4話
これは自論だけれど、悪役令嬢は、大きく二つに分類されると思う。
一つは、美しく聡明で、貴族の何たるかをよくわかった上で行動する正統派のライバルキャラ。
もう一つは、醜く性悪で、貴族の地位を盾にする高飛車な正真正銘の悪役キャラ。
ヒロインが正義感や憐憫、同情を受けるのにおいて、必ず必要になるのが悪役のキャラだ。なんの事件も起きない棒見た目は子供頭脳は大人系探偵の漫画や、だれとも戦わない日曜日の朝のテレビアニメなど、面白くもなんともないだろう。
一方を引き立てるには、必ずそれより劣る存在が必要だ。そう考えると、作者の手で作られた悪役というのはなんとて悲しい存在なのだろうか。生まれた時から運命が決まってしまっているだなんて!その典型として挙げられるのが悪役令嬢なのではないだろうか。
だがしかし。
私は自分がとっているその姿__当然二種に分かれる悪役令嬢タイプでは後者に当たる__を見て、大いに歓喜した。
なぜなら____フィリア=リル=クラネリアに明るい未来は待っていなかったからである。
ラビファンに6人の攻略対象がいるということはおわかりいただけたと思うのだが、このフィリアという少女は“仮に誰のルートに入ろうとも必ず最後に弾劾される”。
ゲーム内で彼女が本格的に絡んでくるのは婚約者である王子ルートと本人の兄のルートだ。ただし、その二つのルート以外でもちょこちょこと表れてはヒロインにちょっかいをかけ、嫌がらせをしていく。その姿はさながら、やたらと草むらから飛び出してくる雑魚モンスターのようで、ファンの中では“フィリア避けの鈴”や“フィリア避けスプレー”の実装が待ち望まれていた。
何せ、公式が“犬も歩けば棒にあたる。ルリアが歩けばフィリアにあたる”という発言をしたほどだ。出現率に関しては折り紙付きなのである。
ちなみに、ルリアというのはラビファンのヒロインのデフォルト名だ。このゲームは自分で好きな名前を入れることができるタイプのゲームで、デフォルトだとボイスがたくさん入るし、名前変換を使うとヒロインになりきることができる優れもの。ノア君が攻略対象だったら後者を選んでいたかもしれないが、私は基本前者でプレイしていた。
話がそれたが、とにかくそういうわけでフィリアに明るい結末はないのである。ゲーム内では、弾劾されたフィリアは貴族としての地位を剥奪され、遠い北の地で反省、という名の軟禁生活を送ることになっている。
そう。“貴族としての地位を剥奪され”だ。
お分かりいただけただろうか?
つまり、それは、『平民になれる』ということを指すのだ。
それに気が付いたとき、私は歓喜に包まれた。そのことに気づいた瞬間怖いものなどなくなった。もしこの世界が、今の状態が本当の本当であったとして、私が予定通りに弾劾されれば_______
私はノアくんと同じ立場になることができるのだ!!!!!!
いや、それどころか、それどころか!!もしかしたらノアくんに生で会えるかもしれない。平民と貴族でクラスが分かれている学校では叶わない夢が、叶うかもしれない……!!
これはもう、平民になるしかないのでは!?!?
そうと決まれば!と始めたのは、北の地で平民として心穏やかに暮らすための修行だ。
それまでわがまま放題だった私が使用人さんたちの仕事を積極的に手伝うようになってからはや1週間。
最初のうちこそ『何かの病気では』『信じられない、私は今奇跡を見ている』『明日は空からタコが降ってくるに違いない』と、失礼極まりない発言を繰り返していた使用人の方々だったが、今では『お嬢様、手は冷たくありませんか?』『お嬢様、危険ですから二度と針を持ってはいけません』と、快く私を指導してくれている。
ちなみに女子大生のころからずっとそうだったが、私は家事全般が壊滅的に下手である。下手というか、絶対にみんながやらないであろうことを平気でやらかす。残念なことに、フィリアにも家事の才能はなかったようで、特に繕い物担当のメイドさんにはにこやかに、けれど有無を言わさぬ圧力で針を持つことを禁止されてしまった。自分の指の皮まで服に縫い付けてしまったので、何も言い返せなかった。
ちなみに、『今日からは私も家事を学びますわ!』と宣言した時、ポカンとしてから卒倒しそうになった両親には『いずれ王妃となる身であれば、知っていること、できることは多いほどいい。いわば、花嫁修業です』という理屈をつけている。もともとわがまま放題だったのが幸いして、両親は好きにしてくれ、と言った。よし、言質はとったぞ。
と、いうわけで、家事力を身に着けるべくたくさんのお手伝いをしているうちに、環境が変わってきた。
私本人が変わった(生まれ変わった?)というのはもちろんだが、それ以上に変わったのは周りの反応だ。
はじめのうちは、わがままでその上癇癪持ちのフィリアを怖がって中々近づこうとしなかった使用人さんたちが、徐々にではあるが話しかけてくれるようになったのだ。それが例え『我儘娘のありがた迷惑な気まぐれ』や『危険行為』に対するものであったとしても、両親や兄が忙しく、一人で屋敷にいることが多かった私にとってはとても喜ばしいことだった。
何せ、最初はほぼ話しかけられず、本気で忌み嫌われて話題にすら上がらなかったのだから。
“私”が目覚めてからは、それまでの生活から見て避けられるのは当たり前だし、仕方ないか、と半ば諦めていたのだが、すごい進歩である。し、素直に嬉しい。名家なだけあって、使用人さんたちはだれもかれもが見目麗しい。いい目の保養になるってものだ。眼福眼福。……おっと、危ない危ない。齢8歳の身で『メイドさんかわいいようへへ』などという変態的思考をしていることを悟られてしまっては今度こそ病院送りだ。もちろん頭の。
いやでも、メイドさんかわいいでしょう?しかもこの世界のメイドさんの制服といえば、クラシカルなメイド服。ひらひらミニもかわいいけど、やはり伝統的なものには代えがたい美しさやエモさが……え?あ、言ってなかったっけ。うん、私、今、8歳の幼女の姿してます。
ラビファン本編は15歳で始まる学園生活がスタートだから、それよりもはるかに前の状態になってました。はい。
あ、でも、さすがの私も長年付き合ってきた自分の体に興奮するとかはありませんでしたよ、ええ。
いいか?幼女は等しく尊く美しい天使だが、自分自身はそれにはカウントされないんだ。わかったか!
……あ?8歳は幼女なのか、だと?一桁は基本的に天使だろうよ!