37話
空洞はシンプルな造りだ。まずは、私達が落ちてきた広い空間。そして、その脇に伸びているのは2つの道だ。1つは左、1つは右。どちらの道も長く、先を見ることはできない。
そもそも、ここは一体なんなのだろう。大食堂の床の下にこんな空間があるなんて、少なくとも私は訊いていない。しかも、ご丁寧に落下の衝撃を抑える魔法がかけられたふかふかのマットまでおいてある。明らかにこの空間は、“人が落ちてくること”を前提に作られていた。もしかしたら、緊急脱出用に作られた何かなのかもしれない。……まさか罪人を閉じ込めるためのもの、なんてことは……ないと信じたい。とにかくだ。ここが何であれ、入り口があるなら出口もあるはずだ。まずはそれを探すところから始めなければ。
そこで、道だ。左右どちらから行くべきか。これがゲームやTRPGだったら何らかのヒントがあったり目星で振れたりするのに、とそこまで考えてはっとする。
「あ、ちょ、まって、もしかして、アリスちゃんはここがなんなのか知っていたりする?もしくは、出口がどこにあるとか」
尋ねると、彼女は少し考えてそして首を振る。どうやらここが一体何なのかは彼女も知らないらしい。
「じゃあ……もしかして、ノアくんが何かアリスちゃんに伝えたのかしら。それで、あの時私とここに落ちてくるようにって言われた……とか?」
部屋が暗くなる直前、ノアくんが何か手を動かしていた。もしかしたらアレは、孤児院で決められている合図か__または、手話だったのかもしれない。どちらかはわからないけれど、アレでテトルもアリスちゃんも行動したのだ。果たして、アリスちゃんはこくこくとうなずいた。やっぱりか。
今度手話の勉強をしよう。こういうときに役に立つかもしれないし、何より私はアリスちゃんとお話したい。そう決意を固めて、よし、と気合いを入れる。実のところ、この二本の道の攻略方はもうわかっていた。
「アリスちゃん、左に行きましょう」
その言葉にきょとんと首をかしげられる。そりゃあそうだ。彼女は私の特性を知らないのだから。
「あのね、アリスちゃん。__私は、極度の方向音痴なの。住み慣れた家ですら未だに左右を間違えるの。さっきから私のカンは右に行けと伝えているわ。だから、ここは左が正解よ。間違いないわ」
私はフィリアの方向感覚(の不正解率)に絶対の自信を持っている。だから、この足が進みたいと思う方向の反対に進めば必ず道は開けるのだ。
「そういうわけで左に行きましょう、アリスちゃん!___アリスちゃん?」
さぁ行こう!とその手を引こうとして、アリスちゃんがうつむいていることに気づく。
「ど、どうしたの!?まさか、さっきの黒服に何かされた?それとも__」
やっぱり大丈夫じゃなかったのか、とさあっと顔が青ざめる。しかし、アリスちゃんはどうやら具合が悪いわけではないらしい。彼女は___
笑っていた。
それはそれは無邪気に、楽しそうに。ただし、声は出さずに。
「アリスちゃん!?___非道いわ、笑わないで!私のカンは絶対に外れるのよ、こと道に関しては!」
そう言っても彼女の笑いが止まることはない。どうにも附に落ちないが___彼女が楽しそうなので、よしとしましょう。こっちにとっては結構深刻な悩みなのだけれどもね!?
♢ ♢ ♢
とにかく、絶対に外れる私のカンに従って左の道を進む。先ほどの空洞とは違い、この道は石造りで、カツンカツンと歩くたびに音が響いていた。
「な、中々雰囲気のあるところね……」
……決して怖いわけではない。怖いわけではないけれど、無機質な空間は少し異様ではあった。上から落ちてきてここなのだから、これは所謂地下通路、なのかしら。アリスちゃんがいる手前、泣き出したりはしないが___実は結構、相当怖い。強がってましたごめんなさいいいいい怖いですここ!!!!
そもそも。そもそもだ。私は二本にいたときからずっとホラーが怖かった。当たり前だ、ホラーは怖がらせるために作られているのだから。けれど、人間怖いものほど見たくなってしまうもので、けど自分でやる勇気もない。だから私は、よく動画サイトでホラゲ実況を見ていた。もちろん部屋の電気を全てつけて、イヤホンとかはつけないで。でも、だからってまさか自分が中に入ることになるなんて思わないじゃない!?完全に想定外だわ……!
と内心頭を抱えるが、アリスちゃんと手をつないでいるこの状況でずっと年上の私が弱音を吐くわけにはいかない。なんとしてでもこの子を、そしてノアくん達を守らないと。
そう己を鼓舞して足を進める。歩いて歩いて…そうすると、やがて前方に薄らと光が見えた。白い光は扉の形に漏れ出ている。
「……!あった!出口!」
こうなると、俄然元気が出てくる。アリスちゃんと顔を見合わせてうなずき、そしてついにその扉の前へたどりつく。それは、非常に豪華な造りの扉だった。ひんやりとした光沢のある金属で出来ていて、中央には双頭の鷲のマークが描いてある。盾とそれに突き刺さった剣、そしてそれにかぶせるような王冠。何かの紋章なのだろうか?そう思ってそれをじっと見ていると、何故だろう。何か、既視感があるような気がした。
……なんだろう。このマーク、どこかで見たことがあるような気が……?
あれはどこだったか……と記憶をたどっていると、くいっと袖が引かれる。見れば、アリスちゃんが此方を心配そうに見ていた。
「あ……大丈夫、ごめんなさい。……これ、どこかに繋がっているみたいだけれど……どこに繋がっているのかしら」
子供の足であることを考えてもそこそこの距離を歩いてきたはずだ。ただ、孤児院のどちらの方向にどれだけ歩いたのかはさっぱりわからない。今度地理の勉強もしなくては……。
けど、そう決意を固めたところで、この状況を打破しない限りは叶わぬ夢だ。……ええい、こうなったらヤケよ!ままよ!
「行きましょう、アリスちゃん!こうなったらもう、進む以外に道はないわ!」
そう言って、私はドアノブに手をかけて、
「___たのもう!!」
がちゃり、と勢いよく開いたのだった。




