45話
「ノアくん!」
思った通り、飛び込んだ部屋には上へと続くはしごがあった。大急ぎでそこを登って名前を叫ぶ。果たして、そこには私の__最推しの__
「__フィリア、ちゃん?」
ノアくんの__ノアくんが__ノアくん__
「ありがとうございます……」
「え?」
「ハアっ!な、何でも!なんでもないわ!!え、えと、の、ノアくん、大丈夫!?今助けるから__!」
バチン、と自分で自分の頬を殴る。そこそこ痛むが当然の報いだ。__最推しの天使が後ろ手に手錠かけられてつながれてる姿を見てしまったからって第一声が『ありがとうございます』って!自分のバカ!アホ!間抜け!!……いやでも、このノアくんスゴイなんかスゴイ最高にエッ……いや何でもないよ、何でもないってば!落ち着け私!平常心平常心平常心平城京しまった間違えた、ええと、ええと___
頭の中で円周率を呪文のように唱えながら、気がついた時には持ってきたヘアピンで手錠の鍵を解除することに成功していた。ピッキングなんてやったこともなかったが、流石フィリア。不器用なくせに悪事に関わりそうなことだけはやりおる。とりあえず手錠を外して放り投げて、「4626!」と言う。しまったまた間違えた。
「ノアくん!__大丈夫!?どこも怪我してない?痛くない?怖くない?あいつらに変なことされてない?大丈夫?大丈夫?」
無我夢中でノアくんの手を取る。__脈がある!まだ、温かい!
「う、うん。僕は大丈夫。でも、フィリアちゃん、どうしてここに……」
「大丈夫?大丈夫なのね!よかった、本当に、よかった__」
ほう、と体の力が抜ける。ノアくんが無事で、本当に本当に本当によかった。これで何か起きていようものならどうしてくれただろうか。本気で殺してしまうかもしれない。緊張が抜けると同時に安堵で涙腺まで崩壊した。よかった、本当に、よかった。
「よかったよおお……!ノアくん、ごめんね、私がもっと早く行動してれば怖い目に遭わなくて済んだのに」
「っ……、僕こそ、ごめんね。なんの説明もないまま地下道に行かせて、ごめんね、心配かけたよね、ごめんね」
「ノアくんが謝ることなんてないわ!全部あの黒服が悪いのよ!」
「うん……あり、がと、ごめん、こんな、こんなとこまで来てくれて、」
「当たり前だよぉ!来るわよ!絶対絶対来るわよ!」
「……っ、もう、誰も来てくれないんじゃないかって……こわ、怖かった……」
そこでノアくんの涙腺も決壊したらしい。よくよく考えれば彼だってまだ8歳だ。日本でいえば小学3年生。誘拐されて拘束されて、怖くないはずがない。全ての音に濁点がつくような嗚咽をあげながら、私達は良かった良かったとわんわん泣いた。
「はい、ウンメーノサイカイオメデトーっと。そんなことしてる間に、そろそろ敵さん帰ってきたけど、どーするの?」
そんな私達の間に、やけに棒読みな台詞と共にエナジーが割り込んで来る。コウモリみたいに逆さになって、手を取り合う私達の上にやってくる。それを見て、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら「レオンお兄ちゃん__?」とノアくんがエナジーに向かって言った。その言葉に、は?と声を出して兄様__の姿をした悪魔が目を見開く。
「え?__なんで君、俺ちゃんの姿__」
皆まで言う前に、ドカン!という扉を蹴り飛ばす音。そして、同時に「動くな!」という叫びと共に黒く光る拳銃が私達を捉えた。
「__そこまでだ、お嬢さん。どうやってここまで来たかは知らないが、なかなかの手腕だと褒めてやろう。被検体の力を借りたか?それともあの忌々しくしつこい薬売りの力でも借りたのか__いずれにせよ、遊びはここでおしまいだ。今すぐそいつから離れろ」
現れたのは、黒服のリーダー格らしき人間だった。__けれど、今は目出し帽はかぶっていない。そこにいたのは、綺麗な長い黒髪の美しい女性だった。服がなかったらとても判別がつかなかった。突然の事実に思わず口をぽかんと開けてしまう。
「なんだ?驚きすぎて声も出ないか。部下達をおびき出したのは良い作戦だったが、あいにく私は夜目が効くんでね。煙なんざ効果がないのさ。さぁ、お嬢ちゃん、死にたくなければそいつの側から離れて__」
そう。驚いた。私はとっても驚いている。
「ド性癖だわ……」
「は?」
艶やかな長い黒髪にだぼっとした軍服のような黒服。きつそうな印象を与えるつり目は綺麗なアーモンド型で、唇はツヤツヤ。まさにまさに、それはそれは理想的な、
「あ、あの……大変失礼なことを承知でお尋ねするのですが、その……お姉様とお呼びしてもよろしいですか……?」
「………………は?」
「ふぃ、フィリア、ちゃん……?」
女性が珍獣でも見るかのような目で私を見、ノアくんは驚いたようにこちらを見る。エナジーは一人大爆笑しているけれど、私はとても真剣だ。
「だって___だって!!そのお姿!その!月夜に咲く花のように繊細で、荒波のようにりりしく、太陽のごとく輝く、とても美しいそのお姿は!!__ローザお姉様!!あなた、ローザお姉様でしょう!?」
♢ ♢ ♢
ラビファンには、当然女の子のキャラクターも登場する。主人公のルリアに悪役のフィリア。その他ライバルとなるご令嬢にルリアの親友。そして何より、ローザ先生。
ローザ=モーント__通常ローザお姉様は、ラビファン女子の中でも群を抜いて人気があるキャラクターだ。彼女はラビリンス魔法学園の専属女医を務めているのだが、とにかく性格、言動、その他諸々がイケメンなのだ。その姿たるや、まさにおっぱいのついたイケメン。いや、イケメンがついたおっぱい。
……どっちでも良いのだけれど、とにかくそんな美しく、強く心優しい彼女はファンから大人気なのだ。ちまたでは『男よりもローザお姉様を攻略したい』『むしろ攻略されたい』『お姉様のルートはどこですか』などと騒がれている。あまりに人気なので、公式がローザお姉様の一枚絵__すなわち美麗なスチルをアップデートで追加したほどだ。
かく言う私も彼女が大好きなのである。もちろん、最推しはノアくん。それは譲らない。けれど、もしかしたら二推し三推しに入るかもしれないお姉様の突然の登場。こんなのたぎらないわけがない。推す。推せる。推してたわ。好き。
手を組んで、うっとりとその美貌に酔いしれてしまう。今はもう、拳銃さえも美しさを追加する要素でしかなくなっている。
「な、なんだ、お前__」
「あぁ、その顔!我々の業界ではご褒美です!!」
生ローザ先生!!美人!綺麗!!美しい!!ここが自室ならサイリウムを持って踊るところだ。今だって今にも踊り出しそうだ。
「ヒッ!や、やめろ、よるな!よるんじゃない!撃つぞ!?」
「お姉様に撃たれるなら割と本望ですわ!!」
「なんなんだこいつは!?__こら!くっつくな!!匂いを嗅ごうとするな!!ちょ___そこのお前!!今すぐこいつをどうにかしろー!!」




