表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/59

吐き気を催す邪悪な純粋無垢の善意




 初キスの味は、冷たかった。

 ……えぇ、当たり前でしょうね、だって相手は我が家の大理石の床ですから。

 私、ティエラ・ド・ランツェアイルは床に伏していながら、なぜこんな事になったのかを思い返す。


 この国の大貴族、ランツェアイル公爵家に生まれた私は、幼い頃から色々習い事を要求され、私もこれは将来の殿方のために、努力してきた。

 もちろん、公爵令嬢である以上、両親は公の場に出しても恥ずかしくないように、私に習い事を学ばせたのかもしれない。

 そんな両親の思惑とは別に、私はどちらかと言うと楽しかった。将来の婚約者を喜ばせられるのならば、頑張った甲斐があった。


 そう、思っていた。今も、そう思っている。


 十五歳のとき、習い事が一通り終わり、ようやく父様が社交界デビューを許してくれた。そこで私は、人生初めてのパーティーに出席した。


 初めてということもあり、大勢の殿方を前に緊張してしまい、話しかけられても結局、隅っこで眺めていることしかできなかった。


 そのパーティーの後で、仲良い友達は、婚約者見つけたと嬉しそうに笑いながら言った。


 祝福すると同時に、自分も頑張らなきゃ、と努力する。頑張りすぎたのが原因なのか、二十歳になるまで、色々新しい習い事を増やし、極めて行った。

 完璧に仕上がり、確かな手応えを得た私は前のリベンジということで、自信満々に会場に足を踏み入れる。


 もうどこに出しても恥ずかしくない私を、選ぶ殿方が現れるのを待っていた。……逆効果だった。


 積極的に話しかけても、殿方の皆は社交辞令を並べ、そそくさと退散してしまった。一体何が悪かったのでしょう、と疑問に思う。このときの私は、まだ気づいてなかった。


 当然、リベンジは失敗に終わった。






 そして私の人生を大きく揺るがした事件が起きたのは、二十五歳の誕生日パーティー。


 二十五歳。この年になるまで毎日努力を続けてきたが、やはりというべきか、私は未だに婚約相手は見つかっておらず、未婚の独身である。


 すっかり貴族たちの間で行き遅れと呼ばれている私を、父様は不憫に思ったのだろうか、我が娘の幸せを願い、権力に物を言わせ、少し強引な形で国中から独身の令息や要人を招待した。

 実質、私のために開かれた婚活パーティーということは、誰から見ても一目で分かる。






 その招待された要人の中で――勇者様がいた。


 令息たちは誰も『行き遅れ』と結婚したがらないからだろうか、貧乏くじを引きたくない一心で、皆、話しかけるな雰囲気を出している。私はそんな彼らの様子を見て、なんとなく察した。公爵の父様の招待で、無理やり来させられたのがはっきりと感じ取れる。


 それでも、令息たちは無理でも、今回は勇者様がいる。将来の夫に合わせられるよう、あらゆる鍛錬を積んでいる私ならば、勇者様は結婚してくれるかもしれない。チャンスは、有る。


 勇者様と言えば、この国どころか、世界中に名が知れ渡り、魔王や竜などといった我々に危害を加える可能性のある存在――それらを討伐する英雄。


 彼なら、受け入れてくれるかもしれない。


 たとえ魔王の精鋭たちや古代竜の群れに囲まれても、決して人質に取られないよう、日々鍛錬を積み、いざというときのために私が学んだ護身術が役に立つ日が来た。私を娶っても、あなたの負担にならないことを伝えれば……!


 と、これで独身脱却! とウキウキスキップしながら勇者様に近づいた私ですが、


「――ごめん、俺、自分より強い女はちょっと。……っていうかお前が魔王を倒せよ……」


 申し訳無さそうに、やんわりと断った勇者様。


 正直、枕に顔を埋めて泣きたかったが、ぐっと堪えた。それは、仕方ありませんね……。と、自分を強引に納得させようとしていたら、次の勇者様の言葉を耳にした瞬間、私は一生、彼のことを様付けで呼ばなくなった。


「……それに、年上は嫌……グェボァ!?」

「勇者様の馬鹿ァ――ッ!!!」


 反射的にボディブローを放った。

 その一撃がきれいな軌道を描きながら、彼の胴体のど真ん中を捉らえ、勇者――この世界で最も強い……だった男を、百メートル以上吹き飛ばした。


 ――私のために開かれた婚活誕生日パーティーを、自分の手(物理)で台無しにした瞬間であり、同時に、世界中に私の名を自分の手(物理)で轟かせた瞬間でもある。






 翌日、父様に責められるかと思っていたが、そんなことなく逆に申し訳無さそうな顔され、却って心苦しかった。


 あれ以来、まるでこれまでの時間を取り戻すかのように、私はより一層自分自身を鍛えた。


 勇者のあの言葉――『年上は嫌』。ならば背負うハンデの重さより価値のほうが上回れれば、きっと好きだって言ってくれる人は現れると信じて――。





『おい、聞いたか? あの行き遅れ、剣術の大会で優勝したんだぞ』

『また? この間、槍術の大会でも並み居る男たちをバタバッタと倒していたんだぜ?』

『全くだ。格闘大会に毎年出てるとか一体何考えてんだ。どうせ優勝に決まってんのに。道理で行き遅れなわけだ、性格悪い。衆目の前で男を完膚なきまでにボコボコにする女とか、俺は絶対ゴメンだ』

『だいたい、自分より腕っぷしが強えぇ女なんて、嫌だな』


 ――どんなときでも、あなたの足手まといにならないように、たとえあなたが囚われても助けに行けるように、鍛える。ただただあなたと一緒にいたくて。あなたを守りたくて。


『聞きました? あの有名な行き遅れ令嬢が、料理大会を優勝したですって』

『まぁ、私達への嫌味かしらね。あの行き遅れのせいで、夫が見習えって言ってきますわ。ほんっと、自分が結婚できないからって、無関係な人を巻き込まないで頂戴』

『刺繍の大会でも二十連覇って聞きましたわ、殿方に暴力を振るう怪力女のくせに、今更女性らしさをアピールしようとしていますの?』

『家事大会でもチャンピオンの座を手に入れたのに、ボソっともっと頑張らないとって聞こえてましたわ。私達を馬鹿にしているのかしら? つくづく人を見下していますわね』


 ――理想の妻にふさわしいように、どんな要求にも対応できるよう、あなたの期待に応えたくて。


 いつか、報われると信じて。あらゆる分野を極めて行った。





 ……気がつけば、なんの出会いもときめきもないまま、私は生涯独身で七十歳の誕生日を迎えました。

 誕生日であり、同時に命日でもある今日、薄れていく意識の中で、ベッドの上で私は願った。


 ――ファルヴァライア女神様、もし、次があるのなら、こんな孤独な人生は嫌だ、幸せになりたい。

 と、静かに目を閉じたのと同時に、一筋の涙が頬を伝い、こぼれ落ちた。その直後、息を引き取ったはず……なのだが――。





「……生きてる?」


 どういうわけか、意識を取り戻すと、そこはかつて見慣れていた屋敷。そしてどういうわけか、十五歳のときの姿になっている。

 これは夢なのでしょうかと疑っていると、空中からひらひらとメモがゆっくりと降ってきた。


「なになに?……『泣くわ、こんな悲しい話あるんですか。もうお姉さん涙ホロリしちゃう。というわけで、願い、聞き届けちゃいましたぁ~テヘッ。貴女を十五歳の時に戻しておいたわ、頑張ってね♪ PS 力はすべて全盛期のままよ、これなら男のみんな、イチコロだわ♥ ファルヴァライアより』……力を、全盛期のまま……?」


 その言葉の意味を徐々に理解し、ようやく完全に浸透した瞬間、私は――


「――なんてことを、してくれましたのぉおおお!」


 魂の叫びを、上げずにはいられなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ