「はい、そう思います」
戦線に引き入れようというつもりなのか、ダリアンがいきなりアルトスに同意を求めた。
未来の妻に、アルトスは優しい表情で静かに頷いている。
……もうやだ、この愛妻家。
「ヘッ、さすが候爵様、言うことが違いますな。高潔で誠実? 真面目? 家柄? まるで下級貴族は最初からお断りみたいな言い方ではありませんか」
ダリアンとアルトスの夫婦戦線が気に入らないのか、エリックはわざとらしく挑発的な態度で言い返す。
アルトスは妻のイエスマンになってしまった以上、他に助けてくれそうな人は……?、
と、私の助けを求めるさまよう視線は、カタストロフにキャッチされる。
目が合うと、彼はニコっと笑い、笑みを向けてくれた。
瞬間、脳裏に昨日の光景がフラッシュバックし、助けを求めたかった心が躊躇ってしまう。
これ以上悪化したらどうしよう――そんな心配がよぎる。
なんてことを考えていると、カタストロフが無垢な笑顔を浮かべて口を開いた。
「いやぁ、すまんすまん。あまりに面白っ――楽しい場面なので、ついつい見とれてしまいました」
あれ、助けてくれるの……?
「ではこうしましょう」
カタストロフは、言い争っているダリアンとエリックの二人に、まず自分を指差して――
「彼女に決めさせましょう――私と、」
そしてエリックを指差し、
「彼に、一人ずつ彼女が問題を出し、それを先にクリアした者の話を聞くのはどうです?」
そう言った。
……意外とまともな提案だね、悪くないわ。
「――待て! それじゃ僕フィレできないじゃないかっ」
バルドロは黙りなさい。




